上 下
3 / 48

第2話 不穏な足音

しおりを挟む
 夜にはセリアの誕生日、そして成人を祝う宴が開かれた。
 以前から招待を受けていたし、村の人たちは改めて俺と一緒にお祝いの席を設けてくれるとのことだから、今日は身内だけ。
 2人のことを切り出すには絶好の機会ということだ。

 最初は締めくくりに告げようと思ったけど、それだとおじさんが完全に酔っている状態になっているだろう。
 明日の朝になって「聞いてないぞ!」ということになっても困るから、宴もたけなわになった頃にしようという手筈になった。

 何気ない日常の話や懐かしい昔話で盛り上がる中、不意に隣に座っていたセリアが肘で小突いて合図を出してくる。
 確かにおじさんの様子が少し怪しくなってきたし、これ以上は引き伸ばせないか。
 ひとつ咳払いをしてからセリアと顔を見合わせて頷くと、覚悟を決めて話を切り出した。

「あのさ、2人に大事な話があるんだけど……」

 今度はおじさんとおばさんが突然何事かと互いに目配せをする。
 だけど俺たちの真剣な面持ちにただならぬ気配を感じたのか、どちらも食事をする手を止めて姿勢を正した。

「おじさん、おばさん……どうか、俺とセリアの結婚を許してください!」

 こういう時の礼節というものを教わっていないから不躾な言葉だったかもしれない。
 とにかく勢いよく頭を下げると、セリアが一呼吸遅れてそれに倣う。
 ひたすら床を見つめつつ誰かが口を開くのを待った。

 それにしても随分と長いな。
 いい加減に首と腰が辛くなってきたんだけど。
 そこで俺は恐る恐る顔を上げて様子を伺ってみると、2人とも口を開けて唖然としていた。

 そうか、思えば俺とセリアが恋仲になっていたことも言ってなかったのか。
 まずは段階を踏んで話すべきだった。
 気持ちがはやっていたとはいえ今頃になってこんな失敗に気付くなんて。

 やがておじさんは頭を数度振ると、ふと我に返ったように口を開いた。

「いや、驚いたな。ずっと仲がいいのは分かっていたが、いつの間にそういう関係になってたんだ?」

 いつの間にと聞かれても……
 自然にそうなったのだから答えに困ってしまう。
 それよりも今はもっと肝心なことがあるだろう。
 おじさんたちの許しを得ることが出来たのか。返答は如何に?

「そうか……セリアもいつかは誰かのもとに嫁いでいくのかと覚悟はしていたが、まさか成人したその日にとは思ってもみなかったな」

 な、泣いてる!?
 寂しい気持ちは分かるけど、そんなに悲しまれるのはさすがに傷つくな。

「バカ言うな、逆に嬉しいんだよ。どこの馬の骨かも分からない男に違う街へ連れて行かれずに済むんだからな。それにエルトなら既に息子同然なんだ。寧ろこうなることを最も望んでたんだよ」

「となると、教会に行って契りを交わさないとね。えっと……ここから一番近いのはどこだったかね?」

 顔の前でパンッと一度手を叩いて嬉しそうにする姿を見る限り、おばさんにも受け入れてもらえたようだ。
 俺もセリアも安堵して再び笑顔で見つめ合うと、テーブルの下では指を絡めてお互いの手をギュッと握っていた。

「なんだかめでたいことが一気に起こったな。エルト! 今日はこのままうちに泊まっていけ! 俺も早く孫の顔が見たいからな!」

 外に筒抜けなんじゃないかと思うくらいの大声でそんなことを言って笑うおじさん。
 さすがにセリアは顔を真っ赤にして、テーブルを叩きながら「バカ!!」とこれまた負けないくらいの声で叫んでいた。

 これからはずっとこんな賑やかで温かい毎日を送ることが出来るんだ。
 自分にはもうこれ以上のものは何もいらない。
 そう思えるくらいの幸せを俺は噛み締めていた。



 ◇



 次の日の朝、開いた窓から吹き込んでくる心地よい風によって目を覚ました。
 いや、太陽の高さを見てみればもう昼近くになっているかも。

「ようやくお目覚め? 朝から何度も起こしに来てたんだからね」

 ドアから入ってきたのは頭をカーチフで覆った、エプロン姿のセリアだった。
 今日は髪を後ろで1つに束ねている。
 やはり顔立ちがいいとどんな服装や髪型でもよく似合うものだ。

