真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

文字の大きさ
上 下
16 / 24

大逆転

しおりを挟む
 自転車の車輪止めを上げようとしたところで、勢いよく扉の開く音が聞こえた。近付いてくる足音。僕は慌てて目元を拭った。

「マサアキ」

 澄んだ声。

「もうちょっとだけ、話させて」

 ついさっきまで伏せられていた瞳が、今はしっかりと開かれ、月の光を映していた。
 一体どうしたんだろう。唐突なミサキの変化に、僕は些かならずうろたえた。
 ミサキが手を差し出す。そこには、いびつな白い破片があった。

「これ、あの人がくれた消しゴム」

 何を思ったか、ミサキはその手を大げさに振りかぶると、破片を夜の彼方に放り投げてしまった。
 僕は呆然と、消しゴムが消えていった方を見る。

「言いたいことはいっぱいあるけど、どれも言い訳みたいになりそう。だから、一番伝えたいことだけ言うわね」

 深呼吸をひとつ。凛とした表情は真っ直ぐこっちを向いている。
 正直、僕は動転していた。ミサキが追いかけてくるなんて予想してなかったし、状況を呑みこめてもなかった。

「あたしは、マサアキが好き」

 心臓に楔でも打ち込まれた気がした。ふっと眩暈がして、自転車をやかましく倒してしまう。からからと、ホイールの回る音が虚しい。

「でも、僕は」

「違わない」

 言いかけた言葉は、ミサキによって遮られる。

「ううん、人違いでもいいの。あの消しゴムをくれたのが誰かなんてもうどうでもいい。今あたしが好きなのは、マサアキだから」

 太陽のように、眩しい笑顔だった。
 顔が燃えるように熱い。夜で本当によかった。こんな顔、まともに見せられるわけない。

「言いたいことはそれだけ。ちゃんと伝えたからね!」

 固まった僕を置いて、ミサキは軽い足取りで家の中に戻っていく。

「じゃ、また明日。学校で! ノートありがと!」

 扉の向こうに消える前に、ちらりと見せた窺うような表情。
 僕はしばらく、体の動かし方を忘れていた。
 気が付くと、自転車を押して歩いている自分を発見する。
 段々と頭が冷えてきた。今度は心臓がむず痒い。
 そうか、僕はミサキに告白されたんだ。
 なら、やっぱり返事をしなきゃならないんだろう。それは少し、いやかなり恥ずかしい。
 自分から返事を切り出すなんて、こちらから告白しているのと変わらないじゃないか。
 ああ。
 決めた。ミサキから聞いてくるまで、返事はしないことにしよう。
 でも、あれだ。さっきのミサキの様子からすれば、人目も気にせず朝一番に聞いてきそうな気もする。
 想像すると、頬が緩む。明日が怖い。怖いけど、なんだろう。楽しみでしかたない。
 待てよ。ミサキにとって恋愛ってなんだっけ? いや、改めて考えるまでもない。うわぁちょっと待った。まだ心の準備が。知識とかも無いし。一体どうすれば。
 僕は自転車を押して走る。走って、走って、自転車に飛び乗った。
 煩悩を振り払うために、一心不乱にペダルを踏み込む。
 今夜は、眠れる気がしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ハイスペ男からの猛烈な求愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペ男からの猛烈な求愛

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...