真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

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深夜の着信

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 考えたこともない。というのが僕の本音だ。
 恋愛小説は好んで読む。けど、いざ自分に想い人ができたら、なんて考えたこともなかった。恋人なんてもっての外。恋愛は空想世界の物語で、僕にとってはあくまでフィクションであり実在する人物地名団体とは一切関係ないのだ。
 僕は自分の、男としての程度を理解しているつもりだ。これといって自慢できるところのない冴えない男。そのせいか、恋愛に憧れることはあっても、現実に投影することはなかった。高校に入るまで、女子と接する機会もなかったし。というか意識的に女子を避けていた節さえある。
 恋愛とは無縁の世界で生きてきたんだ。そんな男に、恋人がどうの気持ちがどうの解るもんか。
 そんなことをぼんやりと考えながら天井を眺めていると、何の前触れもなく机上の携帯が震え出した。木製の机まで鳴らせた音にびっくりする。
 ベッドを降りて携帯を取る。ミサキだった。

『やっほー。今だいじょうぶ?』

 僕は曖昧に肯定した。

「どうしたの?」

『いやさ。数学のノート、貸してくんないかなーって』

 僕は目線だけで鞄を見た。ノートの居場所だ。
 ミサキは勉強に関してはそれほど熱心ではない方である。そのくせそれなりには優秀だ。

『ほら、テストも近いじゃない。あたし普段ろくにノート取ってないからさ』

 確かに。朝練のせいで授業の大半は寝ているし。

『ね、おねがい』

「いいけど」

『やった!』

 嬉しそうな声。

『じゃあ、今から行くわね』

「今から?」

『うん』とミサキ。
 時計を見る。二十二時を回っていた。

「もう遅いよ。明日じゃダメなの?」

『いやー』

 一旦息を切るミサキ。

『言ったでしょ。やっぱりテストが近いからさ。一応これでも優等生で通ってるから、出来ることはやっておきたいのよね』

 僕はどうしようかと一拍考え、鞄を取ることにした。

「解った。じゃあ、僕がそっちに行くよ。こんな時間だしさ」

 女の子を出歩かせるわけにもいかないだろう。

『え?』

「ん?」

 ミサキの声が無くなった。

「ミサキ?」

『あ、うん……ありがと。それは嬉しいけど……マサアキ、あたしんちまでどれくらいかかる?』

 ミサキの家には一度だけ行ったことがある。解りやすい場所だから迷ったりはしないだろう。

「十五分くらいじゃないかな」

 僅かな沈黙を置いて、

『おっけー。じゃ、待ってるわ』

「はいはい」

『あ、言っとくけど、うちコンドーム置いてないわよ』

「それはありがたい。じゃ、後で」

 通話が終わると、僕はノートを取り出す。
 玄関で靴紐を結んでいると、背後で姉の影が差した。

「どこへ?」

「友達のとこ」

「そう」

 ドアノブに手をかけたところで。

「藤島ミサキのところに行くの?」

「だったらなんなのさ」

 姉の顔を見ることもなく、僕は家を出た。

「気をつけて」

 扉が閉まって、僕は深く溜息を吐いた。
 解ってるよそれくらい。もう子供じゃないんだし。
 生温かい風を感じながら、僕は自転車のペダルを踏み込んだ。
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