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第41話 滑稽な強情
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決意を固めた……はずだったが、念の為にレクトニオに聞いてみる。
未練がましいと言われればそれまでだが、確認せずにはいられなかった。
「レクトニオ、もしかしてお前の体には贖人を元に戻せるような機能があったりしないか?」
だがほんの少しの希望に縋ることすら許さないとばかりに、本人は黙って首を横に振る。
「自分は歴史上最も栄えた文明の英知と技術を結集して生み出されまシタ。しかしあくまで人間の手によって作られた物にすぎまセン。それ故にあなた方と違って出来ることにはハッキリとした限界があるのデス」
万能ではあれど全能ではないということか。
否定されるのを前提にした問いだから、酷く落胆するということもなかったが。
「本当によいのか? 単体であるなら周りを巻き込まずに済むから我に任せてもらっても構わぬが」
再度スクレナが申し出るが、俺はそれを断った。
これは俺自身が克服しなければいけないことだから。
今回のように、いくらかでも関係を築いた者と敵対する。
この先そんな状況とは何度も遭遇するかもしれない。
その度に「出来ません」と言って、誰かに任せっぱなしでいいはずがない。
そもそも1人で戦わなければいけない場合もあるんだ。
そんなことが重なったから手詰まりになったでは目も当てられなくなる。
なればこそ、今のうちに境界線の先へ踏み込めるようにしておきたい。
「スクレナ、力を貸してくれないか? 黒騎士になって戦いたいんだ」
俺がやると豪語しておいて、こんなことを頼むのも情けないがな。
それでもせめてティアには苦しみを味合わせず、即時に逝ってほしいんだ。
そしてもし自分の考えが正しければ、黒騎士になることによって不必要なためらいも打ち払えるはずだから。
「分かった、ならばここは任せるとしよう。だがお前はまだ魔力のコントロールが拙い故に隠しきることが出来ないのだ。贖人の特性上、黒騎士となった途端に真っ先に飛びかかってくるであろう。苦戦することなどないとは思うが、油断だけはするなよ」
そう言いながらスクレナは霧状の魔力体へと姿を変え、俺の体を覆っていく。
2人が同化するように、纏った闇の魔力が形作っていくのは黒い鎧と大剣だ。
まさにそれと同時に、何かを嗅ぎつけたように贖人の顔が瞬時にこちらへ向けられる。
「アアアアアアア!!」
産卵による疲労の為かずっとその場に留まっていた大型は、スクレナの言った通り勢いよく迫ってきた。
腕を前に突き出しながら、6本の足を忙しなく動かすおぞましい動作で。
『闇の魔力は贖人にとっての一番の好物でもある。奴からしたら今の我らは脇目も振らず食したくなるほどのご馳走に見えているはずだ』
美味そうだなんて言われても全く喜べないけどな。
おそらく小型も卵も破壊されたから、もう一度同じことをする為に体力を回復させたいのだろう。
重い金属音を鳴らしながら俺は背中の大剣を抜くと、水平に構えたまま上半身を捻る。
その体勢から禍々しい赤い光を灯す刃を横に振り、全ての足をまとめて薙ぎ払った。
体勢を崩して地面を滑る贖人へ、間髪入れずにとどめを刺そうと大剣を天に向けて掲げる。
体の中心から真っ二つに割き、それを持って終わらせてやろうと考えていたのだ。
「――やめろぉ!!」
だが唐突に何者かの声が耳に入る。
聞き覚えがあり、加えて目の前の怪物が嘗て少女だった頃に深い縁のあった者の声だ。
それに反応して気を取られたせいで僅かに手元は狂い、傷は頭ではなく右肩から腹部の先にかけて真っ直ぐに走る。
「低級とはいえ自分より遥かに大きな相手ヲ、斬撃によって発生する魔力の余波だけで切り裂くとは。なかなか素晴らしい芸当を見せていただきまシタ」
体のほぼ半分を喪失させ、贖人から一切の自由を奪うことでレクトニオから賛美の声を貰う。
しかしこれは俺の意図していたものではないのだから、素直に受け取ることは出来なかった。
そして俺を制止しようとする怒声が発せられた方に目をやれば、何もかもが変わり果てた故郷に帰還する者の姿が。
その男を先頭にして、多くの騎馬兵や歩兵が急ぎこちらへ駆けてくる。
「先日の報告が誤情報であったから急ぎ引き上げてみれば、これは……これは一体どういうことだ? 何があったというのだ……」
グラドが狼狽するのも無理はない。
そう思って自分の知る限りではあるが、事の成り行きを説明しようとした時だ。
「貴様ぁ!! どうしてティアをこんな目に合わせる! なんの恨みがあってこれほど惨たらしく傷つけるのだ!」
ものすごい剣幕で詰め寄ってくる聖騎士に対して、たじろぐ以前に首をかしげてしまう。
数日前に出会ったばかりの俺でもすぐに分かったんだ。
あれがティアだと気付くのは、兄であるグラドにとって容易なことだろう。
だが贖人となった姿を見ての第一声が少し妙な気がするのだ。
普通ならば何が起きたのかを問うべきではないのか?
