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第2話 不穏な足音
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夜にはセリアの誕生日、そして成人を祝う宴が開かれた。
以前から招待を受けていたし、村の人たちは改めて俺と一緒にお祝いの席を設けてくれるとのことだから、今日は身内だけ。
2人のことを切り出すには絶好の機会ということだ。
最初は締めくくりに告げようと思ったけど、それだとおじさんが完全に酔っている状態になっているだろう。
明日の朝になって「聞いてないぞ!」ということになっても困るから、宴もたけなわになった頃にしようという手筈になった。
何気ない日常の話や懐かしい昔話で盛り上がる中、不意に隣に座っていたセリアが肘で小突いて合図を出してくる。
確かにおじさんの様子が少し怪しくなってきたし、これ以上は引き伸ばせないか。
ひとつ咳払いをしてからセリアと顔を見合わせて頷くと、覚悟を決めて話を切り出した。
「あのさ、2人に大事な話があるんだけど……」
今度はおじさんとおばさんが突然何事かと互いに目配せをする。
だけど俺たちの真剣な面持ちにただならぬ気配を感じたのか、どちらも食事をする手を止めて姿勢を正した。
「おじさん、おばさん……どうか、俺とセリアの結婚を許してください!」
こういう時の礼節というものを教わっていないから不躾な言葉だったかもしれない。
とにかく勢いよく頭を下げると、セリアが一呼吸遅れてそれに倣う。
ひたすら床を見つめつつ誰かが口を開くのを待った。
それにしても随分と長いな。
いい加減に首と腰が辛くなってきたんだけど。
そこで俺は恐る恐る顔を上げて様子を伺ってみると、2人とも口を開けて唖然としていた。
そうか、思えば俺とセリアが恋仲になっていたことも言ってなかったのか。
まずは段階を踏んで話すべきだった。
気持ちがはやっていたとはいえ今頃になってこんな失敗に気付くなんて。
やがておじさんは頭を数度振ると、ふと我に返ったように口を開いた。
「いや、驚いたな。ずっと仲がいいのは分かっていたが、いつの間にそういう関係になってたんだ?」
いつの間にと聞かれても……
自然にそうなったのだから答えに困ってしまう。
それよりも今はもっと肝心なことがあるだろう。
おじさんたちの許しを得ることが出来たのか。返答は如何に?
「そうか……セリアもいつかは誰かのもとに嫁いでいくのかと覚悟はしていたが、まさか成人したその日にとは思ってもみなかったな」
な、泣いてる!?
寂しい気持ちは分かるけど、そんなに悲しまれるのはさすがに傷つくな。
「バカ言うな、逆に嬉しいんだよ。どこの馬の骨かも分からない男に違う街へ連れて行かれずに済むんだからな。それにエルトなら既に息子同然なんだ。寧ろこうなることを最も望んでたんだよ」
「となると、教会に行って契りを交わさないとね。えっと……ここから一番近いのはどこだったかね?」
顔の前でパンッと一度手を叩いて嬉しそうにする姿を見る限り、おばさんにも受け入れてもらえたようだ。
俺もセリアも安堵して再び笑顔で見つめ合うと、テーブルの下では指を絡めてお互いの手をギュッと握っていた。
「なんだかめでたいことが一気に起こったな。エルト! 今日はこのままうちに泊まっていけ! 俺も早く孫の顔が見たいからな!」
外に筒抜けなんじゃないかと思うくらいの大声でそんなことを言って笑うおじさん。
さすがにセリアは顔を真っ赤にして、テーブルを叩きながら「バカ!!」とこれまた負けないくらいの声で叫んでいた。
これからはずっとこんな賑やかで温かい毎日を送ることが出来るんだ。
自分にはもうこれ以上のものは何もいらない。
そう思えるくらいの幸せを俺は噛み締めていた。
◇
次の日の朝、開いた窓から吹き込んでくる心地よい風によって目を覚ました。
いや、太陽の高さを見てみればもう昼近くになっているかも。
「ようやくお目覚め? 朝から何度も起こしに来てたんだからね」
ドアから入ってきたのは頭をカーチフで覆った、エプロン姿のセリアだった。
今日は髪を後ろで1つに束ねている。
やはり顔立ちがいいとどんな服装や髪型でもよく似合うものだ。
「そうは言っても、あれだけ父さんに付き合わされたら無理もないか」
