上 下
60 / 981

予想外の展開

しおりを挟む
「あ……!」

 頭痛がマシになったのか、顔を上げたウィッキーは俺の存在に気付いた。
 その顔色はみるみるうちに青くなり、明らかに恐怖に染まっていく。

「変態強姦魔……!」

「誰が変態強姦魔だ」

 一瞬ちょっとかっこよく思ってしまった俺はどうかしている。

 しかしながら善良な市民である俺をそんな風に呼ぶような女は許せん。

「だって……ウチのむ、胸をさわったっす! いや、さわったどころじゃないっす! あんな乱暴に揉みしだいて……女の敵! もうお嫁にいけないっすー!」

 なにやら喚いているが、俺からすれば笑止千万。

「殺し屋のくせに、甘ったれたことを言うな」

 俺はぴしゃりと言ってやった。かなり強く言い切ったせいか、部屋はしんと静まりかえる。

「お前はヘッケラー機関の刺客として先生の命を狙いにきた。加えて、無関係の俺に『ツクヨミ』とかいうスキルを使ったな。たまたま無効化できたからいいものの、一歩間違えれば俺は廃人になっていたし、アデライト先生だって怪我をしていたかもしれないんだ」

 俺の語気は次第に強くなっていく。腹の底から沸き立つような怒りの感情が抑えられなかった。

「いいか? お前はそれくらいのことをしたんだ。人を壊し、殺そうとしたんだぞ。それに比べたら、おっぱいを揉まれたくらいなんだ。そんなことでピーピー鳴くんじゃねぇ。それくらいの覚悟もないならよ、刺客なんざ今すぐやめちまえ!」

 言ってやった。反論の余地すらない非の打ちどころのない正論。

 人を襲っていいのは、おっぱいを揉まれる覚悟のある奴だけなのだ。

 しばし、救護室は静寂に包まれた。
 アデライト先生もウィッキーも、何も言おうとしない。ただ驚いた様子で、じっと俺の顔を見つめている。

「ロートスさんあなた……」

 先生が何かを言いかけた時、部屋に嗚咽が響き始めた。

 いつの間にかウィッキーが、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。

「うわぁん! ごめんなさいっす~!」

 それからは大変だった。まるで赤子のように盛大に泣きじゃくるウィッキーを、先生が抱きしめて宥めようとする。
 俺は何も言わなかった。もはや口にすることはない。

 ウィッキーが自身の罪を自覚したのならば、それでいいのだ。

 しばらく泣きじゃくった後、ウィッキーは泣き腫らした目で俺を見上げた。

「あんたの、言う通りっす……。ウチは……ウチはとんでもないことをしようとしてたっす」

 袖で涙を拭い、許しを乞うような視線を俺に向けてくる。

「でも仕方がなかったんす。組織に逆らうことはできない。裏切り者には死あるのみ。それがヘッケラー機関の鉄の掟っすから……それに、ウチには守るべきものが――」

 その時であった。

 救護室の扉が勢いよく開かれる。
 現れたのは息を切らしたサラ。そしてアイリス。

 ベッドの上のウィッキーを見るなり、サラがその幼い目を大きく見開いた。

「おねえちゃん……!」

 その一言は、俺に極大の衝撃を与えた。

「サラ……? うそ……本当にサラっすか?」

「おねえちゃん!」

 サラは大股で部屋に入り込んでくると、きっとウィッキーを睨みつけた。

「どうしてこんなところにいるの? もう二度とボクの前に顔を見せないでって言ったよね?」

「サラ……これは、その……」

 サラは眉を吊り上げて、じっとウィッキーを睨んだままだ。
 ウィッキーはというと、もはやたじたじだった。

 これは一体どういうことだ。感動の再会、というわけではなさそうだ。

「サラ」

「ご主人様」

「話が読めん。説明しろ」

 俺が真面目な声色で言うと、サラは静かに頷いた。

「この人はボクの、実の姉です」

「実の、姉? ならどうしてそう邪険にする?」

「この人は!」

 サラは急に大きな声をあげる。

「シーラさんを壊したんです! ボクの為だと言って……自分がスキルを手に入れたのをいいことに好き勝手して……関係ない人達まで――」

「サラ」

 俺は話を強く遮った。

「分かるように説明しろ。話を分かっているのは、お前とウィッキーだけだぞ」

 部屋を見回す。
 アデライト先生も、アイリスも、事情を知っているような感じではない。

「ご主人様、ごめんなさい。今のボクは、冷静に話せる自信がありません……!」

 拳を握り締めて震わせるサラを見て、俺は溜息を吐いた。

「アイリス」

「はい」

「サラを連れていけ。こっちで話をつける」

「かしこまりましたわ」

 アイリスがサラの手首をつかむ。

「ちょっと! まだ話は――」

「マスターのご命令です。退室いたしましょう」

「アイリス!」

 多少乱暴だが仕方がない。アイリスにアイコンタクトを送ると、彼女はサラを力づくで引き摺って行った。

「離して! 離してったら!」

 部屋の扉が閉まると、サラの悲痛な叫びが徐々に遠のいていった。

 あいつがあんなに取り乱すとはな。風呂を覗いてもそれほど慌てることはなかったというのに。

「さて」

 俺はウィッキーに向き直る。

「喋ってもらうぞ。包み隠さず、全部な」

 俯いたウィッキー。口を開こうとはしない。

「ウィッキー。ちゃんと教えてちょうだい。このままじゃあなたが悪者にされたままで終わっちゃうわ」

 アデライト先生も助け舟を出してくれる。

 深呼吸をしたウィッキーは、意を決したように俺を見上げた。

「あんたは……サラのなんなんっすか?」

「俺か」

 先に質問したのは俺だが、ここは答えておくべきだろう。

 しかし、どこから説明したものか。

「半月くらい前か。リッバンループの街で、あいつは奴隷として売られていた」

「奴隷……!」

「ほとんど捨て売り状態だったよ。奴隷商のおっさんもワケありだとかなんとか。その時は知りたくもなかったけどな」

 今思えば、あの時しっかり聞いておいた方が良かった。

「捨て売りって言っても奴隷一人買うにはそれなりの金がかかる。俺は大枚をはたいて、サラを買ったんだ」

「それでご主人様っすか……」

「ああそうだ。だが俺はあいつを奴隷だとは思っていない。俺にとっちゃ、サラはかわいい妹分なんだよ」

 俺の言葉を聞いたウィッキーは、しばし目を閉じて思案する。

 アデライト先生も、俺の話に感心しているようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...