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17話「楽しみと疑惑」
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泉は不思議な人だ。
自分と同じように、彼の昔の事を緋色は知らない。望との話の時も彼は何かを隠しているようだった。
それが何なのか。気にならないわけではなかった。本当の事ならば泉から話して欲しいと思っている。
けれど、望と同じように何か理由があるのだろうと緋色は思っていた。そうでなければ、彼が秘密にする理由はないのだから。
きっといつかは話してくれる。
そう信じて、緋色は彼を待つことに決めた。
そう余裕を持てるのは、望に話を聞きに行った時の彼の優しさや思いが緋色に伝わったからだった。
今まで以上に、緋色は泉が大切な人なのだと思うようになっていった。
「実はいい報告があるんだ。」
お互いの仕事が終わり帰宅し、夕飯を食べていると、泉は嬉しそうにそう言った。
緋色は何だろうと「いい報告?」と彼に聞くと、隣に置いてあったバックから紙を取り出して緋色に渡した。
「これは………教会?」
そこには緑に囲まれた中に堂々と立つ真っ白な教会の写真があった。
緋色は、その教会のパンフレットに見いってしまう。
その様子を見て、泉は「そこ気に入った?」と嬉しそうに微笑んでいた。
「うん。この壁一面にある大聖堂のステンドグラス………本当に綺麗。」
「緋色ちゃん、気に入ると思った。よかったよ。」
「このパンフレットどうしたの?」
「知り合いから教えてもらったんだ。そして、少人数の挙式だけなら、空いている時間に入れてあげられるって言われてね。もし、緋色ちゃんが気に入ればここもいいかなって思ってい。」
「素敵な教会だと思う………。」
緋色はパンフレットを捲り、ますますこの教会が気になってしまった。自然に囲まれた丘の上にひっそりと建つ教会。施設にある木製の螺旋階段と吊るされたお洒落な照明。大聖堂には中世のヨーロッパの挙式の様子が描かれたステンドグラス。そこから光が差し込み、純白のドレスが色とりどりの光でより輝いて見られた。
目を輝かせて見ている緋色を、泉はニコニコと見つめていた。その視線に気づいたのは少しの時間が経過した後だった。
「あ、ごめんなさい………集中して見ちゃって。」
「………ねぇ、緋色ちゃん。この教会に見学に行ってみようか。ドレスの貸し出しとかもやってるみたいだし。」
「え、いいの?」
「もちろん。俺も早く緋色ちゃんと結婚式挙げたいしね。」
「………うん。見学してみたい。この大聖堂見てみたい!」
「わかった。じゃあ、決まりだね。俺が予約しておくから。」
「………ありがとう、泉くん。」
緋色はパンフレットを抱きしめながら、泉にお礼を言うと、泉は頬を染めながら「いいんだよ。」と、微笑んでくれた。
2人の結婚指輪はもう決まっていた。
望と話をした後、2人でネットを見ていて気になったものがあったのだ。泉は、どうせならば宝石がついているものがいいんじゃないかと言っていたけれど、緋色はシンプルな物がいいと伝えた。理由は、婚約指輪を着けるときに、結婚指輪と重ねたいからだった。婚約指輪は普段使わない人が多いと聞くけれど、緋色は使っていきたかった。
目に見える事で、彼との出会ったときの思いを忘れたくないと思ったのだ。
あの時の出会いと彼の言葉がなければ、今の緋色はいないのだ。
ただ漠然と生きて、決められた結婚に従う人生だっただろう。
それを忘れないために、婚約指輪を身につけていきたい。
その気持ちを泉にも伝えると、「わかったよ。」と言ってくれた。けれど、宝石をつけるのは止めたくなったらしく、後ろにつけるタイプをチョイスしていた。埋め込まれているので、作業の邪魔にもならないし、「手のひらを見るのは緋色ちゃんだけだしね。」と、泉はこのデザインを気に入ったようだった。
そして、2人はお揃いの宝石がついた結婚指輪を選んだのだ。
まだ完成はしていないので、結婚式の時に初めてつける事になるだろう。
