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34話「妖精、捕まる」
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☆☆☆
冷たい。
力が出ない。
体が動かない。
けれど、目を開けなければならない。それはわかっているのに、体が言う事を聞かないのだ。
「あー、まだ寝てるのか。ハーフフェアリだからって、少し強いのにしすぎたかもな」
「セクーナ、この女を過大評価しすぎよ。ハーフフェアリになったばかりなんだから、知識も魔法もろくに使えないのよ。一発魔法をぶち込めばよかったのに」
「そんな事したら、最高級の売り物に傷がつくだろう」
「こんな普通の女が高値になるなんて。人間が考える事はよくわからなわ」
「それは俺も同じだよ」
男性の声と、女の子の声が耳元で聞こえる。
朱栞は、億劫だったけれど瞼をひらいた。
ゆっくりと起き上がると、その光景に驚き一気に眠気が冷めた。
朱栞は、大きな檻に入れられ、床に寝かされていたのだ。そして、足首には鎖つきの錠がつけられていたのだ。重く冷たい感触に、朱栞は一気に寒気を感じた。
「やっとお目覚めですか、ハーフフェアリ様」
「穂、穂純さん……」
「その名前で呼ばれるのは久しぶりだから、何だか嬉しいんだけど、慣れないな。シャレブレではセクーナって名前なんだ」
「セクーナ……」
アソルロ国王が教えてくれた通りの名前を口にする穂純は、別人のようだった。
ニンヤリとして、あまり綺麗ではない笑みは、どこか薄汚い印象を与え、そして朱栞を見る視線も重くぬるりとしたものだった。
「セクーナさん。やはり、ここで妖精の密売をしていたのですか?」
「だから、俺に会いに来たんだろう?始めから俺の正体を知っていたのに、近づてくるなんて相変わらず優しいな。やっぱりまだ俺の事が好きなの?あー、でもラファエル王子の婚約者なんだっけ?王子様にはやっぱり負けるか」
「……どうしてこんな事をするんですか?元の世界では立派に仕事をしていたのに、こんな犯罪を犯すなんて。シャレブレ国に来て、何かあったのですか?」
「やっぱり朱栞はまじめだな。そして、甘いよ」
「え……」
「だから、俺はそんなバカなお前が大好きで、そして虫唾が走るぐらいに大っ嫌いなんだよっ!」
汚いものを見るように蔑んだ視線で朱栞を見ながらそう言い捨てた穂純の表情は、朱栞が見た事がないものだった。それなのに、彼の表情はまるでそれが普段通りかのように、しっくりきていた。朱栞に見せていた顔は裏の顔だったのだ、と今になってやっとわかったのだ。
ずっと大好きで、片思いをし続けて見てきたはずなのに、本当の彼は知らなかったのだ。
「元の世界でもおまえの知らない所で、こんな事をしてたよ。寄ってくる女はとりあえず、付き合って味見をして、あとは飽きたら捨てる。珍しい女も好きだったよ。外人とかハーフとか、趣味が変わってる女もね。うるさくなったら、薬でも飲ませればおとなしくなるしな。酒と女と金は、男のたしなみだ。大分楽しんだけど。まー……飽きてくるわな。だから、この異世界の誘いがあったときは、本当に幸運だと思ったな。そして、記憶がなくなるかもしれない、という大博打にも勝った時は、やっぱり俺はもってる男だと思ったよ」
「どうして、私には近づかなかったんですか?」
「それはそうだろう?仕事で利用した方がいいと思ったからだよ。まぁ、もう少し元の世界にいたら、そろそろお前を好きだと口説いて、いろんな事を教えて込んで俺の虜にした所を、ずたずたにして捨てるのも面白いとは思ってたけどな。それは、心残りで残念だったな」
「……」
目の前の男は本当に穂純なのだろうか。
シャレブレ国に来て、性格が変わってしまったのではないか。そう思ってしまうほどの衝撃と悲しみが朱栞を襲った。この男を長い間愛し続けていたというのだろうか。
学生の時に優しくしてくれたのも、慰めて、一緒に勉強をしてくれたのも、全てが偽りだったのだろうか。彼の中で自分と一緒に居る事が楽しいと思ってくれてはいなかったのだろうか。
