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最後の無理

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 何だったか、確か《念話》にしか反応しなかったか。試しに《念話》で問うてみる。

『ダンジョンで、会ったよな?』

『肯定』

言葉では無く、意識が頭に飛んで来る。何となく思い出した。ダンジョンで、賊に捕まってた精霊を結界の張られた籠から解き放ち、地上へ連れてった筈だ。

『外に、出たんだよな?』

『肯定』

『何で、此処に居るんだ?』

そう言うと、光の粒は宙を舞い、俺の背中に入り込む。

『俺にくっ付いてたのか』

『肯定』

鎧の隙間から出て来た粒がそう応える。

『こんな所で殺られたら、お前を外に帰せなくなるな』

『肯定』

「頑張らざるを得ない…か」

チカチカと明滅した光の粒は、ふよふよと浮きながら開け放たれた下への階段へ向かい、止まる。

『道案内、出来るのか?』

『否定』

出来ないんかい。でも一緒に来てくれるようだ。左目の視力が戻ったのを確認し、《結界》をもう一枚張ってサイズを戻す。だが精霊は《結界》をすり抜けその場に浮いたまま。質量のある光は誠に不思議物体である。歩み寄り、階段を照らされて下って行った。

 《結界》六枚と《感知》。張れて後三枚かそこら。勿論無理をして、だ。ダンジョンが俺の技量を超えるように小出しするシステムだと、一気に張ったら確実に負ける。だから我慢せざるを得ない。苛立ち、不安、後悔。そんな感情が頭の中を過ぎり、立ち止まろうとする度に光の粒は俺の目を攻撃する。お陰で何とか平常を保っているが、左目はもう明暗しか分からなくなっちゃった。けど《感知》で見えてるから平気だ。
敵を磨り潰し、階段を降りる。降りた先はデカい扉のある、ボス部屋だった。もう地下百階か。この先どれだけ降りたらリュネ達を見付けられるのだろうか。最下層迄降りて、実はもう島に戻ってます、なんて事だとしたら俺は帰れるだろうか?今なら帰れる。帰ろかな…。

「いぎっ!」

目が焼ける。正常な意識を取り戻す。此奴が居てくれて良かった。回復は、後で掛ける。扉を押し開け、中に入った。

やらかした!《結界》を広げるのを忘れていた!急いで《結界》を広げるが、今迄で見た事も無い速さで魔法陣から飛び出したソレは、《結界》に両手の爪を掛けて破壊を試みる。急いで《結界》を元に戻した。六枚ある。セーフ。セーフだが、アウトかも知れん。
初めて見たドーンドゥールのボスは、とにかくデカい四足の獣。牙と角がある黒い塊だ。名前なんて考えてる余裕は無い。一直線に飛び込んで来たデカブツが振るう爪に《逃げる》が自動反応し、内臓を揺らす。いきなり吐きそうだ。《抵抗》や《耐性》を付けられる程の余裕は無い。《結界》六枚纏めて纏い、魔剣を取り出して構えた。

『形見の二人、頼むよ』

最後の無理だと思う《念話》を飛ばし、二本のダガーを交互に振り抜く。ダガーから放射状に放たれた糸が、逃げ惑うデカブツに一本、また一本と絡み付く。その度にデカブツは咆哮を上げ、俺を威嚇するが、俺は動くのも億劫になって、唯只管にダガーを振るっていた。
糸に塗れて白くなった黒い塊に向けて、二本のダガーがすっぽ抜ける。否、自ずから飛んで行ったのか。そしてザクザクと突き刺さり、黒い塊は白い煙となって糸の隙間から漏れ出して、消えた。
思わずその場にへたり込む。《結界》六枚じゃもう限界だ。それでも行かねばなるまいと、四つん這いになって開かれた扉へと進む。

「うっ…」

腕に、糸。ソレはダガーから発せられた糸だった。二本の糸がそれぞれ両腕に絡み付き、多分俺は死ぬのだろう。海竜の鎧越しでも痺れて動けなくなっている。流石魔剣だな。片目が見えぬ目を閉じて、正座する。ふぅーっと息を吐き、諦めた。

シュッと来たダガーがカランカランと地に落ちる。目を開けると、それぞれの腕の前に一本、ダガーが転がっていた。ダガーを手に取る。気付けば痺れも抜けていた。

『ありがとう。一緒に行こうな』

最後の無理をもう一回。




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