剣の世界に憧れて上京した村人だけど兵士にも冒険者にもなれませんでした。

もる

文字の大きさ
上 下
108 / 284

お風呂に、メイド

しおりを挟む


 美味しい物は心を豊かにする。笑顔を取り戻した鉄面皮に僕の心も癒されて、心に油断を生じていた。

「ユカタ君?随分と仲睦まじく見えますが?」

「ちょっと妬けるけど、お幸せにね」

「やっぱり、大きい人が…」

 別邸の客間に至るまで、僕の腕はメイドさんに柔らかく包み込まれていたのだ。迂闊な。

「道、み、道に迷うと大変だって言われて」

「噛む程動揺してますね」「ユカタ君、帰って来てっ」

「皆様、ユカタ様の言い分に偽りはございません。逸れますと貴族街へ立ち入りが出来ません故」

「ならそろそろ離してあげなさいな」

「あら、私とした事が」

 レイナに指摘されてやっと気付いた様子のメイドさんが名残惜しくも離れると、一礼して部屋を出て行った。

「ユカタ君っ」

 ガラ空きのボディに柔らかい体当たりが襲い、僕は捕縛される。僕をハグして来たジュンは、いつもよりだいぶ積極的だ。酒でも飲んだのだろうか、顔も赤い。

「ユカタ君、甘い香りがする…」

「ジュンだって、お花みたいな香りしてるよ?」

「そりゃあ、お風呂を頂いたもん…」

「手土産買おうとお菓子屋さんに行ったからね。多分ソレだろさ」

「すぅ、匂いだけで美味しい…ふぅ~」

「ご相伴に与れたら良いわね」

 しばらくハグされスーハーされていると、客間に知らないメイドさんが入って来て、僕にも風呂に入れと言う。宿で体を拭いたし遠慮したんだけど、なりませんっと射殺す視線を向けられて断れなかった。名残惜しい柔らかさと離れ、見知らぬメイドさんに連行された。

「1人で入れるからっ」

「貴族の家での入浴法、分かりますか?」

 そう言われると二の句が無い。脱衣場には3人のメイドさんが待機してて4対1。僕には勝ち筋も逃げ道も無く、裸に剥かれて浴室へ向かった。早く時間が過ぎて欲しい。

「お前が妹の言っていた平民だな?」

 僕の願いは神様に届かなかった。浴室に入るとどこかから声がする。少し薄暗い浴室は湯気が立ち込め、声の主の所在が分からない。とにかく膝を折る。

「お姿を見付けられぬ無礼をお許しください。自分がユカタにございます」

「冒険者学園に通うクセに真面に挨拶出来るとはな。寄らせよ」

「は。ユカタ様、コチラへ」

 メイドさん達に手を取られて浴室の隅に向かうと、メイドを従え椅子に座る全裸の男性が大きく顎を上げて髪を洗われていた。前を隠さないのは貴族だからか?僕も両手を取られてプラプラだが。

「ユカタ様をお連れしました」

「は、初めてお目に掛かります」

 再び膝を着いて返事を待つ。

「どう取り入った?」

 きっとエリザベス様との出会いを聞きたいのだろう。特に隠す事も無いので、レイナ達に勘定を教えた頃から採集依頼をこなすまでの話をさせてもらった。

「それでジェニュインが届いた訳か。突然兵を貸せと言われて何事かと思ったが、お前が仕向けたのか?」

「進言はさせてもらいましたが、半個小隊が来るとは思ってもいませんでした。おかげ様で自分達も安全に依頼をこなす事が出来ました。改めて感謝いたします」

「私が送った訳では無い。が、心に留めておこう。子供のクセに心付けを持たせるのは生意気だがな」

 心付け?お土産の事か。対面側のメイドさんによると、どうやらまだ知られていない最新作のお菓子もあったそうで、目新しい物を好む貴族としては何よりの心付けだったらしい。店主にお任せで見繕ってもらった物なので、気を使ってくれたのは店主であると返しておいた。

「平民に貸しを作るは些か遺憾だ。後で何か持たせてやる」

「ありがとうございます」

 断れないお礼だ。楽しみに待つしかない。頭を洗われていた多分下の兄様は、湯を浴びると立ち上がり、ぶらぶらと浴室を出て行った。メイドさん達がこの後更に湯に浸かるみたいな事言って追い掛けてったけど、平民といつまでも長居したくはないのだろう。僕もやっと一息つけるよ。

「さ、お立ちを」

 一息、つけなかった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...