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来客は、要らない
しおりを挟む壁に空けた小さな穴を溶かしながら入って来たソレは、焚き火の揺らめきに照らされてとても神秘的に見える、タマゲルであった。
タマゲルとは陸棲のゲル種で、丸い玉の形のゲルだ。雑食性で移動先にある草や虫、寝てる人を溶かして養分にしてしまう。ミズゲルと違う点は、少し触った程度じゃ溶かされないのと、ネトネトしていない所だ。
退屈凌ぎが出来たのは眠気が飛んで心強い。寝たら食われるしね。タマゲルがセーナの小山に入らないよう、時折持ち上げ場所を変えたり、尖った小枝を押し当てて断面を平らにして暇を潰した。
ズル…ズズ…、ズル…。
聞き慣れない音がして、警戒を厳にする。小さな音だが何かを引き摺っている音だ。タマゲルの上に燃料を置き、動きを止めてもらう。
ズル…ズル…ガサ…ガサ。
音が変わる。どうやら街道から休憩地に入ってしまったらしい。焚き火から離れ、明かりを背にして音のする方を注視する。
暗がりの中、歩く姿は人に見える。人ではあるが、人だった者。今一番来て欲しくない迷惑な客。デッドパーソン、動く死人、歯が剥き出しになる事から、村ではデッパと呼ばれている。まだ入口だと言うのにブンブンと羽音が聞こえる。臭いもキツそうだ。この臭いはブフリムやウォリスを寄せてしまうし、この先に、デッパの生まれ故郷があると言う事でもある。誰が殺ったのかは、肉の残り方を見ても明らかだろう。
僕は元の位置に戻り、タマゲルに餌を与える。自分から進んで汚物処理する事は無い。草を干し、燃料を作りながら引き返してくれるのをじっと待つ。
「うっ、臭っ、なん…何だお前!?うわああああっ!」
「ひっ!」「何事!?」
馬鹿はみんなに迷惑を掛ける。馬車の車輪に背中を預けて寝ていたおじさんも運が無かったな。せめて反対側の車輪なら近くで臭い思いしなくて済んだのに。馭者と女性も飛び起きて、馬車から離れてデッパを見る。無言だった女性も声を出す程驚かされたみたいだ。
「ねえ、何事なのよ」
「デッパ…デッドパーソンが来た」
「…で、びっくりしちゃったのね、良い大人が」
ガサガサと山から這い出たセーナが長い息を吐く。セーナも動悸がするのだろう。
「セーナ、コッチに来たら風じゃない魔法で迎え撃ってね」
「土魔法ね?けど襲っては来ないでしょ?」
「デッパはね」
セーナが杖を構えると同時くらいに此方へ走って来る影。
「石よ、貫け、コフテリ・ペトラ」
「ぎゃっ!」
呟くように唱えられた呪文が足音の主に悲鳴を上げさせる。動かなくなったのは当たったからか、それとも腰が抜けただけなのか。僕はそれっぽい所にタマゲルを投げ、セーナを寝床に納めると、槍を肩に掛けて時間を潰した。
2度の交代をしてセーナが起きる。まだ日が昇ってないが、朝食の支度をする時間だと言う。
「おはよう。暗い内にトイレしとくと良いよ」
「おはよ。風向きが悪いわね」
「すぐに土被せれば大丈夫だよ」
「鼻塞いどきなさい。耳もね」
器用な事させるなぁ。セーナが外に出ると耳と鼻から手を離して火を強め、鍋を掛ける。塩と水、干し野菜と細かく切った干し肉を入れて、蓋をする。朝食は時間を掛けて作れるから今度は柔らかく出来そうだ。
「凄いわね。煮汁がほとんどないじゃない。それに野菜も干し肉も柔らかいわ」
「時間があったからね」
「とにかく美味しいわ」
暖かい食べ物をお腹に入れて、今日も一日頑張れる。2人で最後のトイレをして、陣地を片付けたら馬車へと合流した。
「さ、出発するぞ」
馭者の掛け声で馬が動く。休憩地から街道に出ると、ガタガタと尻に衝撃が来るが、今日は鼻からカバンを敷いてるから問題ない。
「貴方達、よくあの状況で食事出来たわね」
昨日声を出した事で吹っ切れたのか、女性が話し掛けて来た。乗客は3人。いずれにしても話し掛けている相手は僕達だ。
「暗くて見えなかったし」
僕はそう答えた。
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