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苦悩しちゃおうかな

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 学舎の屋根の上。
 夜風を感じながら、俺は座り込んで暗がりの学園を眺めていた。

 なんつーか、あれだな。
 この世界に来てから、俺は自分なりに一生懸命生きてきたつもりだった。
 アインアッカ村にいた時は何事も平均値をとって目立たないようにしていたし、村を出て学園に入ってからもそういう努力してきたはずだ。
 最近は事件に巻き込まれて、いろいろ考えも変わったけど、心は弱くなっていないと思っていたんだ。

 だけど。間違ってた。
 身体と同じように、心っていうのは弱る。
 強くなった後、ずっと強いままじゃない。強くなったり弱くなったりする。大きくなったり小さくなったりする。
 神に立ち向かうと息巻いていた少し前までの俺はどこに行ったのか。


 運命は自身の行動によって決まるなんて、冗談じゃない。結局は神によって全てが最初から決められている。仕組まれている。ラプラスの悪魔なんて存在しないと思っていたけど、その考えもひっくり返さなきゃならないかもしれない。

 一気にやる気がなくなっちまった。冷めちまった。けど、俺はやらなくちゃならないんだ。そう決めたんだから。

 でもなぁ。
 溜息。
 情けねぇ。どうしたもんか。

「お悩みですか?」

 横合いから声。
 視線をやると、屋根の上を危なげなく歩くアデライト先生の姿があった。

「先生……」

「ふふ。私が一番乗りですね」

 一番乗り? 何の話だろうか。
 先生は微笑みを浮かべたまま、俺の隣に腰を下ろす。

「辛そうな顔をしていますよ? 帝国の大臣に何を聞いたのか、教えて頂けませんか?」

 ああ、そうか。先生には『千里眼』があるもんな。話の内容までは聞こえていないようだけど。

「俺は……」

 正直、言うか言わないか迷う。
 これは俺の問題だ。
 仮にエストを倒したとしても、先生には何の影響もない。俺のことを忘れ、そのまま何事もなかったかのようにこれからの人生を生きる。別に先生に限ったことじゃない。みんなそうだ。

「エストを消したら、スキルも消えますよね。それって本当に、この世界の人のためになるのかなって」

 だから、言わない方がいい気がする。エストを倒せばどうなるかを伝えたら、先生はきっとやめようと言うだろう。忘れたくないと言ってくれるだろう。
 言葉にされると、決意が鈍る。甘えてしまう。
 俺はきっとエストを消すことを諦めるだろう。
 それは頂けない。俺のつまらない意地が、絶対に許容しない。
 これまでの頑張りと苦労を、無意味なものにしたくないから。

「ロートスさん。私は世界のことにはあまり関心がありません。私にとって、それほど生きやすい場所ではありませんから」

 先生は俯き加減に言葉を紡ぐ。

「けれど、人に対しては大きな魅力を感じます。長い歴史の中で、どんな状況に陥ろうと知恵を絞り勇気を奮い起こし、力を合わせて乗り越えてきた。先人も、これから生まれてくる人々も。私達は、自分が思うよりずっと偉大な存在なのです」

 自分が思うより偉大、か。

「ですから、今あなたが悩んでいることも、きっと乗り越えられる。必ず、望む未来をつかみ取ることができるんです」

「先生」

「聞かせてくださいロートスさん。あなたの、本当の心を」

 なんてことだ。
 先生には、俺がお茶を濁そうとしていることなんてまるっとお見通しだったわけだ。
 かなわないな。まったく。
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