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当たらなければ

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「魔王だと……どういうことだ」

 瘴気を撒き散らし、この世界を混沌へと陥れた魔族の王は、マーテリアの異名じゃなかったのか。
 いや、誰もそんなことは言っていない。
 ただ俺がそう思い込んでいただけだ。瘴気が神の山から噴出したという事実が、俺の先入観を刺激したんだ。

『早速ですが死んでもらいます。あなたはこの世界にいてはいけない存在なのですから』

「はっ。死ねと言われて、はいそうですかと従うとでも?」

『残念ながらそうして頂きます。アルバレスの御子とはいっても、所詮はただのノームに過ぎません。そのように卑小な者が、万象の光に抗えるはずないのです』

 万象の光。
 一度だけ聞いたな。紛れもなく、マーテリアを指す言葉だ。

「なるほど、そういうことか。完全に理解した」

 この女も、エレノアと同じなんだ。
 封印が完全に解けていないマーテリアは、自由に身動きが取れない。だから、その神性をアンに譲渡し、女神へと変質させた。
 それが魔王アンヘル・カイド。瘴気の親玉というわけか。

「悪いが死ぬのはお前の方だ。世界をこんな風にした報いは受けてもらう」

『よいでしょう。あーしとあなたでは見えている世界が違います。これ以上、言葉を交わすことに意味はありません』

 アンが両腕をゆっくりと開いていく。その手から溢れ出した瘴気が渦を巻き、漆黒の火炎へと変わって燃え上がった。
 猛烈な突風が城塞全体を揺るがし、瓦礫を軽々と宙に舞わせた。

「なんて濃密な瘴気なの……! ロートスさん、気を付けてください!」

 アデライト先生は驚いている。マホさんは絶句している。

「アイリス」

「はい。マスター」

「二人を守れ。場合によっては城塞から退避しろ」

「かしこまりましたわ」

 アイリスは穏やかさに決意をみなぎらせる声で答えた。
 俺は頷いてから、次にのっぺら少女へと向く。

「キミも。みんなと一緒にいるんだ」

 のっぺら少女は肯定も否定もしない。考えあぐねているようだった。
 まぁ、仕方ない。この子にとっては、この場所はすべてだろうから。

「さて、リベンジマッチといかせてもらおうか」

 今の俺はマーテリアにも勝る存在だ。神性を譲り受けただけのアンに負けるわけがない。楽勝で勝てるはずだ。きっとそうに違いない。
 ここで魔王アンヘル・カイドを倒す。〈八つの鍵〉を集めるまでもなくそのチャンスが到来したのだ。まさに渡りに船だな。

「人を殺すのは二の足を踏むが、神殺しなら勇み足で成し遂げる。俺はそういう男だぜ」

『笑止。女神の畏れを知るがいい』

 アンの両手から、漆黒の火炎が迸る。それは巨大な二匹の龍となって、俺に襲いかかった。

「あれはやばい」

 言うだけあって凄まじい迫力だ。まともに食らえば、俺という存在はこの世から跡形もなく消滅するだろう。
 まともに食らえば、な。

 そして俺は、二匹の漆黒の龍をまともに食らった。
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