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第43話 光と闇が繋ぐもの
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決着がついたことを確信してスクレナが影から姿を現すと同時に、俺も体の自由を取り戻す。
タネを知らない周囲の者の反応を見れば、どうやら第2の目的も達成できたようだ。
「そ、そんな……聖騎士様の防御術が破られるなんて」
「あれが、黒騎士の力なのか……」
戦いの動機は何であれ、自軍の将であり、自国の英雄であるグラドが一騎討ちで敗れる。
その事実が部下たちに与えたショックは計り知れないものであっただろう。
「エルト、気分が悪いとか、どこか痛むとかはないか? 最後はお前の許容量に対して過多となる魔力を送ることになってしまったが」
少し慌てふためいた様子で体に異常がないかを窺ってくるスクレナだった。
だがさっきも言った通り、問題ないと判断したからこそ焚き付けたのだ。
それどころか逆に気分はいいくらいかもしれない。
少し前まで心に抱いていた柵というのか、迷いのようなものが一切なくなり軽やかになっている。
「お前……やはりそれは――」
スクレナが何かを口にしようとするのを、俺は相手の顔の前に手を掲げることで制した。
聖騎士と争った本来の目的を思い出したからだ。
鞘から剣を抜き、手負いの化け物の元へ歩み寄るのを邪魔する者はもういない。
数の上では圧倒的な帝国軍人たちも、すっかり戦意を削がれてしまっている。
そもそも人類の脅威を取り除こうというのだから、向こうにも止める理由はないのだろうが。
唯一その道を阻んでいたグラドも像のように立ち尽くしたまま、未だに動く気配すらない。
おかげで目を向けることもなく、労せず横を通過することが出来た。
左手を搔いて懸命に逃れようとする先に立ち塞がると、贖人は視線をこちらに移す。
そこから発せられるものは、怒りでも謝意でもなかった。
ただ「生きたい」という思いだけ。
もしかしたら感情などではなく、単なる本能なのかもしれない。
しかし何にせよ、これからすることに変わりはない。
今にも消え入りそうな声を出す贖人の首筋に、一度剣を宛てがってから振りかざす。
自然と湧き出てきた言葉と共に、柄を持つ手には力が込められた。
ようやくこの自堕落な生き物を葬れると。
それを実行に移そうとしたまさにその瞬間だった。
すぐ横から何かが飛び出し、そして贖人へと覆い被さる。
俺は驚きのあまりに思わず体が硬直してしまった。
こんなにも傷ついた体であるのに、尚も守護者であり続けようとする姿を見せられたから。
そして人の予想を超えるほどの、奇跡に近い執念を見せられたからだ。
「どいてくれ、グラド。そいつはもう人に害を成す存在なんだ。ここで始末しておかなければさらなる惨事を呼ぶんだぞ」
「頼む……確かに俺は貴様に敗れはしたが、こればかりはどうしても譲れないのだ。何度も言うが、姿は変わってもこいつは俺の大切な妹なんだ」
実際に戦ったのはスクレナなのだし、そこら辺はチクリと胸に刺さるものがある。
だがまた同じ問答を繰り返さなければならないことに、今度は初めから苛立ちを覚えずにいられた。
見下ろす先へ向けるものは、もはや何もなかったのだから。
今の俺はグラドに対して無関心であると言えよう。
少しずつ感じてはいたが先日の魔の海域で起こった出来事の中で、確信めいたものを感じた。
自分が戦闘やら何やらが要因となって気分が高揚し、同時に闇の魔力が高まることで、この状態に陥ると。
掻い摘んでいえば、スクレナの言う闇人族に大きく近づいているのかもしれない。
おかげで人間そのものを同族として見ることがなくなっているのだろう。
だから海賊たちが海獣に蹂躙されるのを目の当たりにしても、ビアンキたちのような反応を示すこともなかった。
自然界において肉食の獣が他の草食の獣を捕食しているのを見たところで、対して感情が起伏しないように。
それでも気が沈まればすぐ元に戻るし、名も知らぬ海賊のように接点のない者にしか起こりえなかった。
だが今回は共に食卓を囲み、成し得ない願望を曝け出してくれた相手に対しても同様である。
おそらく度を越して闇を受け入れたことにより、強く症状が出ているのかもしれない。
さっきはグラドの意外な乱入で手を止めてしまったが、次はそんなことに戸惑うこともないはずだ。
どうしてもそこを動きたくないというのなら……
「エルト、貴様にも話しただろう? 俺はティアを連れて人里離れた遠い地へ行って2人きりで過ごす。決して誰かの迷惑にならぬようにだ。だから――」
「非現実的なことを言うでない。聖騎士よ」
