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第34話 心闇教

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 トトに同乗させてもらい、フェデスの近海までは1日半で到着した。
 その後は沖から中型の海獣に乗り換え、俺たちはレジオラ付近に上陸し、街に入って今日で3日が経過する。
 マリメアは海中で待機しているが、何かあれば砲撃で援護するとか物騒な発言も。

 二輪の風のメンバーたちには、パーティーの件は破棄させてもらうことにした。
 だがこちらが切り出すとビアンキはあっさりと承諾をする。
 本人の言葉そのままだと、「なんか思ってた以上に規格が違いすぎた」とか言っていた。
 先のことを予測しての判断なのか、単なる直感なのか。
 どちらにせよ、深入りしなかったのは懸命だと言えよう。
 しかし思い返せば初めて会った時に書いた書類って結局どうなったんだっけ?

 答えの出ないことをいくら考えていても仕方がない。
 気持ちを切り替えて、今日の活動をすべく宿屋の扉に手をかけた。

「いってらっしゃい、エルトさん。それに……スクレナさん」

 カウンターにいた主人が声をかけるが、少しぎこちなく名前を呼んだ。
 今回の目的の為、ここではスクレナに本名を名乗らせている。
 さすがに主人も闇の女王本人だとは微塵も思っていないようだ。
 だけど銀髪に真紅の目を持っている上にその名前では、さぞ人生が難儀だろうと。
 そんな戸惑いが見て取れる。

 俺たちが行っている活動は、帝国から邪教と排されている教団と接触すること。
心闇教しんおんきょう』と言われる教団とだ。

 だからここに来てからは、ずっと聞き込みをしている。
 それでも街の人たちからは有力な情報を得られなかったが。
 本当に知らないのか、それとも語りたくないのか。
 しかしこちらから赴くのが難しいというのなら炙り出せばいい。
 宿屋での小細工はその布石であり、そしてどうやら今しがた実を結んだのを確信する。

 全く人気がない路地裏に入った途端のことだった。
 物陰からこちらに向かって一斉に飛びかかる人影が3つ。
 いずれもローブを羽織って、フードを被っている為に正体は不明。

 だが襲撃者たちは空中で突然動きを止める。
 スクレナが魔力で作り出した巨大な黒い手で、容易に各々の頭を掴んで拘束したからだ。

 奇襲のつもりだったんだろうが、こちらは誘い込んでいたので当然と言えよう。
 尤も待ち望んでいた来客なのだから、向こうの出方次第では丁重にもてなしてもよかったんだが。

「痴れ者が。このまま頭を握り潰され終焉を迎えるか、永遠に闇の中を彷徨いながら生き長らえるか、好きな方を選択しろ」

 抵抗する意思がないことを示しているのか。
 襲撃者は手にしていたダガーを離し、両手を広げてこちらに見せる。
 それを汲んでスクレナが解放すると、地面に倒れ込んだ3人はすぐさま体勢を立て直した。
 膝をつき、頭を下げるという服従の姿に。

「お噂を耳にしてもしやと思いましたが、今ので確信に変わりました」

「我々は長年に渡り、貴女様のことを待ち望んでいた者たちです」

 俺もマリメアに初めて聞いた時には耳を疑った。
 なんでも心闇教というのは、闇の国の女王を崇拝している教団というではないか。

 だからこそさっきの話に繋がるんだ。
 容姿の特徴が酷似したスクレナと名乗る女がこの街にいる。
 大抵の人は宿屋の主人のような反応を見せるだろうが、こいつらは違う。
 女王と何かしらの関係があるのなら、教徒としてはこの上ない僥倖だ。
 逆にただの悪戯であるならば、不埒者として抹消の対象としなければならない。
 どちらにせよ、自らその人物と接触をしなければならないわけだ。

「挨拶が遅くなりました。私は心闇教の侍者、シェーラです。改めまして今しがたの非礼、深くお詫び申し上げます」

 フードを脱いで名乗ったのは、両脇に信徒を従える女性であった。
 俺と同じ色の髪を、後ろで1つに束ねている。

「俺はエルトだ。スクレナ……さ、様……の従者をしている」

 苦虫を噛み潰したような顔で俺が口にする呼び方を、隣で満足そうに頷いている誰かさんが癪に障るのだが。

「我らは貴様ら……というよりは心闇教の拠点に用事があるのだ。そこにレクトニオという闇人族がおるのであろう? すぐに案内せよ」

 その問いに後列の信徒たちは互いに目配せをして、シェーラは俯いて口を噤んでいる。
 だが迷いを打ち消すように首を縦に振ると、顔を上げて承諾の意を示した。

「承知致しました。貴女様のご来訪は全ての信徒たちの宿願です。是非とも皆に希望をお与え下さい」

 崇め奉る存在が目の前に現れたんだ。
 シェーラの言うことが尤もなんだろうけど。
 あの反応としばらくの間は何を意味するんだろうか。
 何か不都合なことがあると……そんな感じに見受けられた気もしたが。



