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第4話 拒絶

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 セリアが連れていかれてからすぐに俺は約束を果たす為、おじさんたちの手伝いをする以外の時間に限界まで仕事を入れた。

 帝都までの旅費、向こうに着いてからのしばらく分の生活費。
 それにこの時世、何か予想外のことが起こるのは必然と考える方が常識的だ。
 それを踏まえればギリギリでは心許ない。
 ある程度手持ちには余裕を持っておかねばならないだろう。

 街から街へ移動しながらとも思ったが、それはかなり博打的だと結論づけて選択肢からは除外した。
 何せ俺には売りにできることがない。
 冒険者になって魔物を討伐するにしても戦闘は不得手だし、職人として働くにも技術がない。
 ありつける仕事といえば採集か伐採、採掘だろうが、それなら慣れた土地でやった方が効率がいい。
 結果として今の考えに至ったのだ。

 十分に節約はするが、ここでの生活費を差っ引いて余った額を貯めていくとなると……予定では最短で半年とちょっとくらいか。

 おじさんたちは構わずに自分のやりたいことに集中しろと言ってはくれたが、娘がいなくなって2人も大変な思いをしているんだ。
 俺だって家族も同然なんだから、みんなで支え合っていきたいと思っている。

 早朝は日が昇る直前に起きて薬草採集、午前中は手伝いをして、午後は近くの鉱山の採掘作業だったり市場の積荷運びだったり様々だ。
 日が落ちれば家の中で内職をしてから夜中に就寝して、また早朝に起きるという生活を毎日続けていた。

 かなり体がキツイということは否定できないが、それでも俺を突き動かしたのはセリアからの手紙だった。
 心身共に挫けそうになっても、これを読む度にセリアへの想いがさらに募っていく。

 初めて帝都に送ってみて、それから返事が返ってきたのは2週間以上も後だった。
 この村は国の外れの方にあるから、中央の帝都まで直行しても1週間は必要だ。
 その間にも検閲やら何やらがあると思えばこれくらいはかかるのだろう。

 だから手紙はお互い一度に何通も出した。
 それだけ期間が開くと、毎度1通だけでは書きたいことが収まらなくなってしまうから。

 俺は自分の近況や村のことを手紙に記した。
 多分ほとんどがいつもと変わらぬセリアの知ることだろう。
 けど、だからこそ一番喜んでくれると思ったんだ。

 一方セリアから送られてくる手紙の内容は初めて知ることばかりだった。
 帝都の街並み、人々の暮らし、見たこともない技術、若干の文化の違いだったりと。
 しばらくは毎日が驚きの連続だったみたいだ。

 そして聖女のことについても書かれていた。
 聖女とは聖騎士、聖魔道士と共に剣聖と呼ばれる者の補佐を務める役割であること。
 それと同時に皆と共に帝国民の希望の象徴でなければならないこと。
 それ故に帝都に来てからというもの、来る日も来る日も知識や作法を身につける為の厳しい指導を受けているとのことだ。
 聖女というだけあってもともと才能はあったらしく、少しずつ魔術が使えるようにもなっているというのには驚いた。

 ここまで読む限りでは不憫な生活に心を痛めていたが、どうやら辛いことばかりではないみたいだった。
 友人になったという2つ歳上の剣聖についても書かれていたが、その存在には随分と救われているようだ。

『最初の印象は傲慢な男性のように感じて苦手意識を持っていたけど、話してみたら気さくで優しい人でした。それに剣聖様は養子に入って今は貴族になったけど、生まれは平民だったみたいで私の気持ちもすごく分かると言ってくれました。そんな苦労を知っているからこそなのか、一緒に指導を受けている時はいつも最後まで付き合ってくれるし、お休みの日には護衛付きではあるけど、いろいろな場所へ連れて行ってくれます』

 俺はホッと胸を撫で下ろした。
 全く知らない土地でセリアが1人ぼっちではないと分かったから。
 息詰まるような日々の中でちゃんと楽しめることがあると知れたから。
 その剣聖様なる人には心から感謝だ。

 俺たちの手紙の内容はそれぞれが対照的なものではあったけど、最後の一文だけは必ず共通していた。

 「早く会いたい。愛してる」と。



 しかし手紙のやり取りも半年ほど続き、そろそろ旅の計画を具体的なものにしようと思っていた頃に、突如ピタリと返事が来なくなった。
『指導も合格点をもらえ、近々ようやく本格的に聖女としての責務に従事することが出来る』という手紙が送られてきた直後のことだ。

 配達の途中で何か不備があったのか、それとも検閲に引っかかるようなことを書いてしまったのか。
 理由は分からないが、その後もずっと送り続けてみた。

 配達業者の馬車が村まで来る度に一番に駆けつけ、自分宛の手紙はないか聞いても首を横に振られるばかり。
 そんな状況になってから既に2ヶ月も経っていた。


 さすがにここまでくると配達時の問題ではないだろう。
 だとすればセリアの身に何かあったのかもしれない。
 俺の心がそんな不安に支配され始めながらも仕事を終えて村へと帰ってくると、ちょうど馬車が村に到着したところだった。
 今回こそはと、気付けば業者のおじさんの元へ体が引っ張られていくように無意識に足が出ていた。

「俺の手紙は!? ある?」

「あぁ、確か一通あったな」

 お礼を言って受け取ると、その場で差出人の名前を確認する。

 セリアからだ!
 1通だけといつもより少ないが別に構わない。
 こうして再び返事を送ってくれるだけでも十分だった。
 それにセリアが無事だと分かったことが何よりも嬉しかった。
 きっとここ最近は手紙も書けないくらい忙しかったんだろう。

 逸る気持ちを抑えられずに全速力で帰宅すると、玄関先で便箋を開けて中の手紙を読み始めた。
 しかし記されていた内容が全く予想外のもので、俺は何度も繰り返し目を通した。

 『もう帝都に来る必要はない』『これ以上手紙は書かなくていい』そして……

 ――『婚約の話はなかったことにしてほしい』

 思わず膝をつきそうになるほどの文章を信じられずにいた。
 理由は聖女としての責務に全うしたいからとのことだ。

 誰かの手紙と間違えて受け取ったのではと思ったが、宛名も差出人も合っている。
 そもそも聖女とか書いてある時点であり得ない。
 では何者かが俺を貶めるために書いたのではとも。
 だがこれは紛うことなきセリアの字だ。
 幼い頃に村長から一緒に読み書きを教わったから忘れるわけもない。
 どんどん文字を覚えていくのが楽しくて、家が隣同士なのによく手紙の出し合いをしていたから見間違うわけはない。

 つまりはセリア自らが書いたもの。
 セリア自身の意思ということだ。

 聖女にとって婚約者がいるということが不都合なんだろうか?
 だからお互いに諦めようと。
 いっそのことセリアのことは忘れろと。
 それで帝都に来ることも手紙を書くことも拒んだのかもしれない。


 ……いや、もし結婚が無理というのならそれでも構わない。
 例え神のもとに契りを結べなくても、顔を見るだけで、言葉を交わすだけで、それだけでも十分なんだ。
 この村にいた頃のようにいつでも自由にでなくてもだ。

 それを伝えよう。
 手紙でではない。直接自分の言葉でだ。
 きっとセリアだって喜んでくれるはず。
 それに「そうか、仕方がない」なんて簡単に割り切れるようなことでもないんだ。

 準備はとっくに出来ている。
 俺はすぐにでも帝都に向かうことを決心した。
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