溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を

蝶野ともえ

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ShortStory 3 「ヒーロー 後編」

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   ShortStory 3 「ヒーロー 後編」




 その日はこっそり午前中は学校をサボり公園でずっと話をしていた。
 椋は「どうして警察にこだわるんだ?」と聞いてきたので、遥斗が「ヒーローはいないのはわかってる。けど、ヒーローみたいな人を守るって言えば警察だろ?だから、警察になりたいんだ」と言うと、椋は笑いながら「単純な奴だな」と言った。


 怖い雰囲気は一転して、椋はとても笑う男だった。
 これが彼の素顔なのかもしれない。そう思うと、彼の秘密を知れたようで遥斗は嬉しかった。遠くから見ていたら気づかなかったけれど、椋の腕や首、頬などにはうっすらと傷があった。最近のものではなく、昔のものだろう。薄くなっているものが多いのできっと昔のものかもしれない。それをまじまじと見てしまったからか、椋は遥斗の視線に気づいて「気になるか?」と聞いてきた。遥斗はどう答えていいのかわからずに、正直に「うん」と返事をすると、椋は苦笑した。


 「………おまえは不思議だな。こんな俺に喧嘩以外でつきまとってくる奴はいなかった。大体は怖がるか、逃げるか。そして、喧嘩をふっかけてくるか、だな」
 「…………」
 「…………これは、親父にやられた怪我だよ」
 「え………親父ってお父さん?」
 「あぁ………」


 細い腕の傷を擦りながら椋は遠い目をしていた。それは、怒りでもあり、悲しみでもある。でもどこか寂しそうに見えた。


 「怒ると手がつけられなくて、よく殴られたり、タバコの火を押し付けられたりしてたよ。でも、若いから傷は綺麗になくなるから大丈夫だ」
 「………でも、痛かったでしょ?」
 

 自分の父親からそんな事をされる。
 遥斗にとって衝撃的な事だった。そんな事をする親がいるのだ初めて知った瞬間だった。だが、椋が嘘をつくとは思えなかったし、何より傷跡が生々しく残っているのだ。
 想像するだけで、痛くて、胸がちくりと痛み涙が浮かんでくる。何故自分が泣きそうなのかわからなかった。そんな遥斗を見て、椋は小さく笑った。


 「何で、おまえがそんな顔するんだよ……」
 「だって………椋は悪い事でもしたの?だから怒られたの?」
 「食べ方が汚いとか、テストが満点じゃないとか。目付きが悪いとか酒がないとか……まぁいろいろ。反抗したこともあるから、俺が悪かったのかもな」
 「だからって、叩いちゃだめだよ!」


 椋の話を聞いていて、遥斗は思わず立ち上がって大声を出していた。そんな遥斗を驚いた顔をして見た後に、椋は優しい顔で笑った。


 「…………おまえは本当に警察みたいだな」
 「椋さん………」
 「………俺を叩いたり蹴ったりする時の親父は笑ってたんだ。とても楽しそうだった………その意味が知りたかった。だから、楽しそうに喧嘩をする奴を見ると、相手してた」


 父親に手を上げられ傷つけられた過去。
 父親の真意をしるために喧嘩をしていた椋。

 その気持ちを理解しようと思っても、それは出来ないと、遥斗は思った。
 遥斗は椋ではないし、それに椋を知らなすぎた。今、理解した気持ちで頷くのは違うと子どもながらに思った。


 「わかった?お父さんが叩いてた意味を」
 「わっかんないな。何も楽しくないし、むしろ痛いぐらいだ。虚無感しか残らない」


 だから、遥斗を殴ってしまった時に泣きそうな顔をしていたのだと遥斗はわかった。


 「ばかだよな。そんなのでわかるはずもないのに。………けど、親父はもう病死したから理由も聞けなかったんだ。過去の事に捕らわれながら過ごして、何が楽しいのかわからなくなってきた。って………おまえに話すことじゃないな」
 「何か目標があれば毎日が楽しくなるって母さんが言ってた。俺も楽しい!頑張ることたくさんあるから。だから……….、警察になろう!」
 

 難しい事はよくわからない。
 でも、椋が過去に辛い思いをしてそれをずっと抱えて生きていくよりも、楽しい事を想像して、さっきみたいに笑って生きてほしいと思った。それに、椋は無表情よりも笑顔が似合うと感じた。


 「………まぁ、考えておく」
 「本当っ!?一緒に目指しましょうね!」
 「だから、まだ考えてるだけだ!」


 そう言った椋の頬は少しだけ赤くなっていて、口元が緩んでいるのがわかり、遥斗も嬉しくなったのだった。




 それから、しばらくして遥斗は喧嘩をしなくなった。
 突っ掛けられる事もあったけれど、それも無視し、それでもしつこい奴らに対しては相手もせずに徹底的に逃げた。それを繰り返していくと、相手も飽きて椋を追ってこなくなったのだった。








 それから長い月日が流れた。



 「椋先輩!」
 「あぁ、遥斗か」
 「疲れました………ラーメン食べて帰りませんかー?」
 「またかよ………まぁ、いいけど」


 高確率でラーメンに誘う遥斗に苦笑しながら椋は帰り道を歩いた。
 
 2人は無事に警察官になった。
 椋は勉強もできたし、運動神経も抜群。そして、喧嘩も止めてからは無愛想ながらも優しいと評判で、警察にもすぐになれると言われていた。が、遥斗はかなり苦戦した。特に勉強は苦手だったので、椋に教えてもらうことが多く、なんとか警察官になれたのも、彼のおかげだろうと思っていた。

 今は、とある組織で潜入捜査していた。
 先に椋が入り込み、その後に遥斗が入ってきたので、変わらず「先輩」と呼んでも不自然ではなかった。初めはよそよそしく初対面風にしていたが、日数が経つうちに組織の仕事を共にこなすようにもなっていたので、仲良く接するようになってきた。だが、油断は禁物なので、あまりお互いには深く踏み込まないようにはしていた。が、組織から離れると少しだけ肩の力が抜けてしまうのだった。


 「あ、そう言えば……あの花屋の女の子。仲良くなったんですかー?」
 「………おまえ……」
 「まさか、俺が気づかないとでも?毎日あの道を通ってるんですよね?楽しみなんですよね?」
 「遥斗、うるさい」
 「否定しないところが、真面目ですよね」


 遥斗は笑いながら椋の顔を見ると、めんどくさそうに顔をしかめてはいるが、耳が少し赤くなっている。やはり気になっている女の子がいるようだった。


 「…………でも、この髪型とか服装何とかしてからですよね」
 「……………」


 ドラッグの組織に潜入しているため、今は少しチャラく見えるように金髪にしたり派手な格好をしているのだ。
 それを指摘すると、椋も同じように考えていたのだろう、無言で自分の服装を見つめていた。


 「付き合った報告してくださいね」
 「…………真面目に仕事しろ」
 「はーい」


 周りから見たら危ない2人組にしか見えないだろう。
 だが、椋と遥斗はヒーローになるという夢を叶えたのだ。晴れ晴れとした気持ちだ。
 今からどれだけの人を助けられるかはわからない。


 けれど、遥斗は椋と一緒ならば大丈夫だろう、そう思った。隣を歩く、少し無愛想な椋を見て、遥斗は微笑んだ。

 どんな時でも、遥斗にとって椋はヒーローなのだから。



              (おしまい)
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