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怒りより、悔しい
しおりを挟む「お待たせ。ナンパ?」
「してないよ」
支配人に確認しろって言ってるのに妄言を吐き続ける女を無視してお茶を飲んでると、嫌味な言葉を吐いたセーナが僕の肩に肘を乗せた。
「それ、焦がし茶ね。私も貰おうかしら」
反対側の肩越しに覗き込んだレイさんは、僕の飲んでるのが気になったようで、席に着くとお茶を所望した。
「僕これ頼んでないんだけど、やっぱりお金払うの?」
「どうかしら?払いたければ払えば良いわ。払えるでしょう?」
「女2人も侍らせて本当良いご身分ね。お金あるクセに払わないとか正気じゃ無いわっ。本当に衛兵呼ぶわよ!?」
「あら。私貴方の女だと思われてるみたい」
「羨ましいのかしら。あげるわよ?」
「スケコマシなんて要らないわよっ。要るのはお金!料金!払え!」
煽られたからか声のボリュームが上がり、女の声は食堂中に響く。そして傍に控えてた支配人にも当然耳に入る。2人を案内して来たんだろうな。
「君、静まりなさい。お客様に焦がし茶を持って来なさい」
「しっ、支配人さんっ」
「早く」
短く返された言葉に、女は下がる他は無く、厨房へと消えて行った。
「皆様、申し訳御座いません」
「ねえ、スケコマシって何?」
「……」
支配人へ顔を向け聞いてみるが、支配人は黙ってしまった。
「セーナ。スケコマシって何の事?」
「女を拐かす人の事よ。私やレイはあンたに垂らし込まれた女だって言いたいのよね、アレは」
「あら、私は構わないわよ?」
「構うでしょ。釣り合いが取れないわ」
釣り合いかぁ。レイさんは貴族だから平民とは結婚出来ないし、冗談なんだろうけどな。そんな事を思っていると、さっきの奴がトレイにお茶乗せて戻って来た。
「お待たせ致しました…」
「あ、待って。それ飲まない方が良いかも」
「あら、どうして?」
「毒でも盛られたのかしら」
「お腹空いてるけど此処の食事も食べられないかな」
「お、お客様。そんな事は絶対にさせませんので、どうかお許しください」
僕の言葉に焦って口を開く支配人だが、物事に絶対なんて無いからね。
「僕要らない」
僕は否定する。
「そ。なら私もそうするわ」
「干物で我慢ね。はぁ…」
2人も朝食を諦めてくれた。けど干し肉だけじゃ物足りないし、昼までは時間もあるしでどうしよう。席を立って食堂を出る。階段を昇って部屋に着くまで僕達は一言も発しなかった。
「よく怒らなかったわね」
「食い逃げで暴れたら強盗じゃないか」
部屋に入って鍵を閉める僕にセーナがやっと口を開く。僕だって嫌な気分にさせられたけど、セーナは僕以上に怒ってるのが分かる。
「偉いわ。けど貴方は怒っても良かったのよ?」
「…アイツが思う僕は僕じゃ無いもん。凄く嫌な気分にさせられたけど、それで怒っててたらレイさんとセーナも悪者な僕の一味にされちゃう」
「自分の名誉を傷付けられてもレイの顔を立てた訳ね」
「ユカタ、ごめんなさいね。貴方は立派な男よ、ありがとう」
レイさんは僕の頭に手を伸ばし撫で始める。僕男なんだから子供扱いは止めて欲しい。手を払いたいけど僕の手は怒りを鎮めようとしてるセーナに握られてるし、その場で留まり受け入れるしか無かった。
細切りにした干し肉を3人で摘んでいると、ノックがありセーナが対応した。僕はベッドから降りてレイさんの横に控える。セーナに連れられて入って来たのはやはり支配人だった。
「先程は、当館職員による数々のご無礼、誠に申し訳御座いませんでした」
レイさんの前に来るなり土下座して詫び口上を述べる支配人。だが、レイさんは言葉を返さない。なんとか言葉を貰おうと、詫び口上を伸ばして行くが、その内口上は途切れてしまった。
「貴方は、誰に向かってその口を開くの?」
「それは「私では無いでしょう。あの場で誰が声を荒らげても、せっかく用意されたこの服が無駄になったのは、解るわね?」…は、はい」
支配人の言葉を遮るレイさんもだいぶご立腹だ。
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