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瘴気の親玉

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 グレートセントラルの軍は、直ちに陣形を組み戦闘態勢を取る。迅速な動きだ。この辺はやはり訓練された兵士といったところか。

 さて。どうしたものだろう。
 正直、この事態は想定していなかった。いや、モンスターの襲撃自体は念頭にあったが、まさかここまで大規模なものだとは思わなかったのだ。

「ノイエ殿! そなたも迎撃に出られよ!」

 テンフの声を受けて、俺はゆっくりと腰の剣に手をかけた。アナベルから借りたジェルドのサーベルだ。
 とはいっても、だ。

「テンフ将軍。こうなっちまったら決戦どころじゃない。迎撃しても犠牲が増えるだけだ。ここは大人しく撤退した方がいいぞ」

「ここまで来て何を仰る。これだけの大軍、動かすだけでも莫大な費用がかかる。維持するだけでも大変なのです」

「かけたコストに足を取られてちゃ、将軍の名がすたるぜ」

「理解はしていますが、諦めきれぬのです。こちらには聖女もいる。あのモンスターの大群は、グランオーリス軍にとっても脅威でしょう。十分に勝算はあります」

「どうかな」

 俺は真っ黒に染まった空を見上げる。
 その直後。
 分厚い瘴気の雲の中から、極大の球体が発射された。それは大地めがけて一直線に落下し、グレートセントラルの陣営に着弾。凄まじい爆音を轟かせ、辺り一帯に衝撃と粉塵を生み、獰猛なまでの瘴気を放射し、数千の兵士を一撃にして死に至らしめた。

「なん……だと……!」

 テンフは膝をつき、なんとか吹き飛ばされるのを耐えている。しかし、周囲の兵士やテント、物資など、あらゆるものが漆黒の衝撃波に煽られ宙を舞い、どこか遠くへと吹き飛ばされていた。

「こんなことが……バカな……ぐっ」

 耐えきれず吹き飛ばされそうになるテンフ。その腕を俺が掴む。

「ノイエ殿……! かたじけない……!」

「がんばれ」

 数万の大軍を吹き飛ばす超絶的な衝撃波も、俺にとっちゃ春一番みたいなものだ。もちろん俺は瘴気を身に纏っている。衝撃波に混ざった瘴気が隠れ蓑となって、俺が瘴気を操っていることは誰にも気付かれないだろう。
 そんなことよりも。

「テンフ将軍。あれを見ろ」

「え?」

 俺達は揃って空を仰ぐ。
 さきほどの黒い砲弾が撃ち出されたところだ。
 分厚い黒雲に空いた大穴から、無数のモンスターを従えた一人の人物が、ゆっくりと降下し姿を見せる。

 長い黒髪を一つくくりにした、どことなく日本人的な雰囲気を醸す色白の美貌。
 長身でスレンダーな体躯は、漆黒のドレスに包まれている。ミステリアスという形容詞がよく似合う美女である。

「うそ……だろ……! あれは……あれは、まさか……!」

 テンフは目の前の光景が信じられないといった風に、すごく驚いていた。
 実は俺も、ちょっとだけびっくりしている。まさかあいつがこのタイミングで出てくるとは。

『聞くがいい。愚かな人類よ』

 その声は、戦場の隅々にまで響き渡る。
 世界に瘴気をばらまき、破滅へと追いやらんとする魔人の王。

『我が名は魔王アンヘル・カイド。汝らに絶望をもたらす者である』
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