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22話「光と裏側」
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△△△
「送っちゃった………。でも、後悔はしてない」
虹雫はPC画面に表示されたメール送信画面を見つめた。
盗作についての問い合わせをしてから、出版社からの連絡はなかった。きっといたずらメールだと思われたのだろう。それからも、何度かメールをしてみたが、多くなればなるほど、信じてもらえなくなるような気がして、一度止めた。
そして、ずっと考えてきた事はやろうと決心をした。それを毎晩夜遅くまでこなしていた。どんなに仕事で疲れていても、帰ってきてすぐにPCの電源を入れる。そして、サンドイッチやおにぎりなどを齧りながら、そして時にはご飯を食べるのを忘れてキーボードを叩き続けた。
虹雫はまた小説を執筆し始めた。
盗作事件があり、怖い思いをした後。虹雫は本を読むのさえ嫌になった。けれど、ゆっくりと気持ちが抑えられるようになり読書も出来るようになった。それは、3人と忘れると約束したからだと、虹雫は思っていた。宮と剣杜に忘れると言ったのに、いつまでも怖がっていてはだめだ。だから、2人の前でも本の話をしたり、読書をするようになっていった。それを2人は喜んでくれたし、今まで以上に話を聞いてくれるようになっていた。
けれど、小説を書くことは出来なくなってしまった。
小説を書くのは、自己満足で始めたつもりだった。けれど、小説を投稿するようになって、いろいろな人から感想を聞いたり、自分の物語の事で話し合うことが楽しくなっていたのだ。
けれど、投稿サイトでは物語は全て削除し、登録さえ抹消してしまった。もう、以前のようには出来ないのだ。違う名前で活動を始めようとも思ったけれど、あの人にバレてしまったら。そう思うと一歩踏み出すことが出来なかったのだ。
だが、お試しであったとしても宮と付き合えた事で、少しずつ虹雫の気持ちが変わっていった。本当の恋人になりたい。負けたくない。宮の隣で自信をもって「恋人です」と言えるようになりたい。
忘れると約束を交わす事で、忘れたふりをした。けれど、本当は忘れられなくて、ずっと怖がって逃げてきただけだったのだ。2人の優しさに甘えて、忘れたふりのしてもらっていた。
それなのに、どこか不安で自信がなくて。そんな虹雫に気付きながら、2人は守り続けてくれていた。
だけど、1つの物語を作り上げた時。
虹雫は「あぁ、これがしたかったんだ」と、達成感と充実感を味わえた。
懐かしくも誇らしい感覚。始めは苦しく怖かったけれど、それでも夢中になれた。
「いいものが出来てよかった。これで、少しは変われるかな………」
一人そう呟き、PCの画面を閉じた。
きっと返信など返ってこないだろう。もう少し落ち着いたら、どこかの出版社の小説大賞に応募してみようかな、と考えた。そんな風に思えるぐらいに、虹雫の気持ちは少しずつ前を向き始めたのだった。
それから1週間経ったある日。
仕事が終わった後、虹雫はすぐに帰宅をしていた。今日も宮は仕事が入ったらしい。最近忙しいので電話だけで終わっている。毎日欠かさずに連絡をくれるだけでも、恋人らしさを感じられて嬉しいが、内心ではまだ不安もあった。宮は、あの女性とまた会っているのではないか。仕事だったとしても、それを考えるとモヤモヤしてしまう。
「だめだ!考えすぎはよくないよね。本を読んで気分を変えないと…………あれ?メールが来てる?」
視界の端で光りが点滅しているのに気づいた。それはPCのメール通知の点滅だった。
虹雫はハッとして急いでPCを開いた。
高まる鼓動を感じながら、虹雫はメールフォルダを確認する。
すると、虹雫が問い合わせし続けた出版社からのメールだった。タイトルには「投稿していただいた小説についてのご連絡」とあった。
