アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

文字の大きさ
上 下
57 / 74

将軍出陣

しおりを挟む
「やはりそう上手くはいかぬものだな、つくづく」

 外門の消失。乱入者の存在は、兵士の目を通してウィンスの認識の内にあった。
 魔導馬に砲撃の機構が隠されていたことにも、強化した兵士が手を焼く者がいたことにも驚きを隠せない。順調に進んでいた計画は、想定外の事態に陥っている。

「どうした、王子」

 唇を歪めたウィンスの嘯きに答えたのは、壁を背に腕を組むフェルメルトだ。

「侵入者だよ、このパマルティスに。よもや、これほど早く現れるとはな。予想外だ」

「どこの軍だ?」

「軍と呼べるものではない」

「なに?」

「魔導馬を駆る小僧一人に翻弄されている。まったく情けない話だ」

 フェルメルトの脳裏をよぎったのは、エルンダで一戦を交えた少年の姿。

「ラ・シエラの護衛にアルゴノートがいた。なかなかの手練れだったが」

「アルゴノートだと?」

 ウィンスは嘲笑混じりに聞き返す。その目は少しも笑っていない。

「我々もコケにされたものだな。薄汚い野良犬ごときに噛みつかれるとは」

 ウィンスは決してアルゴノートの力を侮っているわけではない。彼は本来のアルゴノートの姿を知っていたし、その実力を目の当たりにしたこともある。
 だが、今のアルゴノートの在り様は軽蔑していた。帝国に媚を売る傭兵まがい。戦況を覆す程の力を持ちながら目先の功利に目がくらんだ俗物。彼のアルゴノートに対する認識は極めて辛辣なものだった。

「申し上げます! 報告!」

 大聖堂に伝令の声が響いた。急ぎ足で膝をつく兵に、ウィンスの鋭い眼光が向けられる。

「侵入者は手負いとなり逃走中。我々も馬を出して追撃しております。また、住民からの報告によりますと、剣を持った侍女服の女がここに向かっていると」

「なるほど。あのメイドだな。野良犬が引っ掻き回している間に、人質を取り戻そうという魂胆か。なんとも勇ましいじゃないか」

 そういうことであれば、今回の襲撃に帝国の影はない。ウィンスにとってはまったくもって無意味な戦いであった。

「せっかくの貴重な人材だ。万が一にも奪い返されては堪らん」

「同意する。我らアルシーラには先立つものが必要だ。治癒魔法は金になる。あの娘の価値は、千金にも等しい」

 フェルメルトの言葉に嘘はなかったが、それが全てというわけでもない。治癒魔法の使い手を確保できれば、時間も労力もかけず、王女の病を治すことが出来るかもしれない。シルキィの治癒魔法は彼の使命に光明をもたらした。アルシーラの騎士として、今それを失うわけにはいかないのだ。

「将軍、頼めるか? アルシーラ史上最強と謳われた貴公の力、見せてもらいたい」

「もとよりそのつもり」

 フェルメルトは踵を返す。漆黒のマントが大きく靡いた。

「将軍。お待ちを」

 いつの間に大聖堂に来ていたのか、呼び止めたのはアーリマンである。装飾過多の軽鎧に身を包み、腰には剣を提げていた。

「どうしたアーリマン。なかなかどうして、様になっているじゃないか」

「恐れ入ります、王子」

 ウィンスはアーリマンの装いを見て愉快気に笑った。対してアーリマンは、形式的な笑みを顔に貼り付けるのみ。

「将軍。シルキィ様をお連れしたのはこの私。此度のこと、責任の一端は私にもございます。ならばせめてお手伝いをさせて頂きたいのです」

 恭しく物を言う長髪の美男子を、フェルメルトは見もしない。彼らが出会ったのはパマルティスに来てからだが、フェルメルトはどうにもこの青年を信用できなかった。
 本心を隠匿する薄い笑みは、その昔アルシーラの宮廷に蔓延った奸臣を思い出す。忠義を忘れ、かつての主人を売って利益を貪る性根は全くもって不愉快であった。
 だが、フェルメルトはそれを口には出さない。騎士道を捨てた我が身を棚に上げて高説を垂れるなど言語道断。恥ずべき行為だ。

「好きにしろ」

 故に彼はその一言を、苦々しく吐き捨てた。

「感謝致します」

 大股で大聖堂を後にするフェルメルトを、アーリマンが追う。
 二人の背中を見送って、ウィンスは嘲弄の面持ちで鼻を鳴らした。

「俗物め」

 その言葉が誰に向けられたものか、本人以外には誰も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

処理中です...