そんな小さな望みを自分に問いかけるが、どんなに考えても、穂純は役立つから傍に置いていたのだ、とわかってしまう。少しでもそんな思い出があるのならば、朱栞をこんな檻にいれるはずがないのだから。
「このシャレブレは最高だよ。本当に純粋でお気楽な奴らが多くて面白いんだ。犯罪も少ないから人を信じるんだよ。疑うことをしらない。だから、捕まった時の裏切られたと分かった時の表情がまた傑作なんだ。人間も妖精もバカばっかりだ」
「………やめてください」
「妖精のコレクターも少しずつ増えてきてな。目の色が違うものや、綺麗な髪、美しい容姿、そして体が大きいものはすぐに売れる。売れた妖精も幸せだろうな。可愛がられて、綺麗にされて、食事も出てくる。まぁ、ずっと檻の中で自由には飛べないだろうが、それもいい人生なのかもしれなだろう?」
「もう、やめてっ!そんな話聞きたくないっ!」
気づくと、朱栞は檻の中で大きな声を上げていた。叫び声にも似た声に、穂純も少し驚いた様子だった。けれど、それも一瞬ですぐに笑みに変わる。
「穂純さん。私は、ずっとあなたの事を好きでした。それは事実です。ですが、そんな話を聞いてまであなたを好きでいられずはずがないです。今の私には他の好きな人がいます。けれど、穂純さんはずっと憧れで大切な人だって思ってました。思っていたかったです。けれど、妖精たちを傷つけるならば、私は絶対にあなたを許さない。罪は償ってもらいます」
「そういう所だよ、おまえのつまらないところは」
「くっ!!」
檻の柵の間から、穂純の手が入ってくる、咄嗟によけようとしたが体が動かない。それが、穂純の契約妖精の魔法の力だとすぐにわかった。穂純は朱栞の髪を乱雑につかむと、そのまま強引に引っ張り朱栞の顔に自分の顔を寄せた。
「黙っていれば綺麗な顔をしているんだ。そんな暴言は吐くなよ」
「汚い言葉と顔を近づけないでください!」
「このっあまがっ!」
「っっ!!」
彼の拳が朱栞の頬を激しく打った。
朱栞の体は檻の反対側まで飛び、柵に強く背中を打ち、そのまま床に体が倒れ込んだ。
この檻の中はただでさえ力が出ないのに、痛めつけられてしまうと、体が思うように動かない。朱栞は地面を必死に爪を立てて動こうとするが、腕も足も動かない。
「あーあ。売り物に傷がついたんじゃないの?」
「うるさい、ラン。あとで適当に魔法で治しておけ」
「えー、私がやるのー?」
「俺は余計な魔力は使いたくないからな。このまま売り飛ばす予定だったが、やめた。俺、妖精は抱いたことないんだよな。ハーフフェアリなんて、今までいなかったんだろ?なら、1度味見してから売り出す事にした」
「っ!!」
「えー、それって値打ち下がるんじゃないの?」
「どうせ、あの王子に食われてるんだからいいだろう」
「まぁ、それもそうか。私はそういうの見る趣味ないからパスっ」
ランと呼ばれた妖精は手を振った後、パチンと光りを発して消えてしまう。
そして、穂純は懐から鍵を取り出すと、檻の錠を開けて中に入ってくる。
「や、やめて」
「俺の事、好きだったんだろう?大人しくしてたから、昔みたいに可愛がってやるよ」
「こないで、やめて」
「どうせ王子様はこれない。俺の契約妖精の魔法は、魔力を感知出来なくなる魔法。この新しい隠れ家全体に施しているから、俺の魔力もおまえの魔力も誰も気づかないんだよ」
「そんな……」
「さて、おしゃべりはおしまいだ」
朱栞の足に穂純が手を落とす。その瞬間、全身に鳥肌が立った。
あんなに好きだった穂純。彼から求められたら、なんて幸せなのだろう、とはしたないが夢に見た事だってあった。恋人同士になれたら、手を繋いで、抱きしめあって、キスをして、それ以上だって。そんな風に想像したことだってあった。
それなのに、今は涙が溢れてくる。
そして、呼ぶ名前は穂純ではない。
「ラファエル」
体も動かない。魔法も使えない。
気を失いそうな朱栞は何とかこらえながら、ここにはいない婚約者の名前を呼んだ。
それを聞いて、穂純はこの上なく楽しいと言った様子で、くくくっと笑い、朱栞の肌の上で手を動かし、反応を楽しんでいた。
こんな時間は早く終わってほしい。
朱栞は、強く目を閉じて堪える事しか出来なかった。
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