苦笑するセリアの顔を見たら朧気ながら昨夜のことを思い出してきた。
あの後はおじさんの絡み酒のせいで立つこともままならないほど酔っ払ってしまったんだっけ。
本当に泊まっていけって言われたけど、「すぐ隣だから」ってセリアに肩を借りて玄関を出たところで記憶が途切れている。
まぁ、今の様子を見る限りでは勢いで変なことをしてはいないようだな。
「ご飯は食べられる? すぐに用意するからとりあえず着替え……きゃっ!?」
俺は傍に来たセリアの腕を掴んで引き寄せると、ベッドに倒れ込む彼女を思いっきり抱きしめた。
「もう! 危ないじゃない。どうしたのよ、突然」
「ごめん、昨日のことが夢じゃないか確かめたくって」
それを聞いてセリアは頭を優しく撫でながら悪戯っぽく笑った。
「んー……なんのことかなぁ?」
不満げな顔をする俺に対して舌を出しておどけるセリア。
その仕草もたまらなく可愛くて思わず胸に顔を埋める。
洗濯か、草むしりか、さっきまで外で仕事をしていたようで衣服からは日差しの香りがした。
微かに聞こえてくるセリアの心地いい心音も相まって、眠気が誘発されてつい意識を手放しそうになるが、外の喧騒によって阻止されてしまった。
「あら? 何かあったのかしら? やけに外が騒がしいわね」
「どうせアーロイさんが肥溜めにでも落ちたんだろ。気にすることないよ」
「それって結構大変じゃない? 私見てくるね」
セリアは体を離すとベッドから起き上がり、足早に部屋から出て行ってしまった。
せっかくいいムードだったのに。
この恨みはしばらく忘れないぞ。アーロイさん。
◇
着替えを終えてから外に出てみると、村中の人間が集まっているのではというくらいの人集りが出来ていた。
だけどその原因は肥溜めもアーロイさんも全く関係がないようだ。
あとで本人にはそれとなく謝っておこう。
それはともかく騒ぎの中心といえば、想像していたよりもずっと大変なことだった。
装甲が取り付けられた数台の馬車に、馬に跨った者やそうでない者など様々だが、それだけ多くの軍人たちがひしめき合っていた。
ガルシオン帝国軍だ。
こんな何もない辺境の村に一体なんの用があるのだろう?
まさか唐突に補給物資を差し出せなんて言うつもりなのか?
だが俺の考えは全くの的外れであるようで、下級の兵士と思われる奴らが土台を設置すると、その上に何かを置いた。
あれは……杯?
さらにその中へどことなく神秘的な雰囲気を醸し出す瓶に入れられた水を注いでいく。
これから何を始めようというのか。
皆目見当がつかずにいると一際豪華な甲冑と頭全体を覆う兜に身を包んだ、この隊の指揮官らしき軍人が妙なことを語り出した。
「我々は現在『聖女』を探し求めて各地を回っている! よってこれより開始する選定の儀には全ての女性が参加するように!」
それを聞いて村の人たちは一斉にざわついた。
近くの者同士で首を傾げたり、訝しげな顔をしたり。
「軍人さんは戦のやりすぎでついにイカれちまったか?」なんて影で笑う者も。
まぁ、いきなりやって来て真面目な顔で聖女がどうのなんて言われたら当たり前の反応だ。
しかも軍人の言葉をそのまま借りるなら、聖杯に注いだ聖水の中に女性が手を入れて、光輝けば聖女として認められるとか。
なんとも胡散臭い話だ。
俺はどうせ眉唾だと全く信じてはいなかった。
「これで全員が終わったか。やはりこんな辺鄙な村になど居りはせんか」
「ん? そこの女! 貴様まだであろう。早くこちらに来て選定を受けぬか」
だからセリアの番が回ってきても別段気にも留めていなかった。
午前中の仕事をサボってしまった分、午後はきちんとおじさんの手伝いをしなくちゃ。
そんなことを考えながら晴れ渡った空を見上げていたくらいに。
しかし周囲が騒然となったことで俺は瞬時にセリアへ視線を戻した。
すると自分の目には信じられない光景が映った。
困惑しながら辺りを見回すセリアの手元が光っていたんだ。
正確には聖杯の中の水面が輝いているという感じだった。
この現象はさっき俺が心の中で復唱したものと同様であるのに、いくら時間が経過しようと一向に受け入れることが出来なかった。
絶対に何かの間違いだと。
だってこれではセリアが聖女ということになってしまうじゃないか。
