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シニョン
しおりを挟むそれは静かに、音を立てずに行われ、証拠も胃の腑へ納められた。
「全く、親父殿居るんだから…」
「居なければ、良いのよね?」
「施設が出来たら楽しみましょう」
「私も説得頑張らないと、ふふっ」
メッツ君を抱き上げ、キッチンへ向かうママ上殿を追って階下へ降りる。どうやら昼食を作るようで、メッツ君を子供ベッドへ安置すると鍋でお湯を沸かしだす。湯が沸く迄に野菜を切って入れたりマタル粉を練ったり、手際が良いな。
「あ、お肉持って来たんだ。貰ってよ」
「あらあら、嬉しいわ。早速焼いてあげようかしらね」
ママ上殿が作ってるのは多分だが親父殿の昼飯だ。肉一枚だしソーサーも三枚。スープは夜兼用かな?良い匂いで腹が鳴りそうだ。
「昼にはまだ早…おお、カケル様、ようこそ」
「お邪魔してます」
「カケル様からお肉を頂いたの。お昼に召し上がってね」
「お前は食べないのか?」
「私はこれからミストンさんのお宅に伺うの。カケル様が土地を買うって、以前言ってたでしょう?そのご挨拶って所ね」
「そうか、気を付けてな。カケル様、妻を頼みます」
「任されました」
親父殿が店に戻り、スープが煮えるのを待っているとエージャが帰宅した。今から会ってくれると言うので竈の火を止めると、四人でミストンさんとやらのお宅へ向かった。俺、ママ上殿、エージャにメッツ君だ。
「ミストンさんとやらは旦那の名前?それとも奥さんの?」
「旦那さんの姓ですね」「ミストン夫人です」
「姓があるって事は貴族なのかな」
「ええ、夫人の方が。商家に降嫁されたのよ。旦那さんのお爺様は騎士爵持ちだったそうよ」
「頑張って店舗持ったんだな。所で様付けた方が良いかな?」
「大丈夫よ。夫人は気さくな人だから」
話しながら露店街に入り、南通りを進んで行くと、ちょっとした広場の一面に構える結構デカい店に着く。此処がミストン貿易だそうだ。ママ上殿の言葉を纏めると、食べ物から家具迄扱う輸入雑貨の店だとさ。
「いらっしゃいませメリダ様。メッツ様も大きくなられまして何よりでございます。其方の男性がカケル様ですね。私、当店の番頭代理でアルディンと申します」
ママ上殿を見付けて寄って来たのは、まだ若いのに丁寧な対応の男でアルディンと名乗った。濃い色の上下を着て、しっかり身嗜みが整っているな。チラホラ居る客を見なくても、店のグレードが伺える。
「冒険者のカケルと申します。本日はよろしくお願いします」
「私にそのような口調は…、ああ、奥方様の前に練習、と言う訳でございますね」
「はは、お恥ずかしい」
「話は聞いております。皆様此方へ」
ホルスト車が通れそうな脇道を通り抜け、搬入門を潜ると小さな庭のある奥へ。バルコニーの下にある玄関が家族用の玄関だそうな。
「殆ど薬草ですね。あまり見ない物が多い」
「ええ。他所から買い付けた物を試しに育てているそうで…、奥方様、只今お連れ致しました」
「ご苦労様。後は私が案内するわね」
玄関のドアが開き、栗毛色の髪を後頭部で丸っぽく纏めたご婦人がゆっくりと出て来た。シニョン?だっけ?先ずは頭を下げておく。
「いらっしゃいメリダ。メッツも大きくなったわね。エージャもご苦労様」
「お招き頂きありがとうございます。此方の殿方は件の件のカケル様。冒険者なので言葉遣いは大目に見てくださいませ」
「冒険者のカケルと申します。無作法者故ご容赦ください」
「ふふ、貴方がカケル様ね?メリダから話は聞いているわ。私、ミストンの妻でフィルフィンと申します。お店共々懇意にしてくださいましね。ささ、中へどうぞ。お茶とお食事、何方が良ろしいかしら」
「夫人にお任せ致しますわね」
挨拶が長い。
そして玄関を潜り、客間に通される…ベッドあるけど、客間だよな?
「ふう。もう良いわよ」
「え?」
「外では体裁があるのよ。カケル様も楽にしてね」
美しい夫人が美しい婦人に変わった。
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