13 / 74
旅立ち 1/2
しおりを挟む
翌朝。
門の前には、一目で最高級品とわかる立派な馬車が堂々たる姿を現していた。
金属で補強された有蓋の大きな車両は、車内は三人が座っても余りあるほど広々としていた。四本の大きな車輪はいかにも頑強な金属製である。
だが、セスが驚いたのはその見事な車両ではなく、それを引く二頭の馬に対してだ。正確には馬ではなく、馬の形をした銀の塊である。朝日を受けて輝く光沢は芸術品じみていて、生物的な流線には生命の息吹を感じる。分厚く重ねられた金属装甲の隙間から青白い魔力の光を漏らしていた。
「これは、魔導馬ですか」
一頭の価値は同じ重さの純金に等しいとされる。それが二頭。セスも目の前にするのは初めてであった。
「先の戦争の折、皇帝陛下よりお借りしたものだ」
トゥジクスはいかにも得意げである。
「終戦後も返還はしていないがね。戦果に適う褒章を頂けなかったのだ。これくらい罰は当たらないだろう」
傾きかけのラ・シエラになぜこんな高価なものがあるのかと不思議だったが、そういうことなら合点がいく。魔導馬があるならば旅路は想定よりも楽になるだろう。生身の馬とは違って疲れず、食べず飲まず、怪我や病気もしない。
「よいのですか? このような貴重なものを」
「どれほど価値のある物だろうと、本来の用途から外れてしまっては意味がない。屋敷に飾っておくなど、まさに宝の持ち腐れだ」
「仰る通りです」
「うむ。ああ、ちなみにだ。これはあまり知られていないことだが、魔導馬には男心をくすぐるロマンに満ちた機能が隠されているのだよ」
「ロマン、ですか」
トゥジクスは開きかけた口を閉じて、首を振った。
「いや……もったいぶるようですまないが、これ以上は口にできぬ。皇帝陛下の所有物について、べらべらと喋るのはよろしくないだろう」
「そういう風に言われると、余計に気になってしまいますね」
セスは歳相応の、トゥジクスは年甲斐もなく少年じみた笑みを浮かべた。
使用人達が旅の荷を馬車に積み込むと、いよいよ出立の時が近づいてくる。
トゥジクスの他、屋敷の使用人達が見送りのため門前に勢揃いしていた。その数は十人にも満たず、ラ・シエラの苦境を物語っていた。
「シルキィ。これを」
トゥジクスが手渡したのは、一振りの長剣。鍔に拳大の宝玉が埋め込まれ、独特の装飾が施されている。抜け落ちてしまわぬよう鍔と鞘を厳重に縛りあげたその剣は、どう見てもシルキィの身の丈には合わぬ代物である。
「では、行って参ります。お父様」
「うむ。旅の無事を祈っている。帝都についたら、手紙を書いてくれ」
シルキィは藍色のワンピースの上に薄手のフードケープを羽織り、別れの言葉も短く馬車に乗り込んだ。
彼女の剣を見るセスの目が普通ではないことに気付いたのか、トゥジクスがわざとらしく咳払いをした。
「あの剣が気になるか?」
「へ? あ、いえ」
「やはり、誰が見てもあやつには不釣り合いだな。本人曰く、お守りだそうだが」
「お守りというのは?」
「それが教えてくれんのだ。昔どこで拾ったか、突然持って帰ってきよってな」
地域によってはナイフなど、小型の刃物をお守りとして扱う風習がある。往々にして魔よけの意味が込められているものだが、それにしてはあの剣は大振りすぎる。小柄なシルキィでは持ち運ぶのも一苦労だ。
「あのような剣。あやつが持つべきではないというに」
トゥジクスはそんな呟きを漏らす。
耳の良いセスには聞き取れたが、聞こえない振りをするのが礼儀だと思った。
門の前には、一目で最高級品とわかる立派な馬車が堂々たる姿を現していた。
金属で補強された有蓋の大きな車両は、車内は三人が座っても余りあるほど広々としていた。四本の大きな車輪はいかにも頑強な金属製である。
だが、セスが驚いたのはその見事な車両ではなく、それを引く二頭の馬に対してだ。正確には馬ではなく、馬の形をした銀の塊である。朝日を受けて輝く光沢は芸術品じみていて、生物的な流線には生命の息吹を感じる。分厚く重ねられた金属装甲の隙間から青白い魔力の光を漏らしていた。
「これは、魔導馬ですか」
一頭の価値は同じ重さの純金に等しいとされる。それが二頭。セスも目の前にするのは初めてであった。
「先の戦争の折、皇帝陛下よりお借りしたものだ」
トゥジクスはいかにも得意げである。
「終戦後も返還はしていないがね。戦果に適う褒章を頂けなかったのだ。これくらい罰は当たらないだろう」
傾きかけのラ・シエラになぜこんな高価なものがあるのかと不思議だったが、そういうことなら合点がいく。魔導馬があるならば旅路は想定よりも楽になるだろう。生身の馬とは違って疲れず、食べず飲まず、怪我や病気もしない。
「よいのですか? このような貴重なものを」
「どれほど価値のある物だろうと、本来の用途から外れてしまっては意味がない。屋敷に飾っておくなど、まさに宝の持ち腐れだ」
「仰る通りです」
「うむ。ああ、ちなみにだ。これはあまり知られていないことだが、魔導馬には男心をくすぐるロマンに満ちた機能が隠されているのだよ」
「ロマン、ですか」
トゥジクスは開きかけた口を閉じて、首を振った。
「いや……もったいぶるようですまないが、これ以上は口にできぬ。皇帝陛下の所有物について、べらべらと喋るのはよろしくないだろう」
「そういう風に言われると、余計に気になってしまいますね」
セスは歳相応の、トゥジクスは年甲斐もなく少年じみた笑みを浮かべた。
使用人達が旅の荷を馬車に積み込むと、いよいよ出立の時が近づいてくる。
トゥジクスの他、屋敷の使用人達が見送りのため門前に勢揃いしていた。その数は十人にも満たず、ラ・シエラの苦境を物語っていた。
「シルキィ。これを」
トゥジクスが手渡したのは、一振りの長剣。鍔に拳大の宝玉が埋め込まれ、独特の装飾が施されている。抜け落ちてしまわぬよう鍔と鞘を厳重に縛りあげたその剣は、どう見てもシルキィの身の丈には合わぬ代物である。
「では、行って参ります。お父様」
「うむ。旅の無事を祈っている。帝都についたら、手紙を書いてくれ」
シルキィは藍色のワンピースの上に薄手のフードケープを羽織り、別れの言葉も短く馬車に乗り込んだ。
彼女の剣を見るセスの目が普通ではないことに気付いたのか、トゥジクスがわざとらしく咳払いをした。
「あの剣が気になるか?」
「へ? あ、いえ」
「やはり、誰が見てもあやつには不釣り合いだな。本人曰く、お守りだそうだが」
「お守りというのは?」
「それが教えてくれんのだ。昔どこで拾ったか、突然持って帰ってきよってな」
地域によってはナイフなど、小型の刃物をお守りとして扱う風習がある。往々にして魔よけの意味が込められているものだが、それにしてはあの剣は大振りすぎる。小柄なシルキィでは持ち運ぶのも一苦労だ。
「あのような剣。あやつが持つべきではないというに」
トゥジクスはそんな呟きを漏らす。
耳の良いセスには聞き取れたが、聞こえない振りをするのが礼儀だと思った。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
竜焔の騎士
時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証……
これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語―――
田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。
会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ?
マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!?
この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー!
天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる