囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。

蝶野ともえ

文字の大きさ
3 / 41

2話「妖精、巨人と出会う」

しおりを挟む




   2話「妖精、巨人と出会う」




 「え………ここ、どこ……?何でこんな所にいるの………?」


 朱栞はキョロキョロと辺りを見渡した。
 足元はゴツゴツとした大きな石が多い土。そして周りには見たことがない大きな草と花に囲まれていた。花を見上げ、不思議な景色を見ているとまだ夢の中にいるようだった。けれど、土や花の自然の匂いや風が肌を撫でる感触は、とてもリアルで到底夢とは思えなかった。

 どうしていいのかわからずに、立ち上がり辺りをうろうろと歩く。が、なかなか景色は変わらない。それに自分より背丈が高い枝や葉を避けて歩かなければならず、体力を使う。


 「どうすればいいのかしら……」


 夢ならば早く目覚めて欲しいし、これが現実ならば……考えたくもないが、寝ているうちにどこかに誘拐でもされたのだろうか、と考え込む。パーティーで酔いすぎて、どこかの公園で寝てしまった?そんな風な考えて、ありえないと結論づける。本屋に寄ったり、本を読んで過ごしたことを鮮明に覚えているからだ。
 では、ここはどこなのか?結局はわからずじまいだ。


 「ふー……どうしよう」


 そう小さく息を吐いた時だった。
 朱栞の周りの風が揺れた。と、思った瞬間、自分の真上から声が降ってきたのだ。



 「╂┼‡¶▽、**┘!」



 知らない言葉だった。
 どこの言葉さえもわからない。ただ、流れが綺麗で穏やかな風のように、スッーっと馴染む音だった。
 朱栞はハッとして声がした頭上に視線を向けた。
 そしてそこに居た者を見た瞬間、目を見開いて大きな声を上げそうになった。
 そこには、見たこともない生物が宙に浮いていたのだ。白い肌に柔らそうな上等な布で出来た軽やかに揺れるワンピース。そこから出る手足はとても細い。太陽の光りを受けて輝く金色の髪はふわふわと揺れている。そして、目を引くのは背中から伸びる半透明の羽だ。トンボのような羽を大きくし、色は虹色を混ぜたような不思議なものだった。そこからは、小さな光りが瞬いては消えているように見える。顔は少しつり目だが長い睫毛やふっくらとした唇は、女性らしさを感じられた。朱栞と同じぐらいの大きさだが、朱栞はすぐにその者が何なのかがわかった。


 「妖精………!?」
 「………∥┐│┃」


 フィクションの物語に出てくる妖精と同じ姿をした者が目の前に居る。今まで生きてきて、本物の妖精を見たことがないのだ。驚かないわけがない。目を大きくするばかりで次の言葉も出ず、その場で固まってしまった。

 と、そんな朱栞に更なる追い討ちをかける事が起こった。


 「……っっ!?」


 タッタッと地面が少しずつ揺れたのだ。地震かと思ったが、それは間違えだとすぐにわかった。音が朱栞の方へ向かってきており、大きくなっているのだ。これは足音だ。
 軽い足取りで、スピードも早い。もう少しで朱栞までたどり着いてしまう。

 ガサガサと草花を掻き分ける音がして、朱栞は恐怖から全身に力が入り、肩を上げながらそちらを恐る恐る凝視した。


 「………あぁ……見つけた。俺の妖精」


 そう言って姿を表したのは、1人の異国風の男性だった。
 堀の深い顔は小さく整っており、瞳は浅瀬の海のように薄い水色。髪色は黒よりのダークブラウンで少し猫っ毛のふわふわしている。そして、妖精とは違い彼は言葉の言葉がわかる。それは日本語ではない。スペイン語だった。
 けれど、朱栞はそれどころではなかった。その男性はありえない姿をしていたのだ。男性の周りを飛んでいる妖精のように、背中に羽がはえているわけではない。
 彼は巨人のように大きいのだ。自分の何倍もあるだろう、高さに唖然と見上げるしかなかった。