 ◇



 本来は教団の本拠地とは、創始者にとって重要な意味合いを持つ場所であることが主である。
 しかしこの心闇教は人目につかないことを最優先にしてるようだ。
 その為いくつかある聖地を、一定期間ごとに転々としているらしい。
 過去に大規模な帝国軍の弾圧を受けたことが理由だとか。
 そして現在ちょうど信徒たちが滞在している地にこそ、レクトニオなる者がいるようだ。

「アシュヤ文明の遺跡か。なるほど、奴にとって思い入れのある場所を選んだというわけか」

 勝手に納得しているスクレナの背に続いて、遺跡の中へと足を踏み入れる。
 土砂崩れで山肌が滑って露わになったのだろうか、建造物自体が半分くらい埋もれていた。
 その為に横穴のような出入口も、大人が1人ずつしか通れないくらいに崩壊している。
 知ってる者に案内されなければ、とても中に人がいるとは予想も出来ないほどだ。

「ベイジル司祭様! お喜びください。待望の御方をお連れしました。我ら信徒の祈りがついに届いたのです!」

「おお! シェーラよ。本当にこの御方が……」

「はい! 強力な闇の魔力を自在に操る様は神典に記されている通りでした」

 シェーラの報告を聞いた初老の男性は、目に涙を滲ませながら体を震わせる。

「では貴方様が……闇の国の……!」

 感極まる司祭の叫びに、周りの教徒たちの視線が一斉に集まった。
 すると彼らもまたスクレナの姿を見るなり歓喜の声を上げる。

「スクレナ様……! なんということだ……この御方こそまさしく――」

 しかしこいつら、どうしてこうもすんなり信じられるんだ?
 いくら容姿が文献と合致するとはいえだ。
 数千年前の人物が目の前に突然ぱっと現れるなど受け入れ難いことだと思うが。

「我がどこかで必ず生きているとずっと信じておったのだろう。こやつらの信仰がそれだけ熱心であるということだ」

「――スクレナ様の生まれ変わりだ!」

 既に死んでました。

「ち、違う! さっきのは……あれだ……皆の心の中で生きている的な……」

 なんで1人で焦ってんだよ。
 別に何も言ってないじゃないか。
 まぁ、よかったな。熱心な信者たちで。

 俺にはスクレナに励ましの言葉をかけてやることしか出来なかった。
 うっかり吹き出さないように顔を背けながら。

「とにかく! 早急にレクトニオのところへ案内せぬか! 我は貴様らに用があって来たわけではないのだ!」

 この理不尽なキレ方。きっと恥ずかしさを誤魔化す為のものだろう。
 だが俺は先程シェーラが口を濁した理由をここで知ることとなる。

「それが……レクトニオ様はここにはおりません。その勇姿を写した像が祀られているだけで」

 どういうことだ?
 まさかスクレナをここへ連れて来たいが為の嘘だったというのか。

 ――と、どうやら予想が的中したとシェーラの表情が物語っている。
 確かに周囲の人たちの活気溢れる空気を感じれば、並々ならぬ思いなんだろうけど。
 信仰の対象を騙すなど罰当たりすぎやしないか。

「よい。その像を見せてみろ」

 だが寧ろスクレナは、ついさっきまでよりも冷静だった。
 てっきり「我を謀ったのか!」と言って部屋ごと破壊するかと思いきや。

「デリザイトがそんな適当な情報を送ってくるわけはない。この目で確かめなければ我は納得できんのだ」

 信頼というわけだな。
 それにその像を確認してみれば何かヒントが掴める可能性もある。
 ひと目見ておいても損はないんだ。
 何もせずに帰るよりはマシというものか。



 ◇



 シェーラに再度案内されてやってきたのは、一際広い大広間のような部屋。
 礼拝堂として使われているのか、中央深部には祭壇が設置されている。
 そのさらに奥の壁際には、確かに像が存在していた。
 近くで見てみれば高さはおよそ3メートル。
 通常時のデリザイトと同じくらいか。
 見た目はプレートアーマーを装備した人間のようである。
 ただ頭部には鼻や口はなく、目のようなものが中心に1つだけ。
 背中には3本の太い筒を連ねて作られた羽のようなものが、左右に2つずつ付いている。
 感触からすると全体は金属のようだ。
 それにしても人を象ったにしては、なんと奇妙な形をしていることか。

「おお、思った通りだ。やはりここにおったのだな」

 だがスクレナは感極まった様子で像の脚部を優しく撫でる。
 まるで長い時を越えて仲間と巡り会えたような感じに。

「像などではない。この者がまさしくレクトニオ本人なのだ」

 これが俺たちの探し人らしいが、普通ではないのは一目瞭然だ。
 そもそもこいつと旧知の仲というだけでそうなのだろうけど。

 ただ1つ気になるのはこのレクトニオ。
 動く気配が全くというほど見られないのだが……

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