こんな簡単な選定で、こんな僅かな時間で、全く関係のない奴らの都合で、俺たちの運命は残酷なほどに狂わされようとしていた。
以前から招待を受けていたし、村の人たちは改めて俺と一緒にお祝いの席を設けてくれるとのことだから、今日は身内だけ。
2人のことを切り出すには絶好の機会ということだ。
最初は締めくくりに告げようと思ったけど、それだとおじさんが完全に酔っている状態になっているだろう。
明日の朝になって「聞いてないぞ!」ということになっても困るから、宴もたけなわになった頃にしようという手筈になった。
何気ない日常の話や懐かしい昔話で盛り上がる中、不意に隣に座っていたセリアが肘で小突いて合図を出してくる。
確かにおじさんの様子が少し怪しくなってきたし、これ以上は引き伸ばせないか。
ひとつ咳払いをしてからセリアと顔を見合わせて頷くと、覚悟を決めて話を切り出した。
「あのさ、2人に大事な話があるんだけど……」
今度はおじさんとおばさんが突然何事かと互いに目配せをする。
だけど俺たちの真剣な面持ちにただならぬ気配を感じたのか、どちらも食事をする手を止めて姿勢を正した。
「おじさん、おばさん……どうか、俺とセリアの結婚を許してください!」
こういう時の礼節というものを教わっていないから不躾な言葉だったかもしれない。
とにかく勢いよく頭を下げると、セリアが一呼吸遅れてそれに倣う。
ひたすら床を見つめつつ誰かが口を開くのを待った。
それにしても随分と長いな。
いい加減に首と腰が辛くなってきたんだけど。
そこで俺は恐る恐る顔を上げて様子を伺ってみると、2人とも口を開けて唖然としていた。
そうか、思えば俺とセリアが恋仲になっていたことも言ってなかったのか。
まずは段階を踏んで話すべきだった。
気持ちがはやっていたとはいえ今頃になってこんな失敗に気付くなんて。
やがておじさんは頭を数度振ると、ふと我に返ったように口を開いた。
「いや、驚いたな。ずっと仲がいいのは分かっていたが、いつの間にそういう関係になってたんだ?」
いつの間にと聞かれても……
自然にそうなったのだから答えに困ってしまう。
それよりも今はもっと肝心なことがあるだろう。
おじさんたちの許しを得ることが出来たのか。返答は如何に?
「そうか……セリアもいつかは誰かのもとに嫁いでいくのかと覚悟はしていたが、まさか成人したその日にとは思ってもみなかったな」
な、泣いてる!?
寂しい気持ちは分かるけど、そんなに悲しまれるのはさすがに傷つくな。
「バカ言うな、逆に嬉しいんだよ。どこの馬の骨かも分からない男に違う街へ連れて行かれずに済むんだからな。それにエルトなら既に息子同然なんだ。寧ろこうなることを最も望んでたんだよ」
「となると、教会に行って契りを交わさないとね。えっと……ここから一番近いのはどこだったかね?」
顔の前でパンッと一度手を叩いて嬉しそうにする姿を見る限り、おばさんにも受け入れてもらえたようだ。
俺もセリアも安堵して再び笑顔で見つめ合うと、テーブルの下では指を絡めてお互いの手をギュッと握っていた。
「なんだかめでたいことが一気に起こったな。エルト! 今日はこのままうちに泊まっていけ! 俺も早く孫の顔が見たいからな!」
外に筒抜けなんじゃないかと思うくらいの大声でそんなことを言って笑うおじさん。
さすがにセリアは顔を真っ赤にして、テーブルを叩きながら「バカ!!」とこれまた負けないくらいの声で叫んでいた。
これからはずっとこんな賑やかで温かい毎日を送ることが出来るんだ。
自分にはもうこれ以上のものは何もいらない。
そう思えるくらいの幸せを俺は噛み締めていた。
◇
次の日の朝、開いた窓から吹き込んでくる心地よい風によって目を覚ました。
いや、太陽の高さを見てみればもう昼近くになっているかも。
「ようやくお目覚め? 朝から何度も起こしに来てたんだからね」
ドアから入ってきたのは頭をカーチフで覆った、エプロン姿のセリアだった。
今日は髪を後ろで1つに束ねている。
やはり顔立ちがいいとどんな服装や髪型でもよく似合うものだ。
「そうは言っても、あれだけ父さんに付き合わされたら無理もないか」
苦笑するセリアの顔を見たら朧気ながら昨夜のことを思い出してきた。
あの後はおじさんの絡み酒のせいで立つこともままならないほど酔っ払ってしまったんだっけ。
