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破戒のスキル

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「守る?」

 どういうことだろう。スキルを隠すことで俺が守られるというのか。

「フリードさん。心してお聞きください。あなたに発現したスキルは、ただ持っているだけでノヴィオレント教の戒めに弓を引くような代物なのです」

 俺は昼間の出来事を思い出す。
 たった一度の愚行ですべてを失った少年の末路を。

「あなたのその拳はあらゆるものを破壊する威力を持つ。『ハードパンチャー』。それが女神より授けられたあなたのスキルです」

「ハード……パンチャー……」

 なんだよそれ。
 女神から授けられた割には、神にケンカを売るような能力じゃないか。

「そんなスキルがあり得るんですか」

 リーベルデは無言で頷く。

「あ、そうか。だからあの時」

 ソルの振り下ろした剣は、俺の拳に当たって真っ二つに折れた。あれこそまさしく『ハードパンチャー』の賜物なのだろう。あまりにも不可思議な現象であることと、直後にソルが暴走したことで、なんとか事なきを得たが、俺は公衆の面前で『ナダ・ペガル』を破っている。
 もし俺が斬られていれば、ソルもあそこまで取り乱すことはなかっただろう。そういう意味では、彼が俺の身代わりになったと言えなくもない。これで罪悪感を覚えるのは、さすがに飛躍しすぎだろうか。

「何か心当たりがおありですか?」

「ああいえ。特には」

 俺はメローネの背中を一瞥する。彼女との約束を違えるわけにはいかない。

「そんなスキルなら持ってても意味がありませんね。使えば『ナダ・ペガル』を破ってしまいますし」

 ほんの少し負い目を感じながら、俺は昼間のスキル発動をなかったことにした。

「フリードさん。非常に申し上げにくいことですが」

 リーベルデが早口になる。その声がさらに淡々としたものに変わる。
 嫌な予感がした。

「戒律に反するスキルを手にした者は、神聖騎士によって神の許に送られる。それが教会の掟です」

「……は?」

 何を言っているのか。

「いや。いやいや、ちょっと待ってください。確かに俺はそこまで敬虔じゃありませんが、教会の戒律は理解しているつもりです。ですから、このスキルを使う気なんてさらさら」

「使わずとも持っているだけで粛清の対象となるのです。これまでもスキルを手に入れた者の多くが、聖女と神聖騎士によって秘密裏に葬られてきました。これは教会の血塗られた歴史。知られざる裏の真実なのです」

 視界の端に映るメローネに、今更ながら恐怖を抱く。お付きの騎士が控えている理由は、聖女の護衛だけではないのだ。彼女はじっと立っているだけで、こちらに振り返ろうともしない。あのローブの下に隠されているのは剣か、はたまた杖なのか。
 もし争いになれば抵抗は無駄だろう。聖女付きの神聖騎士は世界最高峰の実力者だ。劣等生の俺が敵う相手じゃない。

「ご安心ください。メローネは私の意思に従います。あなたに危害を加えることはありません」

 そんなこと言われても、今の話の後じゃ信じたくても信じられない。

「申し上げたではありませんか。スキルを隠したのは、あなたをお守りするためだと」

 ふとリーベルデの表情が和らぐ。柔らかくなった声は、彼女の本心を表しているように感じた。

「教会の掟を破ると? 大丈夫なのですか。そんなことをして」

「大丈夫ではありません。いくら聖女だろうと……いいえ聖女だからこそ、掟を破る罪は重い。間違いなく異端者として神聖裁判にかけられるでしょう。そして教会は世界に知らしめるのです。リーベルデは神に背いた冒涜者であると。私は衆目の中で辱められ、嬲られ、そして火あぶりとなり、永遠に汚名を遺すことになる」

 聞くにおぞましい。想像するだけで胸糞が悪くなる。
 本人はなんでもないように言っているが、かすかに震える声にその内心が滲んでいる。聖女として毅然に振舞おうとしているだけだ。断じて、この清く美しい少女をそんな目に遭わせるわけにはいかない。

「リーベルデ様」

 俺はベンチを離れ、彼女の前に跪く。迷いはなかった。

「今すぐ、俺の首をお斬りください」
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