真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

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姉は生徒会役員

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 帰宅一番、玄関で姉が待っていた。
 人形のように佇んでいる姉は、これまた人形のように無表情だが、十数年も一緒に住んでいれば解る。
 ついにこの時がきた。むしろ遅すぎるくらいだ。
 姉は怒っていた。厳密には怒る一歩手前の段階だけど、返答次第では容赦しないという意志をその瞳に宿していた。
 理由はなんとなく解る。ミサキのことだろう。

「ただいま」

 僕は靴を脱いで姉の脇を通り過ぎる。

「待って」

 無視すると後々気まずいからなぁ。仕方なく振り返る。

「なに?」

「聞きたいことがある」

 そうでしょうとも。

「どうせミサキのことでしょ?」

 頷く。姉は生徒会役員である。風紀委員会のないうちの学校では、学内の風紀を守るのは生徒会の仕事だ。とりわけ姉は生真面目な方で、禁止されている校内恋愛に関しては人一倍熱心に取り締まることで有名だった。

「解っているなら話は早い」

 やれやれ、とでも言うべきところなのかな。

「姉さん。何を勘違いしているのか知らないけど、僕とミサキはそういう関係じゃないよ。これ、前にも言った気がするけど」

「口では何とでも言える」

 姉は顔だけじゃなく声の表情も乏しい。論文を朗読するような淡々とした口調は、ある意味威圧的だ。
 しかし、口で言って信じてもらえないなら、どうすれば信じてもらえるのだろうか。

「話は聞いている。クラスでは親密。休日は一緒に出かけることもあり、先程は二人で下校していた」

 弟のプライベートに詳しすぎるよ。というツッコミはなしにしておこう。生徒会役員たる姉が、身内の素行に敏感なのは仕方ない。
 そうさ。確かにミサキとは仲が良い。休みに遊びに行くことも――たまにだけど――あるし、さっきまで一緒だったのも本当だ。
 でもそれは、僕に限ったことではない。
 ミサキにはクラスに親しい友人はたくさんいるし、共に街に繰り出す男は僕だけではないだろう。寂しいことだけれども、僕はミサキの数多い友人の一人に過ぎない。
 僕はその旨を姉に話す。

「校内恋愛を摘発したいなら、僕じゃなくミサキを張りこんだ方がいいんじゃないかな」

 ミサキなら、隠れて彼氏を作っていても不思議ではない。明るくてみてくれも良いし。

「言われるまでもない。すでに調査済み」

 姉は用意された原稿を暗誦するように、

「藤島ミサキには、校内外問わず交際、またはそれに準ずる関係の男性は存在しない。強いて言うなら――」

 僕は理由なく唾を飲み込んだ。
 姉は音も無く手を持ち上げると、細い人差し指を僕へと伸ばした。

「あなた」

 いつの間にか背が反っていることに気が付く。

「なんだって?」

「二度は言わない」

 言ってくれてもいいじゃないか。
 いや、聞きかえしたのも無粋だったかな。姉の言葉はちゃんと聞き取れた。はて。それにしても変だな。

「どうしても僕とミサキを恋人同士にしたいわけ?」

「そうじゃない。あなたが否定するのなら、私は信じる」

 姉は手を下げて、

「もう一つ、これが最後」

「……なにさ」

「あなたの気持ちは?」

 僕は押し黙った。どうしてそんなことを言わなければならないのか。
 視線が痛くて、目を逸らしてしまう。

「言いたくないのなら、いい」

 僕は逃げるように、自室へと上がった。
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