本当に泊まっていけって言われたけど、「すぐ隣だから」ってセリアに肩を借りて玄関を出たところで記憶が途切れている。
まぁ、今の様子を見る限りでは勢いで変なことをしてはいないようだな。
「ご飯は食べられる? すぐに用意するからとりあえず着替え……きゃっ!?」
俺は傍に来たセリアの腕を掴んで引き寄せると、ベッドに倒れ込む彼女を思いっきり抱きしめた。
「もう! 危ないじゃない。どうしたのよ、突然」
「ごめん、昨日のことが夢じゃないか確かめたくって」
それを聞いてセリアは頭を優しく撫でながら悪戯っぽく笑った。
「んー……なんのことかなぁ?」
不満げな顔をする俺に対して舌を出しておどけるセリア。
その仕草もたまらなく可愛くて思わず胸に顔を埋める。
洗濯か、草むしりか、さっきまで外で仕事をしていたようで衣服からは日差しの香りがした。
微かに聞こえてくるセリアの心地いい心音も相まって、眠気が誘発されてつい意識を手放しそうになるが、外の喧騒によって阻止されてしまった。
「あら? 何かあったのかしら? やけに外が騒がしいわね」
「どうせアーロイさんが肥溜めにでも落ちたんだろ。気にすることないよ」
「それって結構大変じゃない? 私見てくるね」
セリアは体を離すとベッドから起き上がり、足早に部屋から出て行ってしまった。
せっかくいいムードだったのに。
この恨みはしばらく忘れないぞ。アーロイさん。
◇
着替えを終えてから外に出てみると、村中の人間が集まっているのではというくらいの人集りが出来ていた。
だけどその原因は肥溜めもアーロイさんも全く関係がないようだ。
あとで本人にはそれとなく謝っておこう。
それはともかく騒ぎの中心といえば、想像していたよりもずっと大変なことだった。
装甲が取り付けられた数台の馬車に、馬に跨った者やそうでない者など様々だが、それだけ多くの軍人たちがひしめき合っていた。
ガルシオン帝国軍だ。
こんな何もない辺境の村に一体なんの用があるのだろう?
まさか唐突に補給物資を差し出せなんて言うつもりなのか?
だが俺の考えは全くの的外れであるようで、下級の兵士と思われる奴らが土台を設置すると、その上に何かを置いた。
あれは……杯?
さらにその中へどことなく神秘的な雰囲気を醸し出す瓶に入れられた水を注いでいく。
これから何を始めようというのか。
皆目見当がつかずにいると一際豪華な甲冑と頭全体を覆う兜に身を包んだ、この隊の指揮官らしき軍人が妙なことを語り出した。
「我々は現在『聖女』を探し求めて各地を回っている! よってこれより開始する選定の儀には全ての女性が参加するように!」
それを聞いて村の人たちは一斉にざわついた。
近くの者同士で首を傾げたり、訝しげな顔をしたり。
「軍人さんは戦のやりすぎでついにイカれちまったか?」なんて影で笑う者も。
まぁ、いきなりやって来て真面目な顔で聖女がどうのなんて言われたら当たり前の反応だ。
しかも軍人の言葉をそのまま借りるなら、聖杯に注いだ聖水の中に女性が手を入れて、光輝けば聖女として認められるとか。
なんとも胡散臭い話だ。
俺はどうせ眉唾だと全く信じてはいなかった。
「これで全員が終わったか。やはりこんな辺鄙な村になど居りはせんか」
「ん? そこの女! 貴様まだであろう。早くこちらに来て選定を受けぬか」
だからセリアの番が回ってきても別段気にも留めていなかった。
午前中の仕事をサボってしまった分、午後はきちんとおじさんの手伝いをしなくちゃ。
そんなことを考えながら晴れ渡った空を見上げていたくらいに。
しかし周囲が騒然となったことで俺は瞬時にセリアへ視線を戻した。
すると自分の目には信じられない光景が映った。
困惑しながら辺りを見回すセリアの手元が光っていたんだ。
正確には聖杯の中の水面が輝いているという感じだった。
この現象はさっき俺が心の中で復唱したものと同様であるのに、いくら時間が経過しようと一向に受け入れることが出来なかった。
絶対に何かの間違いだと。
だってこれではセリアが聖女ということになってしまうじゃないか。
こんな簡単な選定で、こんな僅かな時間で、全く関係のない奴らの都合で、俺たちの運命は残酷なほどに狂わされようとしていた。
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