ドクンッ。
心臓の音で、視界が揺れたように感じる。
虹雫は、震える指でマウスを掴み、メールを開く。
「………ッ。…………嘘………」
その文章を呼んだ虹雫は息を飲んだ。
そこには「小説を読ませていただきました。その結果、ぜひ当社で出版して欲しいとの結論に至りました。そのため、1度お会いしてお話をさせていただけませんでしょうか。下記の連絡先にてご連絡のほどよろしくお願いします」とあったのだ。
自分の小説が認められた。
そして、盗作についても考えてくれるのだろう。
虹雫は驚きと嬉しさで涙ぐみながら、すぐに記載されていた電話番号と担当者である「一条」という人物へと電話をかけたのだった。
▲▲▲
「で、顔合わせはどうだった?」
『無事に終わったよ。あ、澁澤って奴のサインも貰った』
「………剣杜、何しに行ったんだ……」
電話口から気の抜けた言葉が聞こえ、宮はため息を混ざりの声を落とした。
今日は、剣杜が初めて澁澤に会う日だったため、宮は心配していた。
彼は誰とでもすぐに仲良くなれるので、大丈夫だとは思っていたが、サインをもらうほど距離を詰めたとは思わなかった。何をやっているんだ、とも思ったが彼なりの作戦なのだろう。
『仕事はしてきたし、初回の現場に顔を出す事も了解を得てきたよ。もちろん、澁澤と話す約束もしてきた』
「初めてでそこまで詰めてきたのか。……すごいな」
『俺が本気出せばこんなもんだ』
「けど、おまえ気をつけろよ。急がなくていい」
『やれる事はやっておくさ。これで映画に出れなくなっても俺は後悔しないし。むしろ、こんな映画に出たいとも思わない』
「けど、前に話しただろう。あいつは………」
宮が言葉を濁すが、剣杜は『覚えてるさ。大丈夫だ』と笑うだけだった。
『もし澁澤が近づいてきそうだったら、その時は誘いに乗るつもりだ。そして、PCのデータを拝借すればいいんだろう?』
「あぁ。前に渡したバックアップ用のUSBをPCにさせば勝手にやってくれる」
『了解。必ず、成功させてみせるさ』
「………無理はするなよ」
『何だよ。宮がこの作戦を俺にやってこいって言ったんだろ』
「そうだが………」
剣杜が危険な目に遭うかもしれない。
それは前から分かっていた事だが、いざそれが現実になるとわかると、この作戦は間違えだったんじゃないか、と思ってしまう。
自分が責任を負うと決めていたはずなのに、彼にも迷惑をかけてしまう。
バレたらどうなるだろうか。
そう考えると、「やっぱり止めよう」と言いたくなる。
『俺は止めないからな』
「剣杜……」
『おまえから話を聞いて、危険だとわかっていて承諾したのは俺自身だ。決めたのは自分なんだよ。今さらビビッて止められるか。それに、虹雫は、ずっと苦しんでいるんだ。そして、あの映画は澁澤って男のものじゃない。虹雫のもんんだって。台本を見て、スタッフを見て、そう言いたくなったんだ。だから、やってくるさ』
「わかった。当日は、渡した腕時計をしてろよ」
『確か、盗聴に録音できるんだっけ?おまえ、そんなのどこから手に入れたんだよ』
「虹雫のためなら、爆弾でも準備するさ」
『………だから、本当にやりそうで怖いんだよ。おまえの発言は』
「……助けに行く」
『そりゃどうも』
軽口でそういうと剣杜はすぐに通話を切った。
きっと、彼ならばうまくやるだろう。
それを願うしかない。
澁澤は、男好きで有名だったのだ。
蜥蜴からの情報では、彼は、細身で若く、容姿が整っている男が好みだと情報が入ったのだ。
そのため、モデルである剣杜が適役だと判断したのだ。
それをわかって、彼は作戦にのった。
宮は、後悔しつつも剣杜の言葉を信じる事にした。
そして、やれるだけの事はやろうと、蜥蜴に連絡をする。
決着の日は着々と近づいていた。
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