緋色もその日が楽しみになっていた。
結婚式についても順調にスケジュールが決まり、結婚生活も不安も少なく過ごしていた。
けれど、仕事は相変わらず憂鬱だった。緋色はやりたいことも見つらなかったし、事故の事もあり休みがちになっていたため、新しい職場に転職をした。そこは望の会社と取引があるところで、父の力で入れてもらったような場所だった。そのため、社員からは煙たがれる事も多かった。
しかし、緋色の上司と愛音という先輩はとてもよくしてくれており、緋色は信頼をしていた。その2人に挙式に参列してくれないかと招待をすると、快く「おめでとう。ぜひ行かせてももらうよ。」と言ってくれた。
それが嬉しくて、少しずつ会社に行くのも嬉しくなっていた。
それに、もう1つ楽しみもある。
出勤の時は1人で会社に来ているが、退勤の時は時間が合えば泉が会社まで迎えに来てくれていた。有名人なので、目立つことはなるべくさけたいのか、車で迎えに来てくれる。
家に帰るよりも早く彼に会えるのが楽しみで、緋色は仕事を頑張れるようになっていた。
そんな順調な生活を過ごしていた、ある日の昼だった。
取引相手の会社に書類を届けるために、緋色は街中を歩いていた。仕事中あまり外に出ることはなかったので、お昼頃の夏の日差しにクラクラしてしまいそうになる。仕事中に日傘をさすわけにもいかず、炎天下の中、15分ほど歩いた。
汗が出てきてしまい、相手の会社に向かうまでには汗を抑えないといけない、と近くのファッションビルの化粧室で化粧直しをしながら涼んでいた。
しばらくして、汗もおさまり化粧も共に戻ったので、また外へと出ようとした時だった。
1階のカフェスペースで、見慣れた人を見つけたのだ。茶色のふわふわの髪に、整ったモデルのような容姿、そして宝石のような茶色の瞳。そんな彼が緋色がプレゼントし眼鏡をかけて、本を読んでいた。仕事中に偶然会えたのが嬉しくて、声を掛けようと店に近づいた時だった。
泉が何かに反応して、顔を上げた。そして、綺麗な表情でニッコリと微笑み手を振っていた。
すると、泉と同じぐらいの年齢の若い女の子泉に近づき頬を染めながら何かを話している。そして、泉も楽しそうに笑い、2人は向かい合って座っていた。
それはどこからどうみても恋人同士そのものだった。
「ねぇ、あそこにいるのって松雪選手じゃない!?」
「っっ!」
緋色の後ろから女性特有の高い声が聞こえた。その声で彼の名前が出てきたので、緋色はビクッとしてしまった。
どうやら、緋色と同じようにカフェにいる泉を見つけてしまったようだ。
「え………あー、本当だ!女の人といるけど、もしかして結婚相手かな。可愛い人だね。」
「確かに可愛いね。やっぱり松雪選手ほどのイケメンの奥さんは可愛い人なんだねー。」
「…………。」
噂話をしていた2人は、しばらく話し込んだ後に、すぐにビルに外に出てしまった。
泉はすぐに結婚した事を明かしていた。けれど、相手は一般人のため何も公開はされていない。そのために、その噂話をしていた2人が勘違いしてしまうのも仕方がない事だった。
自分は泉より年上で、容姿だって自信がない。けれど、目の前にいる女性はとてもキラキラしており、とびきりの可愛い笑顔で泉と話をしている。
緋色はそれが辛くて、その場から駆け足で去った。
すぐに、隣りの取引先の会社に向かい、エレベーターに乗る。そこにあった全身鏡に写る自分を見て、緋色は大きくため息をついた。
地味な服装に、ポニーテールにした真っ黒な髪。そして、31歳らしい少しやつれた顔。
「………やっぱり泉くんと釣り合うような人間じゃないよね。」
そう呟いて、鏡に写る自分を見つめた。
はーっと息を吐くと、少しだけ鏡曇った。自分の姿が見えなくなり、安心しつつもそれが切なくなる。
「泉くん………楽しそうだったな。………あれは誰なんだろう………。」
ポーンと静かな機械音が鳴る。
もう1つため息を残して、緋色はエレベータから降りたのだった。
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