愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ

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本編

4-3

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 プラチナブロンドの髪は少し崩れていて、月色の仮面の奥には蒼い瞳。
 …珍しい。彼が肩で息をしているところなんて初めて見た。

 勢いよく奪われたグラスの中身が絨毯に零れ、色が変わっている。

「な、な…。」

 なんであなたがここに…と言いたいのに、突然のことで驚きすぎて言葉が出てこない。口がパクパク動くだけだ。鯉か。

「…メル、知り合い?」
「え、えぇっと…。」

 夫です、とは言いづらい。よく分からない状況に答えあぐねて頬をかいていると、マージドがしびれを切らしてシルヴェスター様を睨む。

「失礼な方だな。僕はレディの気分が悪くならないように水を用意しただけなのに。」
「何も入っていない保証はないだろう。」
「人聞きの悪い。僕が何か混ぜたと?いきなり来て、何を言い出すんです。」
「いきなり、ね。」


 ハッと不機嫌そうに笑ったシルヴェスター様は、自分の大きな外套を私の肩にかけ、腰を引き寄せる。あ、この香り…と思った頃にはもう彼の腕の中にいた。


「こちらのレディとは逢瀬の約束をしていたんだが、他の女性と親しくする私に、彼女が嫉妬してしまったようでね。彼女の機嫌を取ってくれて君には感謝するよ。」
「は、はああ!?…んっう、」


 とんでもない作り話に抗議しようと声をあげようとするも、顔をシルヴェスター様の胸にぐいぐい押し付けられて口を塞がれる。

(なんて横暴な…!!)

 化粧が崩れてしまいそうでなんとか押し返すと、その拍子に着けていたレースの仮面が取れてしまった。

「あっ…。」

 マージドが仮面が取れた私の顔をはたと見つめる。はっと我に返ったように仮面を拾ってくれて、ニコリと微笑むその顔は、やはり余裕があって。横暴なシルヴェスター様に全く物怖じせずむしろ挑発するかのように、仮面に口づけを落とす。でも、唇をつけたまま上目で見つめてきた灰色の瞳は確かにぎらついていて。私は思わず肩を揺らした。


「どうぞ。メルヴィーナというんだね。素顔は更に美しい。薔薇の瞳をしている。」
「あ、ありがとう…。」
「邪魔が入ったけれど、今夜の続きはまたどこかで。しつこい男は嫌われるからね。君を楽しませるものをたくさん用意しておくよ。」


 そうして、仮面を受け取った私の手をそのまま掴み、自分の唇へ持っていき、指先を唇で軽くまれた。そうなるともう私の脳内は爆発する。じょ、女性慣れしているとは思っていたが、こんな危険物を隠し持っていたなんて…!

 顔を真っ赤にさせて再び鯉になる私を、シルヴェスター様は乱暴に引き寄せ、マージドから引き離す。


「さあ、行こう。もう機嫌は直ったか?」
「何を…ひっ…。」


 見下ろされた蒼い瞳は、妻に向けるものでも、逢瀬を約束していた女性に対するものでもない。有無を言わせず了承させるモラハラ男のそれだった。


(ここで屈したら薔薇の異名が…って別に他人が適当に呼んでるだけの二つ名にそこまで意地を張って固執しなくても、ていうかそもそも)


 ぐるぐると考えるうちに訳が分からなくなってきた。

 シルヴェスター様は呆れて大きなため息を零す。


「はあ…大分酔ってるな。ほら、行くぞ。」

 そうして覚束ない足取りで、引きずられるように侯爵家うちの馬車に押し込められた。ああ、マージドにお別れを言っていないわ。まあいいか。そういうの気にしないでいてくれるタイプだろうし。知らないけど。


 馬車の冷たい窓に額を当てて涼んでいる私を突き刺す蒼い眼。仮面を外して、私の真正面で腕を組んで睨んでいる。嫌な感じ。無視しておこう。
 というか、本当にどういうことなのか、この状況。夜遊びをして父に見つかり連れて帰られる妙齢の少女じゃないんだから。

「外でそんなになるまで飲むな。」

 出ました、小言!

「余計なお世話ですわ。私、外ではいくら飲んでも酔わないタチなんですー。」
「いや、呂律もまわっていない。」
「それはですねー、私、家に帰ると気が抜けて酔いが回るタイプでしてぇ。」
「まだ着いていないぞ、大酒飲み。」
「だあって、楽しんでいたところにいきなり誰かさんが来て、あなた、家の香りがするんですもの。だからこう、一気にブランデーとワインが…洪水のように…」

 馬車の中、密室で更に家の、というか彼の香りにあてられて酔いが回っていく。馬車も揺れて、肩にかけられていた外套がはだける。
 力が入らない手で緩慢にかけ直す動作も一挙手一投足睨まれている。なんなんだこの男。


「…随分と扇情的な装いだな。」
「夫から自由恋愛を許可されたもので~。」
「とは言っても最低限危険は避けろ。他人が持ってきた飲み物を疑いなく飲む奴がいるか。」
「も~そんな人じゃなさそうだから大丈夫ですって。」
「君は…。」


 また大きなため息。ああ、ほら。関われば関わるほど悪化していく関係。まあでも彼の言うことも一理ある。今日はちょっと飲みすぎたし、その日会ったばかりの人が持ってきたものを口にするのは良くない。確かに。悔しいから彼の前では認めないけど。


(早く着かないかな。)

 あまり二人きりになりたくない。
 小言を言われるのも、憎まれ口をたたいてしまうのも、どっちも御免だ。

 ていうか、なんであそこにいたんだろう。
 シルヴェスター様もああいうところで遊ぶんだ。

 ああ、だから不機嫌だったんだ。
 遊んでいた最中に、不注意にも他人から貰うグラスに口をつける妻が目に入って止めなきゃいけなかったから。

 はいはいそういうことね。それもそうよね、大体わたしたちの結婚だって―――…


 色々考え込んでいると、ふわふわ、思考と夢の境目が分からなくなってくる。


「…メルヴィーナ。」

 この呼ぶ声は夢だろうか、現実だろうか。
 17歳のあの日、ワルツを踊ったあの時の声と似ている。低い声。ということは夢か。ていうか私は寝ているのか、いや、寝た記憶はない。

 だってあんな寂しい寝室で寝るなんて嫌だもの。こんなに優しい夢を見ているのに。

 20歳の彼。かっこよかった。あの頃はまだ私を見ていてくれた気がする。背中の傷を見られていなかったからかな。あの日がずっと続けばよかったのにな。


「メルヴィーナ、そろそろ起きろ。」

 嫌よ、私、あの日の夢をずっと見ていたいの。そんな冷たい声で終わらせないで。



「―――メルヴィーナ。」
「なに…!私は彼、と…え…?」


 厳しい声で目を開けた私は、2、3度目を白黒させる。

 見慣れない天井。小さめなベッド。質素な調度品。
 そしてベッドの傍らで不機嫌そうに見下ろしてくる夫。

 茶色のカーテンは開けられ、陽が差し込んでいる。

(あ、れ…?さっきまで夜だったし、そもそも馬車から降りた記憶が…)


「…飲みすぎだ。」

 陽に照らされたシルヴェスター様は呆れたように息を吐き出している。
 思考が全然追いつかない私は右へ左へズキズキ痛む頭を振って状況を確認しようと試みる。

 しかしそれよりも重大なことに気が付いてしまったのだ。


「え、ちょっと待っ、なん…え、ええぇぇっえ…!!?」

 ふふふふ、服を、着ていない―――!!!!
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