背後から話に割って入ってきたのはスクレナだった。
言葉通りにグラドを諭す為というよりは、俺の行動を先延ばしにする目的があったように感じられた。
「贖人というのは生物が持つ闇の魔力を糧とするのだ。貴様が最初の餌となり、その後は野に放たれるか。それとも日に日に衰弱していくのを手をこまねいているだけか。この二択しかないのだぞ」
「なぜそんなことが分かる! どうしてその言葉を信じることが出来よう! それに闇を喰うというのなら、人類にとっては願ってもないことではないか!」
叩きつけられた選択から逃れる材料を抜き出して突き返すグラドだったが、スクレナはその論を根本から覆した。
「自分が生きる短い時の中でしか物事を見れない人間が、闇にそのような印象を抱くのも仕方がない。だが光が蔓延したところで貴様らにとっての楽園になるわけでもないのだぞ」
確かに基本的な考えはそうだ。
闇と言われれば、ほとんどの人が否定的に捉えるだろう。
だが物事には必ず存在する理由があるということを、俺はこの場で知らされることになる。
「闇というのは破壊から創造を、そして光は安寧と維持を世に司る。それだけを聞けば誰もが光を求めるのも無理はない。だがそんなことが永遠に続くとしたらどうなると思う?」
スクレナはただの人間である俺たちに問いかけるが、ハッキリと想像するには人生に費やした時間があまりにも少なかった。
「初めのうちはいい、皆がその平穏を謳歌し幸せだと口にするだろうからな。だが現状からの変化を求めなければそれは同時に進化の足止めにもなる。怠惰は思考の停止を招き、思考の停止は感情の欠落を招き、やがて人類は本能を満たすだけの生きた肉塊へと成り果てる」
それが何を指しているのか理解するのは容易だった。
目の前に実例があるのだから。
おそらく贖人というのは、その過程を強制的にすっ飛ばした末の姿なのだろう。
「だからこそ、この世界には暗黒の時代と言われる歴史が節々に刻まれておる。世界規模の戦争であったり、災害であったり、人々は何度も大きな厄災という闇に飲み込まれてきた。しかしその都度互いに知恵と力を合わせて困難に立ち向かい、いつの日か自らの手で光を灯さんと歩み続ける。先人たちがそれを繰り返したことによって、今のお前たちがあるのだ」
なるほど、人類が引き起こす戦争ですらある意味で自然の摂理とも言える。
光と闇、どちらが欠けてもこの世にとっては仇となるということか。
バランスを保つことが大切で、人為的にその流れを断とうとすれば崩壊の一途を辿る。
そんなことに思いをめぐらせていると、スクレナがこちらを凝視していることに気付いた。
「そう、どちらに傾きすぎてもいけない。それは個人においても同じことなのだ。今のお前のようにな」
指摘をされたことにより、自分の中には緊張が走った。
その事実を見抜かれていたという驚きもあれば、望まない言葉を聞かされるような気がしたからだ。
「闇は破壊だけではなく創造までもたらすと言ったが、その先の光によって調和を図る気概がなければ待っているのは完全なる虚無だけだ。船上での会話でマリメアから『同類』だと言われたようだが、闘将たちのように感情の制御も出来ぬのではただ光を喰らうだけの化け物に変わりはない」
言葉じりから大方の予想はついていたが、いざ声に出して言われると心に影を落としてしまう。
「エルト、お前は闇人族にはなれぬし、決してさせはせぬ」
そこに含まれた意味を自分なりに解釈するなら、一番聞きたくなかった内容になるのだから。
だってそれだと、俺はスクレナたちにとって――
「黙れ! 光だ闇だと講釈を垂れたところで何の関係がある! 俺は今この時をティアと共に生きたいだけなのだ!」
この世の成り立ちを聞いたところで気持ちは変わらない。
そう言わんばかりに聖騎士の内から感じたのは、激昴からくる力の高まりだった。
眩いと錯覚するほどの光の魔力を目にした瞬間、俺は反射的に剣を持つ手を振り下ろした。
グラドの背の上から、下敷きにしている贖人へとどめを刺そうとして。
だがそれよりも早く、体全体に強い振動と風圧を感じて思わず身を引いてしまう。
その正体は突如として目の前に現れた黒い巨大な槍によるものであった。
まるで杭を打ち立てるように、贖人の胸の中心を貫いている。
これがスクレナのしたことだというのは容易に分かった。
だからこそ自分が釘を刺され、拒絶されたようにも感じてしまう。
我らの領域には足を踏み入れるなと。
そしてあの僅かな時間で、俺は信じ難い光景を目の当たりにした。
結論から言えばグラドは無事である。
茫然としているが今の一撃を逃れ、少し離れたところで尻餅をついているだけで済んだ。