「うわあああ! 化け物だぁ!」
「人の身内に向かってその言い草はなんだ! 無礼者共が!」
口から弱々しい声を漏らし、唯一残った左腕で地面を掻きながら這う贖人に対する軍人たちの言葉にグラドを激昴する。
だけどそれが当たり前の反応と言えよう。
やはりこいつの言動には腑に落ちない部分がある。
そんな訝しい思いを抱きながら聖騎士の目の奥を見た時にふと悟った。
グラドはこの現実から逃げてしまっているのだと。
訳の分からないうちに最愛の妹が異形のものになっていた。
その事実をありのままに受け入れようとすれば、軽く容量を超えて精神は内側から簡単に爆ぜるだろう。
だからこそ、敢えて「目の前にいるのはティアである」という情報以外を無意識に遮断してしまっているのではないか。
掻い摘んで言えば、今のグラドは正常とは言えないのかもしれない。
「グラド、そいつはティアが変異した贖人という怪物だ。残念ながらもう二度と元には戻れないし、放置すれば人の脅威となる。ならばこのまま生き永らえさせるのは酷なことだと思わないか?」
「戯言を! 姿は違えど、俺にとってはティアであることに違いはない! それはこの子を守っていくという誓いと同じなのだ!」
この時点で俺は心に抱いていた。
何を言っても一切聞く耳を持たないグラドへの諦め。
そこから沸き立つ苛立ち。
やがてそれらを通り越すと、少しずつある状態へと変わっていく。
「これ以上いくら議論したところで延々と平行線を辿るだけだ。だから俺は俺のすべきことをする。お前の意思など関係なく」
「強硬手段に出るというわけか。いいだろう。魔人を一撃で葬る実力、どれほど俺の盾が強固であるかを計るにはちょうどいい」
剣を片手にして盾を体の前に構えるグラドに応えるように、俺は自分の得物を握り直す。
以前の口ぶりからすると聖騎士は随分と防御術に自信ありのようだが、黒騎士はこれまで敵意を向けたものを全て破壊し尽くしてきた。
今回だって例外ではないだろう。
――と、自分の手に目を落とせば、いつの間にか大剣はただの長剣になっていた。
同じく体に纏っていた黒い鎧も、軽鎧へと。
「どうやら時間切れのようだな」
背後からの声に振り返ると、腕を組んで佇むスクレナがそこにいた。
その言葉通り、すっかり黒騎士からいつもの剣士へと戻っている。
「どうした! 貴様の魔力が急激に下がったのを感じたぞ! なぜわざわざ力を隠すようなことをする!」
問い正され、迫られたところで最早どうしようもない。
一度解けてしまえば、しばらくはあの姿になることは出来ないのだし。
「殻にこもるしか能がない奴に全力を出すのも馬鹿馬鹿しいだろ。お前を相手にするくらいこれで十分だと踏んだのさ」
完全にただのハッタリだ。
おそらくだが、今の俺だけの実力では安物の剣で石壁を叩くようなもの。
それでも悟られないことが先決だった。
長いとは言い難い時間制限こそが、黒騎士の唯一の弱点であることを。
「舐めるなよ。本来の光の加護も然ることながら、俺には妹を守るという大義が相乗されているのだ。絶対にここから先へは行かせんぞ!」
スクレナに任せるのもいいが、大ぼらを押し通すなら俺がやる方がいいだろう。
そしてそれに適した方法があることを、たった今ふと思い出した。
好きではないというか、感覚が気持ち悪くて全く使っていなかった為に忘れかけていたが――
黒騎士の力に及ばないが、久々に「あれ」を使うしかないみたいだ。
未練がましいと言われればそれまでだが、確認せずにはいられなかった。
「レクトニオ、もしかしてお前の体には贖人を元に戻せるような機能があったりしないか?」
だがほんの少しの希望に縋ることすら許さないとばかりに、本人は黙って首を横に振る。
「自分は歴史上最も栄えた文明の英知と技術を結集して生み出されまシタ。しかしあくまで人間の手によって作られた物にすぎまセン。それ故にあなた方と違って出来ることにはハッキリとした限界があるのデス」
万能ではあれど全能ではないということか。
否定されるのを前提にした問いだから、酷く落胆するということもなかったが。
