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これはまるで & コッホ城塞

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「ついたっすよ」

 昼を過ぎた頃、ウィッキーが馬車を停止させた。
 魔法によって強化した馬は、休みなしで長距離を走ってくれた。大体東京から名古屋くらいの距離だろう。

「ここは……」

 馬車を降りると、目の前には大きな河が広がっていた。
 日本にあるようなちんけなものじゃない。まるで海のような、例えるなら中国の黄河、長江、あるいはチグリス・ユーフラテス川、もっと言えばガンジス河のような感じだ。見たことないけど。

「ここを渡るのか?」

 船とかどうすんだろ。

「違うっすよ。ここが機関のアジトっす」

「ここが?」

 どう見てもただの河だが。

「このヘッケラー河の底に入口があるんすよ」

「ヘッケラー河にあるからヘッケラー機関なのか?」

「そういうことっす」

 なんとも安直なネーミングセンスだ。

 ウィッキーは河のほとりに立ち、懐からあるものを取り出した。懐中時計のような形をした何かだ。
 それをかざすと同時に、川に異変が訪れる。
 なんと長大な河に亀裂が入り、一部だけが不自然に干上がったのだ。

「なんだこりゃ」

 魔法がある世界だから何が起きても不思議ではないが、実際これを目にした俺はかなり意表を衝かれた。

「まるでモーセだな」

 海じゃなくて河だけど。

「あそこを見るっす」

 ウィッキーが指さした先。干上がった川底に、なにやら人工物が見える。赤い魔法陣が描かれた石の円盤だ。

「あの上に乗れば、機関のアジトへ転送される仕組みになってるっす」

 なるほど、そういうことか。

「いよいよだな」

 俺は柄にもなく緊張していた。

「二人とも、これを着るっす」

 そういってウィッキーが馬車から取り出したのは、漆黒のローブ。ウィッキーとお揃いのやつだ。

「これは機関の制服。これを着ていれば、変なことしない限りはバレないだろうっすよ」

「おお、助かるぜ」

 俺とセレンはローブに袖を通し、目深にフードをかぶった。

「よし、行こう」

 俺達は川底の魔法陣へと向かう。
 気分はまるでモーセだな。

 裂けた河を歩く最中、ウィッキーが俺の腕にしがみついてくる。
 やはり不安なのだろう。裏切者だからな。バレたら殺されるのは確実だ。

 セレンも俺のローブを摘まんでいた。得体の知れない組織の本拠地に行くのだから、そりゃ怖いだろう。
 俺だって怖いし不安だ。歩いているからわかりにくいが、脚だって震えている。

 でもな。行くんだよ。
 自分の為じゃない。アデライト先生とフィードリッドを救う為に。
 勇気を振り絞るんだ。

 俺は誰よりも先に魔法陣に足を踏み入れる。

「俺はもう腹を括ってる」

 二人が俺の顔を見る。
 彼女達は俺の表情に男の覚悟を見たのだろう。ウィッキーは少し安心したように微笑み、セレンは無表情のまま小さく息を吐いた。

 いざ、ヘッケラー機関へ。
 魔法陣を踏んでまもなく、目の前が赤く染まる。魔法陣が赤い光を放っているのだ。

 そして、視界は赤く明転する。
 次に視界がはっきりした時、俺が立っていたのは空の上であった。

「ここは?」

 空の上というのはもちろん事実であり、同時に比喩表現でもある。
 正確には、空高くに浮かぶ巨大な城だった。

「ヘッケラー機関の総本山。コッホ城塞っす」

 ウィッキーが呟くように教えてくれた。その声は緊張感に満ちている。

 俺の目の前には石造りの城がそびえている。背後には空が。足を踏み外せば真っ逆さまに落下しそうだ。

「安心するっす。この浮遊島の外へは歩いて行けないようになってるっす。落ちる心配はないっすよ」

 浮遊大地。なるほど、魔法か何かの力で、大地ごと浮かせているということか。

「ロートス、セレン。堂々としておくっす。変にきょろきょろしないように。逆に怪しまれるっすから」

「ああ、わかってる」

「潜入の基本」

 目指すは責任者だ。機関の協力を仰ぐには、下っ端と話しても仕方ない。
 あるいは、フェザールに取り次いでもらうのがいいかもしれない。が、あいつがどこにいるのかはわからないからな。

「とにかく中に入ろう」

 こんなでかい城に入れるなんて――そんな余裕はないと分かっているが――すこしワクワクしてきたな。
 俺達は城の内部へと脚を踏み入れる。長い大階段を上り城門をくぐる。

「おお」

 外壁に囲まれた前庭を多くの人影が行き交っていた。その全員が漆黒のローブを纏っている。まさしく漆黒のローブを纏いし者どもだ。
 数十人はいる。これが全員ヘッケラー機関の構成員か。

「ヘッケラー機関って、どれくらいの規模なんだ?」

「正確に把握してるわけじゃないっすけど、大体一万人くらいいるはずっす」

「多いんだな。秘密結社のわりに」

「そうっすね。機関の信条は多数精鋭っす。一人一人が各分野のエキスパートっすよ」

「ふーん」

 そいつは期待できそうだ。協力してくれたらの話だが。

 ふと、セレンが俺の袖をちょいちょいと引っ張った。

「どうする? このままボスのところにいく?」

「……いや、アポなしで突っ込んでも話を聞いてくれるとは限らない。むしろ排除されかねないだろうな。なにせ侵入者だし」

 俺は雲一つない空を仰ぐ。ここは雲の上だから、そもそもいつも雲はなさそうだ。

「やっぱりここはフェザールを探そう。できればシーラのことも確認しておきたいしな」

「わかったっす。でも、あいつがどこにいるか、わかんないっすよ」

 そんなもん。

「聞けばいいんだよ」

「え? あ、ちょっとロートス。何するつもりっすか」

 ウィッキーの小さな叫びを無視して、俺は近くを歩いているローブの人影に声をかける。

「なぁあんた、ちょっと」

「ん? なんじゃい。こっちは急いどんじゃ」

「聞きたいことがあるんだけど」

「じゃあ早よ言え」

「ちょっと前にフェザールが戻ってきてるはずなんだけど、どこに行ったか知らないか」

「フェザール? 懲罰部隊のフェザールかいや?」

 たぶんそうだろう。俺は頷く。

「知らんわいや……いや、ちょっと待て」

「待つとも」

「あいつはいつも養護室にいるんじゃいや。いってみたらええんじゃ」

「養護室か。サンクス」

「おう。気にせんでええんじゃいや」

 そう言って、男はそそくさとどこかへ行った。

 なるほど、養護室か。たぶんそこにシーラがいるんだろう。

「まったく……無茶をするっすね」

 呆れたような声のウィッキー。

「堂々としてろって言っただろ」

「そうっすけど……突っ走るというか考えなしというか」

「それがロートスの長所であり短所」

 うむ。セレンはよくわかっている。
 さすがは王女様だな。人を見抜く力があるのだろう。スキルも『ロックオン』だしな。

「ウィッキー。養護室に案内してくれ」

「こっちっす。ちょっとだけ歩くっすけど」

 俺達はウィッキーの先導で、養護室へと向かった。
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