驚愕したのは助かった本人のことよりも、この状況を作り出した者の方にある。
そこには確かに、失われたはずのティアの存在があったからだ。
タネを知らない周囲の者の反応を見れば、どうやら第2の目的も達成できたようだ。
「そ、そんな……聖騎士様の防御術が破られるなんて」
「あれが、黒騎士の力なのか……」
戦いの動機は何であれ、自軍の将であり、自国の英雄であるグラドが一騎討ちで敗れる。
その事実が部下たちに与えたショックは計り知れないものであっただろう。
「エルト、気分が悪いとか、どこか痛むとかはないか? 最後はお前の許容量に対して過多となる魔力を送ることになってしまったが」
少し慌てふためいた様子で体に異常がないかを窺ってくるスクレナだった。
だがさっきも言った通り、問題ないと判断したからこそ焚き付けたのだ。
それどころか逆に気分はいいくらいかもしれない。
少し前まで心に抱いていた柵というのか、迷いのようなものが一切なくなり軽やかになっている。
「お前……やはりそれは――」
スクレナが何かを口にしようとするのを、俺は相手の顔の前に手を掲げることで制した。
聖騎士と争った本来の目的を思い出したからだ。
鞘から剣を抜き、手負いの化け物の元へ歩み寄るのを邪魔する者はもういない。
数の上では圧倒的な帝国軍人たちも、すっかり戦意を削がれてしまっている。
そもそも人類の脅威を取り除こうというのだから、向こうにも止める理由はないのだろうが。
唯一その道を阻んでいたグラドも像のように立ち尽くしたまま、未だに動く気配すらない。
おかげで目を向けることもなく、労せず横を通過することが出来た。
左手を搔いて懸命に逃れようとする先に立ち塞がると、贖人は視線をこちらに移す。
そこから発せられるものは、怒りでも謝意でもなかった。
ただ「生きたい」という思いだけ。
もしかしたら感情などではなく、単なる本能なのかもしれない。
しかし何にせよ、これからすることに変わりはない。
今にも消え入りそうな声を出す贖人の首筋に、一度剣を宛てがってから振りかざす。
自然と湧き出てきた言葉と共に、柄を持つ手には力が込められた。
ようやくこの自堕落な生き物を葬れると。
それを実行に移そうとしたまさにその瞬間だった。
すぐ横から何かが飛び出し、そして贖人へと覆い被さる。
俺は驚きのあまりに思わず体が硬直してしまった。
こんなにも傷ついた体であるのに、尚も守護者であり続けようとする姿を見せられたから。
そして人の予想を超えるほどの、奇跡に近い執念を見せられたからだ。
「どいてくれ、グラド。そいつはもう人に害を成す存在なんだ。ここで始末しておかなければさらなる惨事を呼ぶんだぞ」
「頼む……確かに俺は貴様に敗れはしたが、こればかりはどうしても譲れないのだ。何度も言うが、姿は変わってもこいつは俺の大切な妹なんだ」
実際に戦ったのはスクレナなのだし、そこら辺はチクリと胸に刺さるものがある。
だがまた同じ問答を繰り返さなければならないことに、今度は初めから苛立ちを覚えずにいられた。
見下ろす先へ向けるものは、もはや何もなかったのだから。
今の俺はグラドに対して無関心であると言えよう。
少しずつ感じてはいたが先日の魔の海域で起こった出来事の中で、確信めいたものを感じた。
自分が戦闘やら何やらが要因となって気分が高揚し、同時に闇の魔力が高まることで、この状態に陥ると。
掻い摘んでいえば、スクレナの言う闇人族に大きく近づいているのかもしれない。
おかげで人間そのものを同族として見ることがなくなっているのだろう。
だから海賊たちが海獣に蹂躙されるのを目の当たりにしても、ビアンキたちのような反応を示すこともなかった。
自然界において肉食の獣が他の草食の獣を捕食しているのを見たところで、対して感情が起伏しないように。
それでも気が沈まればすぐ元に戻るし、名も知らぬ海賊のように接点のない者にしか起こりえなかった。
だが今回は共に食卓を囲み、成し得ない願望を曝け出してくれた相手に対しても同様である。
おそらく度を越して闇を受け入れたことにより、強く症状が出ているのかもしれない。
さっきはグラドの意外な乱入で手を止めてしまったが、次はそんなことに戸惑うこともないはずだ。
どうしてもそこを動きたくないというのなら……
「エルト、貴様にも話しただろう? 俺はティアを連れて人里離れた遠い地へ行って2人きりで過ごす。決して誰かの迷惑にならぬようにだ。だから――」
「非現実的なことを言うでない。聖騎士よ」
背後から話に割って入ってきたのはスクレナだった。
言葉通りにグラドを諭す為というよりは、俺の行動を先延ばしにする目的があったように感じられた。