「本当によいのか? 単体であるなら周りを巻き込まずに済むから我に任せてもらっても構わぬが」
再度スクレナが申し出るが、俺はそれを断った。
これは俺自身が克服しなければいけないことだから。
今回のように、いくらかでも関係を築いた者と敵対する。
この先そんな状況とは何度も遭遇するかもしれない。
その度に「出来ません」と言って、誰かに任せっぱなしでいいはずがない。
そもそも1人で戦わなければいけない場合もあるんだ。
そんなことが重なったから手詰まりになったでは目も当てられなくなる。
なればこそ、今のうちに境界線の先へ踏み込めるようにしておきたい。
「スクレナ、力を貸してくれないか? 黒騎士になって戦いたいんだ」
俺がやると豪語しておいて、こんなことを頼むのも情けないがな。
それでもせめてティアには苦しみを味合わせず、即時に逝ってほしいんだ。
そしてもし自分の考えが正しければ、黒騎士になることによって不必要なためらいも打ち払えるはずだから。
「分かった、ならばここは任せるとしよう。だがお前はまだ魔力のコントロールが拙い故に隠しきることが出来ないのだ。贖人の特性上、黒騎士となった途端に真っ先に飛びかかってくるであろう。苦戦することなどないとは思うが、油断だけはするなよ」
そう言いながらスクレナは霧状の魔力体へと姿を変え、俺の体を覆っていく。
2人が同化するように、纏った闇の魔力が形作っていくのは黒い鎧と大剣だ。
まさにそれと同時に、何かを嗅ぎつけたように贖人の顔が瞬時にこちらへ向けられる。
「アアアアアアア!!」
産卵による疲労の為かずっとその場に留まっていた大型は、スクレナの言った通り勢いよく迫ってきた。
腕を前に突き出しながら、6本の足を忙しなく動かすおぞましい動作で。
『闇の魔力は贖人にとっての一番の好物でもある。奴からしたら今の我らは脇目も振らず食したくなるほどのご馳走に見えているはずだ』
美味そうだなんて言われても全く喜べないけどな。
おそらく小型も卵も破壊されたから、もう一度同じことをする為に体力を回復させたいのだろう。
重い金属音を鳴らしながら俺は背中の大剣を抜くと、水平に構えたまま上半身を捻る。
その体勢から禍々しい赤い光を灯す刃を横に振り、全ての足をまとめて薙ぎ払った。
体勢を崩して地面を滑る贖人へ、間髪入れずにとどめを刺そうと大剣を天に向けて掲げる。
体の中心から真っ二つに割き、それを持って終わらせてやろうと考えていたのだ。
「――やめろぉ!!」
だが唐突に何者かの声が耳に入る。
聞き覚えがあり、加えて目の前の怪物が嘗て少女だった頃に深い縁のあった者の声だ。
それに反応して気を取られたせいで僅かに手元は狂い、傷は頭ではなく右肩から腹部の先にかけて真っ直ぐに走る。
「低級とはいえ自分より遥かに大きな相手ヲ、斬撃によって発生する魔力の余波だけで切り裂くとは。なかなか素晴らしい芸当を見せていただきまシタ」
体のほぼ半分を喪失させ、贖人から一切の自由を奪うことでレクトニオから賛美の声を貰う。
しかしこれは俺の意図していたものではないのだから、素直に受け取ることは出来なかった。
そして俺を制止しようとする怒声が発せられた方に目をやれば、何もかもが変わり果てた故郷に帰還する者の姿が。
その男を先頭にして、多くの騎馬兵や歩兵が急ぎこちらへ駆けてくる。
「先日の報告が誤情報であったから急ぎ引き上げてみれば、これは……これは一体どういうことだ? 何があったというのだ……」
グラドが狼狽するのも無理はない。
そう思って自分の知る限りではあるが、事の成り行きを説明しようとした時だ。
「貴様ぁ!! どうしてティアをこんな目に合わせる! なんの恨みがあってこれほど惨たらしく傷つけるのだ!」
ものすごい剣幕で詰め寄ってくる聖騎士に対して、たじろぐ以前に首をかしげてしまう。
数日前に出会ったばかりの俺でもすぐに分かったんだ。
あれがティアだと気付くのは、兄であるグラドにとって容易なことだろう。
だが贖人となった姿を見ての第一声が少し妙な気がするのだ。
普通ならば何が起きたのかを問うべきではないのか?