 「ビックリさせてしまってごめん。この世界へようこそ。俺はずっと待っていたんだ」


 そう言うと、男はその場にしゃがみこみ朱栞の前に両手を置いた。男らしいゴツゴツとした白い手を皿のようにしている。そして、優しく「おいで」と、微笑んでいる。

 彼は誰なのか。そして、待っていたとはどういう事なのか。
 ここはどこなのか。

 彼に聞きたいことは沢山あった。
 けれど、言葉が出てこない。どうしていいのかわからないからだ。
 知らない場所に、知らない妖精や巨人。
 すでに朱栞の頭の中はパンクしてしまいそうだった。
 この差し伸べられた手に自分の小さな手を伸ばすべきなのか、逃げるべきなのか。それさえも判断出来ないのだ。混乱で選べないわけではない。
 全て、知らないことばかりで、決められないのだ。

 けれど、そんな思考がぐるぐると回っている頭でも、ある考えだけは浮かんできた。
 もしかしたら、という思いが頭を過ったのだ。


 「………こ、ここは………シャレブレですか?」


 緊張しすぎていたようで、喉はカラカラに渇いており、声は強張って震えてしまった。精一杯の声と慣れたスペイン語でしゃべったつもりだったけれど、小鳥のように小さな声になってしまっていた。こんなにも言葉を伝えるのに緊張してしまったのは、初めて秘書の仕事をした時以来だった。自分のつたない外国語は社会でも使えるのか。相手の反応を待つ時間はとても長く感じのを今でも覚えている。その日と同じ気持ちだった。
 目の前の大きな男は、目を大きくして驚いた様子だったが、すぐに安堵した表情へと変わった。


 「そうだよ。妖精の国、シャレブレに、ようこそ」


 彼の笑みと声音はとても穏やかで、朱栞を安心させるものだった。
 そして、自分の予想が当たっていたことに、朱栞は少しだけ安堵した。
 シャレブレは遠い世界であるはずだが、朱栞たち元の世界の人間達にとっては近い存在だった。誰でも1度は、どんな世界が広がっているのだろうか、と想像したことがあるはずだ。妖精と空を飛んだり、魔法を使ったり、魔獣を倒したり。
 そんな非現実的世界がシャレブレだった。


 その世界に自分が転移した。

 信じられない気持ちと共に、ある感情も湧き上がってくる。


 あの人がいるかもしれない。



 「異世界からきた君にいろいろな事を教えよう。心配もあるかもしれないが、大切に扱うと約束しよう。あぁ、こちらに来たばかりだから飛べないだろう?だから、俺の手に乗って」
 「え……飛べるって」
 「君の背中にある羽。君は妖精だよ、小さなお客様」
 「羽………え、嘘………」


 朱栞は恐る恐る後ろを振り向く。
 すると巨人の男が言ったように、先程の妖精と似た羽が背中から出ていたのだ。ただ先程のトンボのような羽とは違い、鳥の翼のような羽だった。白鳥と同じ白色の羽は、キラキラと光っている。本当に自分に羽がついているのか、と朱栞は背中を動かしながら確認したが、それはふわふわと揺れながら朱栞の後ろをついていく。重さは感じないが、やはり自分の背中に羽がついてしまっているようだ。
 どうやら、朱栞はシャレブレに転移し、妖精になってしまったようだ。


 「私、妖精になったの………?」
 「妖精に転移することは、今までなかった。君は特別なんだ」
 「………」
 「……と言っても、不安が多いだろう。だからその不安や疑問を俺が無くしてあげる。さあ、お手をどうぞ」


 
 周りに他の人は見当たらないし、近くには巨人の彼の他に言葉がわからない妖精しかいない。
 どうやら、目の前の彼に頼るしか方法はないようだ。

 朱栞は、ゆっくりと男の手に近づき、片足を乗せた。
 裸足だった朱栞の足裏から、男の温かい体温を感じられ、朱栞は現実なのだと思い知らされたのだった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...