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17話「春の風と冷たい家」

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   17話「春の風と冷たい家」



 精神的に疲労していた虹雫は、2人に話をした後に少し安心したのか、泣き疲れたのは制服を着たまま寝てしまった。虹雫の実家の布団を取り出し、リビングで3人並んで体を休めた。幼い頃は、長期の休みに入ると3人の内の誰かの家に集まり、こうやって一緒に寝た事を宮は思い出して、懐かしい気持ちになった。けれど、今はそんな思い出に浸っている暇や余裕はない。


 「おい、宮。起きてるんだろ?」
 「あぁ……」


 宮を挟んで体を休めていた剣杜が、小声で宮の事を呼んだ。考え事をしていた宮、返事が遅れてしまった。が、剣杜は気にする様子もなく言葉を続ける。その声音はいつもより低く、彼の深い怒りを感じられるものだった。


 「どうする?このまま黙って身を引くわけにはいかないよな。あいつが今までどれだけ頑張って来たか。それを壊したままなんて、ありえないだろ」
 「もちろん、このまま終わらせるつもりはないよ。けど、虹雫を巻き込みたくはない……」
 「それは、そうだけど……」
 「相手は大人だ。そして、俺達はまだ高校生。勝てる相手かわからない」
 「けど、誰かに相談しないと」
 「それで犯人にバレて、虹雫の写真がばらまかれたらどうする?」
 「………」
 「ネットの1度バラまかれたものはなかったことにはならない。誰かが保存して永久に消えないんだ。剣杜もわかるだろ?」
 「それは………。だからって泣き寝入りするのかよ」


 先程より声を大きくなり、ハッとして息をひそめる。剣杜の焦りを感じる。もちろん、宮もすぐにでも犯人を見つけて、仕返しをしてやりたい。そう強く思っている。けれど、今は情報が少くないのだ。虹雫が貰った名刺も見せてもらったが、そんな人物は該当する者がいなく偽名だった。メールアドレスもフリーメールだったようで、試しにフリーメールで送ってみたが、エラーになって戻って来た。きっと、メールアドレス自体を削除したのだろう。後始末も抜かりがない奴だ。用意周到というイメージを受ける。


 「さっきも言ったけど、俺はこのまま終わらせるつもりはないよ。ただ、今すぐに動いて失敗するのが怖いんだよ。俺が勝手な事をして傷つくのは俺自身だったらいいが、違う。ダメージを受けるのは、虹雫なんだ」
 「そうだな。相手を知ってからでも遅くないな」
 「あぁ……」


 冷静に対応できるよう、頭を休ませる事も大切だ、という事になりその後2人も寝る事にした。
 隣りには暗闇の中でもはっきりとわかる、虹雫の寝顔があった。寝ている姿はいつもと変わらない、穏やかな表情だったのが救いだ。けれど、起きればまた辛い現実が待ち受けている。
 夢の中だけでも、笑顔でいてくれたのならば。そう願い、宮は虹雫の頭を優しく撫でた後に、ゆっくりと目を瞑った。
 けれど、宮が寝れたのは夜明け前だった。




 目を覚ますと、剣杜の姿がなかった。
 スマホに彼からメッセージが入っていた。「虹雫が熱を出したから、宮が病院に連れていくって事で親に言っておいたから、学校休め。虹雫の事を見てやってくれ。3人が一緒に休むのはまずいだろうから」そう書いてあった。
 朝が弱い彼が1番に目を覚まして、全て対応してくれた事に驚いたが、きっと剣杜も寝れなかったのだろう。それに剣杜の親は厳しい所もある。そのため、朝帰りもあまりいいと思っていないはずだ。それを考慮して朝早くに家に帰ったのかもしれない。だが、自分も思った以上に疲労していた事に驚いた。剣杜がいなくなった事に気付かないほどに熟睡していたのだ。

 隣で眠る虹雫を起こさないように布団を抜け出す。
 フローリングにカーペットという固い場所で寝ていたため、体が硬くなっているのを感じ、首や肩を回しながら起きる。時計を見ると、すでにお昼前になっていた。時間を確認すると、空腹を感じてしまう。宮は、虹雫のために風呂を準備して、あるもので簡単な料理をつくった。料理と言っても冷蔵庫にあった野菜でサラダと目玉焼き、インスタントのスープのためのお湯を沸かし、ご飯を炊いただけだ。宮は料理が得意ではなかったので仕方がない。目玉焼きが完成した頃に、虹雫の体がもぞもぞと動いたのがわかった。


