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22話「冷笑」
しおりを挟む22話「冷笑」
病院から自宅に戻る頃には、もう夜になっていた。
あまりに疲れてしまった文月は電車を乗り継ぐ気力もなかったし、早く話したい事があったのでタクシーに乗って自宅に帰った。
「桜門さん。いるんですよね?」
「…………気づいてたのか。俺の気配を感じられるなんて、成長したな。助手」
「気配なんてわかりませんよ。ただ、居てくれるような気がしたんです」
独り言で終わってしまう言葉に返事をしてくれた桜門は、桜の花びらを舞い散らせながら霧の中からうっすらと出てくるように姿を現した。ちゃっかりと文月のベットに座っている所が彼らしい。が、今は和むような話をするつもりは、文月にはなかった。
「桜門さん。白銀さんの話を聞かせてくれませんか?」
「聞いてどうするつもりだ」
「聞きたいんです。桜門さんに身代わりの依頼をする前に。自分でしっかりと白銀さんの事を知りたいんです」
「話したとしても、身代わりの依頼を受けることはないぞ」
「それでも。……お願いします」
ベットに腰を掛ける桜門の前に立った文月は、真剣な表情のまま桜門にそう伝える。
そして、まだ白銀に触れられた感触が残る手をぎゅっと強く握りしめる。そこに彼の手はもうないが「大丈夫です。まかせてください」と伝えるように。
白銀が依頼を文月に託した後、すぐに病室に医師と看護師が入ってきた。その後にはスーツ姿の男性が何人か駆け込んでくる。病室に居た文月を見て、驚いた顔をしていた。話を聞くと、ドール会社の人のようで、白銀とは会社仲間だという事だ。文月は倒れていた白銀をこの病院まで運んだという事で何とか誤魔化した。が、その後は緊急処置をすることになり医師や看護師以外は病室から退室するように言われてしまったのだ。「お礼をしたい」という社員の人達から逃げるように病院を後にした文月だったが、その後はもちろん白銀と話せる事もなかた。
桜門ならば、白銀の事をよく知っているはずだ。
彼は1年前から桜門の元を訪れていると話をしているだろうと思ったのだ。
桜門はただ闇雲に身代わりの依頼を受けているわけではないのだから。
「座るといい。短い話ではない」
「はい」
どこに座ればいいのか迷ったが、文月は桜門の前に向かい合って座る事にした。
その方が話しやすいという事もあるが、どこか彼に近寄りにくい雰囲気を感じたからだ。
「…………おまえは変わらないな。少し強情なところも」
「強情なのは桜門でしょ?」
その言葉を聞いた瞬間に、何も考えないでポロリと口からこぼれた。
そんな事など桜門に言われた事も言った事もないはずなのに、どこか言い慣れた言葉だった。
彼の呼び方も言葉遣いも違うというのに。
不思議で、そして温かな感覚だった。
文月はすぐに自分の言葉に驚き、ハッとした。が、桜門は全てわかった上で、優しく微笑むだけだった。
「ご、ごめんなさい。変な事を言ってしまって」
「…………白銀は1年前ぐらいに突然俺の目の前に現れた。そして、身代わりの話を伝えると、とても喜んだんだ。目の前でうれし泣きをするぐらいにな」
桜門は、先程のあの感覚の事を話すつもりはないようで、白銀の話を始めてしまった。
あれは何だったのだろう。気になったが、白銀の話を聞きたいとお願いしたのは、自分だったので、そのまま彼の話を静かに聞くことにした。
「AIドールとかいう動く人形を作っているというのはあいつから聞いたはずだが。その初代ドールを白銀はとても大切にしていた。名は、ツボミというらしい。そのツボミは、古いもので白銀しか修理をする事が出来ないぐらい繊細なものらしいのだ。だから、白銀が入院している今は動くことはないなしいな」
「じゃあ、白銀が自分の命を渡したい相手というのは、ドールのツボミ………」
「いや、違う」
「え………」
文月の考えは違ったようで、驚いて顔を上げる。
大切な存在がツボミならば、白銀が助けたいのはそのドールのはずだ。それが違うというのは、文月には理解出来なかった。
疑問ばかりで、文月は首を傾げながら考えていると、桜門はすぐに正解を教えてくれた。
「ツボミを修理するドールに自分の知識を渡してほしいそうだ」
「それは、ツボミを直す代わりをしてもらうため」
文月がやっとのことで白銀の考えに気付き、そういうと桜門はゆっくりと頷いた。
「ドールの名前は花シリーズとかいう最新のドール。スミレ。そのスミレに命とドールの知能を身代わりに捧げる。白銀がその命がつきる前に」
白銀の大切なドール、ツボミ。
初代のAIドールは、きっと白銀にとっては思い出深いものなのだろう。
今はドールは家電の一つという扱いだ。高額なため、まだ普及はしていないが、将来的には家事などの仕事を代わりに行うモノとして必要不可欠な存在になるだろうと言われている。
そんな大きな発明をした白銀は、きっと家電などという扱いでツボミを見ているはずはなかった。そうでなければ、桜門と話した時に大声で怒鳴ったりしないはずだ。
きっと、家族や友達、恋人のような存在なのだろう。
そんなドールを助けたいと自分の命さえも渡すつもりなのだろう。
それは、きっと文月の祖母と同じような考えなのだろう。
そう考えると、胸がキリキリと痛む。
それで、ツボミは白銀がいない世界で目を覚まして、どんな気持ちになるだろうか。
病気で余命は残り僅かだったといしても、自分のために命をかけて守ろうとしてくれた、自分を作った人間が死んでしまったと知ったら。
悲しむのだろうか。
しかし、相手はドールだ。死ぬという事が悲しいことだと知能的にはわかっているだろうが、ツボミ自身は何か思うのか。いや、人形なのだから気持ちなど持たないことはわかっている。悲しい表情を見せたとしても、それはシステム的に作られた顔なのだろう。
けれど、文月はどうしても気になってしまうのだ。
ツボミというドールの気持ちを。
「白銀は病気になりながらも、スミレの完成のために尽力していたらしいが、最後までスミレが目覚める事はなかったそうだ。システムが膨大で、今の技術ではAIドールが同じAIドールを直す事は難しいらしいな」
「白銀さんがスミレを完成させたかったのには、きっとツボミが目覚めた時のために寂しい思いをしてほしくなかったら。そんな願いも込められているような気がします」
「…………」
文月はそんな風に思い、桜門に伝えるが彼は何も言わずに文月を見ているだけだった。
桜門の気持ちは揺らがないのだろう。まっすぐと文月を見つめた後に「あいつの話しはこれで終わりだ」と言い、腕を組んだ。
だから、おまえの話しを聞こう。そんな態度だった。
「桜門さん。私は、白銀さんから身代わりの依頼を受けました。桜門さんからお話しを聞いて、気持ちも決まりました。私は、白銀さんの依頼を受けるべきだと、そう思います」
文月は、彼をまっすぐ見据えて、桜門の助手として結論を述べた。
「俺はこの依頼は受けない。文月に頼まれてもそれだけは変わらない」
いつもの笑顔。
だけど、その時だけは冷たく温度がない笑顔。
冷たい体の桜門にぴったりともいえる、そんな冷笑だった。
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