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高尚なる欲

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 日暮れの頃。
 諸々の準備を終えた俺は、メイにあてがわれた部屋にやってきた。
 部屋の前には獣人女性の守衛が二人立っており、俺の姿を見るやいなや居住まいを正して敬礼した。

「我らが英雄、ロートス様に拝謁いたしますッ」

「ああご苦労。いいよ、楽にしてくれ」

「はっ」

 そう畏まられるとこっちが気疲れする。まだこういうのに慣れていないんだよ俺は。

「メイさんの様子は?」

「今のところ、寛いでおられるのですが……時折苦しそうな声が聞こえてきます。何か持病をお持ちなのでしょうか? ご本人は平気だと仰っていますが」

「あぁ……まぁ、ちょっとね」

 おそらく我慢できずに自分を慰めているのだろう。
 メイもまた、自身の中から湧き上がる怒涛の性欲と戦っているのだ。

 俺は扉に耳を当て、中の様子を探ってみる。俺の聴覚が聞き取ったのは、苦しそうな呼吸である。もしや、と思ったが、これはそんな色っぽいものじゃない。単純に苦しんでいる息だ。
 俺は扉をノックする。

「メイさん。俺だ」

「ローくん……?」

 扉越しにメイの声が聞こえる。

「待って。開けないでおくれ。今ローくんの顔を見たら、たぶん、我慢がきかなくなる」

「もうそんなに性欲が溜まってるのか?」

「はは。頭がおかしくなりそうだよ……お漏らししたんじゃないかってくらい、下着もびしょびしょさ」

「……なんてこった」

 気が狂うほどの性欲。実際に目の前にすると、確かに笑い事じゃない。
 正直、甘く見ていた。

「もうすぐここに若い男達がやってくる。それまで辛抱できるか?」

「若い男? それって亜人じゃないのかい?」

「そうだけど」

「亜人の男と寝ろって……? 冗談じゃない」

「そんなこと言ってる場合かよ」

「あたしにだってプライドはある」

「亜人と寝るくらいだったら死んだ方がマシだって?」

 ふざけるな、と声を荒げたくなるのを、俺はぐっと堪える。
 この世界のスキル至上主義は根強い。異なる価値観を押し付けたところで、反発されるだけだ。

「亜人にはスキルがないから、人間より劣ってるって、メイさんもそう考えてるのか。他でもない、スキルの副作用ってやつに苦しんでるあんたが?」

「……それは」

「わかるだろ。スキルの良し悪しなんてもんに左右される社会がどれだけ滑稽か。スキルは、優れた生き物の証なんかじゃない」

「ローくんは、何が言いたいのさ」

「人間と亜人の軋轢は、いずれ解消されなけりゃならない。そしてそれは、少しでも早い方がいい。俺はな、メイさん。その大きな一歩を踏み出せるのが、メイさんなんじゃないかと思ってるんだ」

「どういうことだい?」

「死と天秤にかけるくらい類稀な性欲に苦しむなんて人は、世界中探してもメイさんくらいだろう。そんなメイさんだからこそ、その性欲をもって亜人との懸け橋になれる」

「セックスを通じて?」

「そういうことだ。人間だから。亜人だから。そんな表面的なことに囚われず、人物の本質を見抜ける人になってほしい。性欲という本能に満たされたメイさんだからこそ、それができると思うんだ」

「……買いかぶりだよ」

「そんなことはないさ。すぐに亜人のイケメン達を呼んでくる。その人達と仲良くして、人間と亜人の交流に力を貸してくれ」

「あたしの性欲も解消出来て、一石二鳥っていうことかい。はは、敵わないね。ローくん、あんたはとんでもない男だよ」

「誉め言葉と、受け取っておこう」

 こころなしか、メイの声色が穏やかになった気がした。

「俺は今夜ここを離れる。聖女を連れてくるまで、のんびり待っててくれ」

「……わかった。どっちにしろあたしはローくんの言う事を聞くしかないんだ。ひとつ、やってみるよ」

「ああ。ありがとう、メイさん」

 そうして俺は、その場から離れた。
 しんみりした話になってしまったが、時にはそういうのもアリだろう。

 ここから俺は、辛く厳しい戦いに身を投じなければならない。
 気を、引き締めないとな。
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