 「ん………、宮、剣杜?」
 「あぁ、起きたか。剣杜は学校に行ったよ」
 「学校、もうそんな時間なの?私も早く準備しないと」
 「今日は休みにしておいたよ。俺の親が連絡しておいた……」
 「え……」
 「もうお昼前だよ」
 「……私、そんなに寝ちゃったんだ」


 呆然としながら、時計を見つめる。虹雫の瞼は少し腫れている。


 「お風呂沸いてるけど、入る?」
 「うん。ご飯作ってくれたけど、先にお風呂入りたいな」
 「いいさ。その間、俺は一回家に帰って着替えてくるよ。虹雫の制服もクリーニングに出しておくから後で頂戴」
 「あ、うん。ありがとう。………宮、いなくなるの?」
 「すぐに帰ってくる」


 不安そうにする虹雫に優しく微笑みかけるが、虹雫はまだ心配そうだった。
 昨夜の事があり1人になるのがまだ怖いのだろう。宮は「わかった」と言葉を続けた。


 「じゃあ、虹雫がお風呂から上がるまで待ってるよ。一緒に俺の家に行こう」
 「う、ううん!大丈夫。ごめん、我儘言って。着替えてくるから、ちょっと待っててね」


 虹雫はすぐに立ち上がると、「ごめんね」と謝りながら2階の自分の部屋へと向かった。
 途端に、部屋の中は静かになる。
 2階建てに一戸建ての家。ここに、虹雫は一人で暮らしていた。こんな広い部屋に一人で暮らしているのだ。時々親戚が様子を見に来ることもあるが、形だけのようで、1か月に1度来て少し話をして食材などを置いて帰っていくそうだ。
 それにこの家ももう少しで手放す事になっていた。虹雫がこの家に一人で住む理由もないし、親戚がこの土地に新しい家を作るそうだ。そのため、虹雫がこの家から出ていく事になっていた。もちろん、多額の金は入ってくるので、一人暮らしも快適に出来るはずだ。
 だが、幼い頃からの思い出のつまった家から出て、なくなってしまうのは相当寂しいようだ。そして、宮と剣杜の実家からも離れてしまう。幼馴染じゃないみたいだね、と苦笑いを浮かべて言った虹雫の表情を宮は今でも覚えていた。


 その後、虹雫から制服を預かった宮は一度家へ戻り、シャワーを浴びてからクリーニング店に行き、自分の制服と虹雫のものを預けた。
 不安そうにしていた虹雫の事が心配だったので、宮は用事を済ませた後、すぐに彼女の家へと向かった。


 「虹雫?戻ったよ。………まだ、風呂か?」
 
 虹雫の家に戻ってきたが、リビングにも部屋にも彼女の姿はなかった。
 風呂場の方の光りがついたままになっており、水の音が聞こえてくるので、まだ風呂場にいるようだった。急いで帰ってきたとはいえ、1時間は経っている。女の子はお風呂は長いとはいえ、少し心配になってしまう。


 「虹雫?ごめん、少し心配で」
 「………」
 「……虹雫?」

 シャワーの音が脱衣所のドアを開けると、浴室の方からシャワーの音が聞こえてくる。
 宮の声が聞こえないのだろうか、返事がない。
 
 「虹雫ッ!」

 ドアを開ける前にもう1度大きな声で虹雫を呼ぶと「えッ!?」と、驚く声が聞こえてきた。反響のせいでと大きな声に聞こえてきた。


 「ごめん。少し長く入っていたから心配で……」
 「あ、ボーっとしてたみたい。もうあがるね」


 虹雫が何をしていたのか、この時はわからなかった。
 だが、彼女が風呂場から上がって来た時に、服の袖や首元からチラリと見えた。強く何かでこすったような赤くなった肌が目に入った時に、虹雫が何をしていたのかすぐに理解した。

 それを見た宮の心は、胸が苦しくなるが、それ以上に虹雫の気持ちを考えると、更に重たい気分になる。宮は脱衣所から出た後に、息苦しさを感じリビングの窓を開ける。
 すると、春の温かい空気が入り込んでくる。それが、現実から切り離されたような気がして、宮は大きくため息をついた。





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