「贖人というのは生物が持つ闇の魔力を糧とするのだ。貴様が最初の餌となり、その後は野に放たれるか。それとも日に日に衰弱していくのを手をこまねいているだけか。この二択しかないのだぞ」
「なぜそんなことが分かる! どうしてその言葉を信じることが出来よう! それに闇を喰うというのなら、人類にとっては願ってもないことではないか!」
叩きつけられた選択から逃れる材料を抜き出して突き返すグラドだったが、スクレナはその論を根本から覆した。
「自分が生きる短い時の中でしか物事を見れない人間が、闇にそのような印象を抱くのも仕方がない。だが光が蔓延したところで貴様らにとっての楽園になるわけでもないのだぞ」
確かに基本的な考えはそうだ。
闇と言われれば、ほとんどの人が否定的に捉えるだろう。
だが物事には必ず存在する理由があるということを、俺はこの場で知らされることになる。
「闇というのは破壊から創造を、そして光は安寧と維持を世に司る。それだけを聞けば誰もが光を求めるのも無理はない。だがそんなことが永遠に続くとしたらどうなると思う?」
スクレナはただの人間である俺たちに問いかけるが、ハッキリと想像するには人生に費やした時間があまりにも少なかった。
「初めのうちはいい、皆がその平穏を謳歌し幸せだと口にするだろうからな。だが現状からの変化を求めなければそれは同時に進化の足止めにもなる。怠惰は思考の停止を招き、思考の停止は感情の欠落を招き、やがて人類は本能を満たすだけの生きた肉塊へと成り果てる」
それが何を指しているのか理解するのは容易だった。
目の前に実例があるのだから。
おそらく贖人というのは、その過程を強制的にすっ飛ばした末の姿なのだろう。
「だからこそ、この世界には暗黒の時代と言われる歴史が節々に刻まれておる。世界規模の戦争であったり、災害であったり、人々は何度も大きな厄災という闇に飲み込まれてきた。しかしその都度互いに知恵と力を合わせて困難に立ち向かい、いつの日か自らの手で光を灯さんと歩み続ける。先人たちがそれを繰り返したことによって、今のお前たちがあるのだ」
なるほど、人類が引き起こす戦争ですらある意味で自然の摂理とも言える。
光と闇、どちらが欠けてもこの世にとっては仇となるということか。
バランスを保つことが大切で、人為的にその流れを断とうとすれば崩壊の一途を辿る。
そんなことに思いをめぐらせていると、スクレナがこちらを凝視していることに気付いた。
「そう、どちらに傾きすぎてもいけない。それは個人においても同じことなのだ。今のお前のようにな」
指摘をされたことにより、自分の中には緊張が走った。
その事実を見抜かれていたという驚きもあれば、望まない言葉を聞かされるような気がしたからだ。
「闇は破壊だけではなく創造までもたらすと言ったが、その先の光によって調和を図る気概がなければ待っているのは完全なる虚無だけだ。船上での会話でマリメアから『同類』だと言われたようだが、闘将たちのように感情の制御も出来ぬのではただ光を喰らうだけの化け物に変わりはない」
言葉じりから大方の予想はついていたが、いざ声に出して言われると心に影を落としてしまう。
「エルト、お前は闇人族にはなれぬし、決してさせはせぬ」
そこに含まれた意味を自分なりに解釈するなら、一番聞きたくなかった内容になるのだから。
だってそれだと、俺はスクレナたちにとって――
「黙れ! 光だ闇だと講釈を垂れたところで何の関係がある! 俺は今この時をティアと共に生きたいだけなのだ!」
この世の成り立ちを聞いたところで気持ちは変わらない。
そう言わんばかりに聖騎士の内から感じたのは、激昴からくる力の高まりだった。
眩いと錯覚するほどの光の魔力を目にした瞬間、俺は反射的に剣を持つ手を振り下ろした。
グラドの背の上から、下敷きにしている贖人へとどめを刺そうとして。
だがそれよりも早く、体全体に強い振動と風圧を感じて思わず身を引いてしまう。
その正体は突如として目の前に現れた黒い巨大な槍によるものであった。
まるで杭を打ち立てるように、贖人の胸の中心を貫いている。
これがスクレナのしたことだというのは容易に分かった。
だからこそ自分が釘を刺され、拒絶されたようにも感じてしまう。
我らの領域には足を踏み入れるなと。
そしてあの僅かな時間で、俺は信じ難い光景を目の当たりにした。
結論から言えばグラドは無事である。
茫然としているが今の一撃を逃れ、少し離れたところで尻餅をついているだけで済んだ。
驚愕したのは助かった本人のことよりも、この状況を作り出した者の方にある。
そこには確かに、失われたはずのティアの存在があったからだ。
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