「うわあああ! 化け物だぁ!」
「人の身内に向かってその言い草はなんだ! 無礼者共が!」
口から弱々しい声を漏らし、唯一残った左腕で地面を掻きながら這う贖人に対する軍人たちの言葉にグラドを激昴する。
だけどそれが当たり前の反応と言えよう。
やはりこいつの言動には腑に落ちない部分がある。
そんな訝しい思いを抱きながら聖騎士の目の奥を見た時にふと悟った。
グラドはこの現実から逃げてしまっているのだと。
訳の分からないうちに最愛の妹が異形のものになっていた。
その事実をありのままに受け入れようとすれば、軽く容量を超えて精神は内側から簡単に爆ぜるだろう。
だからこそ、敢えて「目の前にいるのはティアである」という情報以外を無意識に遮断してしまっているのではないか。
掻い摘んで言えば、今のグラドは正常とは言えないのかもしれない。
「グラド、そいつはティアが変異した贖人という怪物だ。残念ながらもう二度と元には戻れないし、放置すれば人の脅威となる。ならばこのまま生き永らえさせるのは酷なことだと思わないか?」
「戯言を! 姿は違えど、俺にとってはティアであることに違いはない! それはこの子を守っていくという誓いと同じなのだ!」
この時点で俺は心に抱いていた。
何を言っても一切聞く耳を持たないグラドへの諦め。
そこから沸き立つ苛立ち。
やがてそれらを通り越すと、少しずつある状態へと変わっていく。
「これ以上いくら議論したところで延々と平行線を辿るだけだ。だから俺は俺のすべきことをする。お前の意思など関係なく」
「強硬手段に出るというわけか。いいだろう。魔人を一撃で葬る実力、どれほど俺の盾が強固であるかを計るにはちょうどいい」
剣を片手にして盾を体の前に構えるグラドに応えるように、俺は自分の得物を握り直す。
以前の口ぶりからすると聖騎士は随分と防御術に自信ありのようだが、黒騎士はこれまで敵意を向けたものを全て破壊し尽くしてきた。
今回だって例外ではないだろう。
――と、自分の手に目を落とせば、いつの間にか大剣はただの長剣になっていた。
同じく体に纏っていた黒い鎧も、軽鎧へと。
「どうやら時間切れのようだな」
背後からの声に振り返ると、腕を組んで佇むスクレナがそこにいた。
その言葉通り、すっかり黒騎士からいつもの剣士へと戻っている。
「どうした! 貴様の魔力が急激に下がったのを感じたぞ! なぜわざわざ力を隠すようなことをする!」
問い正され、迫られたところで最早どうしようもない。
一度解けてしまえば、しばらくはあの姿になることは出来ないのだし。
「殻にこもるしか能がない奴に全力を出すのも馬鹿馬鹿しいだろ。お前を相手にするくらいこれで十分だと踏んだのさ」
完全にただのハッタリだ。
おそらくだが、今の俺だけの実力では安物の剣で石壁を叩くようなもの。
それでも悟られないことが先決だった。
長いとは言い難い時間制限こそが、黒騎士の唯一の弱点であることを。
「舐めるなよ。本来の光の加護も然ることながら、俺には妹を守るという大義が相乗されているのだ。絶対にここから先へは行かせんぞ!」
スクレナに任せるのもいいが、大ぼらを押し通すなら俺がやる方がいいだろう。
そしてそれに適した方法があることを、たった今ふと思い出した。
好きではないというか、感覚が気持ち悪くて全く使っていなかった為に忘れかけていたが――
黒騎士の力に及ばないが、久々に「あれ」を使うしかないみたいだ。
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