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ShortStory 「花の笑顔」
しおりを挟むShort Story「花の笑顔」
「おはようございます。いってらっしゃい。」
そう声を掛けられた時、自分に挨拶されているのだとわからず、無視をしてしまった。けれど、顔を上げて声が聞こえた方を見ると、そこには若い女がこちらを見て微笑んでいた。
まだ20歳にもなっていないか、それぐらいの年齢で、ふんわりとした笑顔が可愛らしい女だった。きっと花の香りがするんだろうな、と椋は思った。
今更挨拶を返そうと思ってから、はっとした。今は金色の髪に黒のスーツ。少し色がはいったサングラスという格好で、見るからにヤバイ男の格好だった。椋は、警察官だったが今は潜入捜査で、ドラッグをばらまいている組織に所属しているのだ。そんな男が、挨拶をするはずもない。そう判断して、申し訳なく思いながら、女の挨拶を無視してその場から離れた。
けれど、それから椋はその女が気になるようになった。
どんな格好をしても、柄悪く下品に歩いていても、その女は「おはようございます。」と、店先を掃除をしたり、花の手入れをしながら挨拶をしてきた。何度、椋に無視されても諦めることはなかったのだ。
椋がその女を見ていると、いつも楽しそうに花を見つめ、微笑んでいた。きっと、彼女は花が大好きなんだ。そんな風に思うと、とても可愛らしいな、と思い頬を染めている自分がいた。
挨拶をしてくれるのは、自分だけではない。店先を歩く人には挨拶をしているのは知っていた。けれど、自分にもしてくれるということは、悪くは思っていないのか、などと考える日々が続いた。
それから毎日その店を通るのを楽しみになっていた。
そんなある日。
「おはようございます。」
「…………。」
いつものように彼女の前を素通りして歩く。心が痛みながらも、彼女の声を聞けただけでも嬉しくなる。それでいつもは終わるはずだった。
「あの、すみません。」
「え………。」
「今、うちの花の花粉がついてしまったみたいで袖に粉が………」
掛けていた女は、自分のエプロンのポケットからハンカチを取り出すと、ポンポンと黄色い粉がついたシャツを腕を払ってくれる。
「よかった………跡に残らなくて」
「悪かったかな。花は無事か?」
「あ、はい。心配していただき、ありがとうございます。その、花、お好きなんですか?」
「え………。」
「いつもこの店の前を通って見てくださるので。お好きなのかなって。いつか、ぜひゆっくり見に来てくださいね。」
そういうと、女は小さくお辞儀をして店へと駆けて行ってしまう。その時、ふわりと優しい香りがして、やっぱり彼女は花の香りがするんだと、初めて知った。
「………花じゃくて、君を見てたんだよ。」
その言葉は誰に伝えるでもなく、風にのってすぐに消えてしまう。
「先輩ー!何やってんすか?」
「ここで先輩って呼ぶな」
「あーそうでした。何か楽しそうですね。良いことありました?」
警察での後輩であり、共に潜入捜査をしている遥斗が声をかけてくる。短い髪を真っ赤にして、真っ黒なサングラスをかけている。2人が揃うと明らかに怪しいだろう。
けれど、そんな自分にも彼女は話を掛けてくれた。
「まーな。おまえには話さないけど」
「いいじゃないですか!教えてくださいよ!」
遥斗の声を無視して、椋はいつか花屋に買い物に行こう。そう決めたのだった。
(おしまい)
こんにちは。蝶野ともえです。
SSはいかがでしたでしょうか?
いつも物語を読んでいただき、ありがとうございます。
連載中の「嘘つき旦那様と初めての恋を何度でも」に、前作「溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を」に出てきたあの2人が登場しましたね。ぜひ、チェックしていただければと思います。
また、「溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を」は、沢山の感想をいただき、続編の希望を多数いただきました。そのため、連載しているものが終わり次第続編を書こうと思っています。こちらも、応援よろしくお願いいたします。今、いろいろと内容を考えているところですので、もう少しお待ちください。(プロローグのみ公開しております)
また、新しい事に挑戦したくR18してみたいと思います。性描写があるものが苦手な方もいるかと思いますので、その部分も飛ばせば今まで通りに読めるようにしたいと思っておりますので、ご安心ください。
ほとんど初挑戦なので不馴れな描写もあるかと思いますが、頑張りたいと思っておりますので、お手柔らかにお願いいたします!
初めて、SS(ショートストーリ)を載せてみました。他のサイトでは時々書いていましたが、楽しく執筆させていただきました。
「溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を」の花霞と椋が結婚をする前の物語です。
感想などありましたら、是非お願いいたします。
続編もがんばりますので、応援どうぞよろしくお願い致します。
蝶野 ともえ
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