「そうは言っても、あれだけ父さんに付き合わされたら無理もないか」

 苦笑するセリアの顔を見たら朧気ながら昨夜のことを思い出してきた。
 あの後はおじさんの絡み酒のせいで立つこともままならないほど酔っ払ってしまったんだっけ。
 本当に泊まっていけって言われたけど、「すぐ隣だから」ってセリアに肩を借りて玄関を出たところで記憶が途切れている。
 まぁ、今の様子を見る限りでは勢いで変なことをしてはいないようだな。

「ご飯は食べられる? すぐに用意するからとりあえず着替え……きゃっ!?」

 俺は傍に来たセリアの腕を掴んで引き寄せると、ベッドに倒れ込む彼女を思いっきり抱きしめた。

「もう! 危ないじゃない。どうしたのよ、突然」

「ごめん、昨日のことが夢じゃないか確かめたくって」

 それを聞いてセリアは頭を優しく撫でながら悪戯っぽく笑った。

「んー……なんのことかなぁ?」

 不満げな顔をする俺に対して舌を出しておどけるセリア。
 その仕草もたまらなく可愛くて思わず胸に顔を埋める。
 洗濯か、草むしりか、さっきまで外で仕事をしていたようで衣服からは日差しの香りがした。
 微かに聞こえてくるセリアの心地いい心音も相まって、眠気が誘発されてつい意識を手放しそうになるが、外の喧騒によって阻止されてしまった。

「あら? 何かあったのかしら? やけに外が騒がしいわね」

「どうせアーロイさんが肥溜めにでも落ちたんだろ。気にすることないよ」

「それって結構大変じゃない? 私見てくるね」

 セリアは体を離すとベッドから起き上がり、足早に部屋から出て行ってしまった。
 せっかくいいムードだったのに。
 この恨みはしばらく忘れないぞ。アーロイさん。



 ◇



 着替えを終えてから外に出てみると、村中の人間が集まっているのではというくらいの人集りが出来ていた。
 だけどその原因は肥溜めもアーロイさんも全く関係がないようだ。
 あとで本人にはそれとなく謝っておこう。

 それはともかく騒ぎの中心といえば、想像していたよりもずっと大変なことだった。
 装甲が取り付けられた数台の馬車に、馬に跨った者やそうでない者など様々だが、それだけ多くの軍人たちがひしめき合っていた。

 ガルシオン帝国軍だ。
 こんな何もない辺境の村に一体なんの用があるのだろう?
 まさか唐突に補給物資を差し出せなんて言うつもりなのか?

 だが俺の考えは全くの的外れであるようで、下級の兵士と思われる奴らが土台を設置すると、その上に何かを置いた。

 あれは……杯?
 さらにその中へどことなく神秘的な雰囲気を醸し出す瓶に入れられた水を注いでいく。
 これから何を始めようというのか。
 皆目見当がつかずにいると一際豪華な甲冑と頭全体を覆う兜に身を包んだ、この隊の指揮官らしき軍人が妙なことを語り出した。

「我々は現在『聖女』を探し求めて各地を回っている! よってこれより開始する選定の儀には全ての女性が参加するように!」

 それを聞いて村の人たちは一斉にざわついた。
 近くの者同士で首を傾げたり、訝しげな顔をしたり。
 「軍人さんは戦のやりすぎでついにイカれちまったか?」なんて影で笑う者も。

 まぁ、いきなりやって来て真面目な顔で聖女がどうのなんて言われたら当たり前の反応だ。
 しかも軍人の言葉をそのまま借りるなら、聖杯に注いだ聖水の中に女性が手を入れて、光輝けば聖女として認められるとか。
 なんとも胡散臭い話だ。
 俺はどうせ眉唾だと全く信じてはいなかった。

「これで全員が終わったか。やはりこんな辺鄙な村になど居りはせんか」

「ん? そこの女! 貴様まだであろう。早くこちらに来て選定を受けぬか」

 だからセリアの番が回ってきても別段気にも留めていなかった。
 午前中の仕事をサボってしまった分、午後はきちんとおじさんの手伝いをしなくちゃ。
 そんなことを考えながら晴れ渡った空を見上げていたくらいに。

 しかし周囲が騒然となったことで俺は瞬時にセリアへ視線を戻した。
 すると自分の目には信じられない光景が映った。
 困惑しながら辺りを見回すセリアの手元が光っていたんだ。
 正確には聖杯の中の水面が輝いているという感じだった。
 この現象はさっき俺が心の中で復唱したものと同様であるのに、いくら時間が経過しようと一向に受け入れることが出来なかった。
 絶対に何かの間違いだと。
 だってこれではセリアが聖女ということになってしまうじゃないか。

 こんな簡単な選定で、こんな僅かな時間で、全く関係のない奴らの都合で、俺たちの運命は残酷なほどに狂わされようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...