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34話「守りたい」
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ラベンダー畑に向かった花霞は、近くの駅までタクシーに乗り、その後は電車を乗り継いだ。広い敷地の施設のようで、街からは離れた場所にあった。到着する頃には、夕方になりそうだったけれど、今は真夏だ。日が沈むのもゆっくりのため、広い場所でも探しやすいはずだ。
花霞は、電車に揺られながら、自分の考えが間違っていたらどうしよう、と考えていた。こんな街から離れたラベンダー畑で何か事件があるのだろうか。そんな不安に襲われながらも、自分の考えが正しいと思うしかなかった。
けれど、偶然ラベンダーの香りがして、それにより椋との事を思い出したのだ。きっと、これは良い方向に進んでいるはずで、ここに来ることは必然だったのだ。と、花霞は考えるようにした。
絶対にここで彼を見つけて、話をしよう。
そして、彼を守るのだ。
花霞は、電車の窓から見えるのどかな風景を見ながらそう心に決めた。
花霞が駅に降りると、すぐに花の香りがした。オイルとは違い、爽やかな香りの中にも甘い香りがするラベンダーの香り。もし、香りに色がついていたら、ピンクよりの紫色だろうな、と花霞は思った。
その香りが強くなる方を辿っていくと、ラベンダー畑の場所はすぐにわかった。
見頃とあって平日の夕方でも、人は多く居た。花霞のように1人の人は少なかったが、それでも見な写真を撮ったり、景色や香り、花の美しさを堪能しているようだった。
花好きの花霞も、ついついラベンダーに見惚れてしまいそうになりそうだったけれど、すぐに目的を思い出して、彼の姿を探すことに専念した。
ラベンダー畑は広大で、人1人探すのはとても大変なのがわかった。
けれど、地道に歩いて探す他考えは見つからなかった。
「よし。早く椋さんを見つけよう。」
花霞はラベンダー畑の入り口で、そう呟くと早足で紫の園に足を踏み入れたのだった。
その後は、ひたすら歩いて歩いて歩いた。
椋らしき男性の後ろ姿を見つければ必死に走り、様子を伺ってこっそり顔を見てはがっかりする。そんな事が何回も続いた。
1時間ほど歩くと、さすがに足ががくがくし、汗もかいてしまい、途中にあった木製のベンチで水を飲みながら休憩をした。今日は走ったり、歩いたりと、椋を探し回っていたからか、足がいつもより浮腫んでいるように感じた。だが、疲れは全く感じないのだ。
それよりも、早く椋を見つけたい。
その一心だった。
「あと少しで折り返し地点だけど………。最後までよく見た方がいいよね。」
少しずつ夕暮れになってきた赤い空を見つめながら、花霞は小さく息を吐いた。
ここまで歩いてきて、椋の姿は全く見当たらず、事件など起こりそうもないぐらいに平和な様子だった。どこまでも可憐な紫色の花がゆらゆらと揺れている綺麗な場所で本当に何かあるのだろうか。
起きませんように、と願うばかりだった。
先ほどは、椋の姿ばかり探してしまったけれど、今度は人がいないような目立たない場所を探そうと花霞は思った。
椋が追っているのは、きっと麻薬や違法ドラックなどの薬の関係のある人たちだと花霞は思っていた。ドラマや小説の知識しかないけれど、きっと何か取引などある場合は人混みよりも隠れての事が多いだろうと思ったのだ。目立たないようにわざと人混みに紛れる事もあるようだが、椋は「厄介な相手。」と書いていた。花霞はそれはきっと組織の中でも上位の者なのではないか。そう考えていたのだ。
だとすれば、人混みは避けるのではないかと思ったのだ。
「よし!休憩終わりっ。怪しいところを探そう。」
足を座っていた太ももをポンポンッと叩き、花霞はまた立ち上がって、椋を探し始めた。
しかし、簡単に見つかるはずもなく、花霞はまた1時間以上かけてラベンダー畑の入り口に戻ってきてしまった。辺りは少しずつ暗くなっている。
「完全に夜になる前に見つけなきゃ………。」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、花霞はある場所に目がいった。
そこにあったのは、広い駐車場だった。閉園時間も近いという事で、車の数も疎らだった。
「そっか………椋の車を探せばいいんだ。」
椋がここに来ているとすれば、彼の車があるはずだった。電車などで来ていなければ、この駐車場のどこかにあるはずなのだ。
そして、その車の近くで待っていれば彼に合える可能性も高くなると思ったのだ。
「何で思い付かなかったんだろ!探そう……。」
花霞はすぐに駐車場の中から彼と同じ車を探した。駐車している台数は多いが、探せない数ではない。順番に歩き周りながら、1台1台を確認して歩いた。すると、彼の車はあっけなく見つかったのだ。
「あった!!番号もあってる………。やっぱり考えはあってたんだ。」
やっとの事で椋に繋がる物を見つけて、花霞はつい笑顔になってしまう。ここまで来て良かった。やっと、椋に会える。話して、少しでも彼を守れるかもしれない。
そんな風に思えて、今すぐにでも会いたくなった。
しかし、車の中には人影がない。
彼はもちろん車内にはいなかった。
この車の近くで待っていようと、周りをキョロキョロと見渡した時だった。
ラベンダー畑から離れた場所にトラックが数台と黒い車が停まっていた。そこは、ラベンダー畑に輸送する業者用の出入り口付近なのか、大きいトラックなどが停められるスペースになっていた。
けれど、そこに1台の黒塗りの高級車。
その場所にあるのはとても不自然に感じられた。
花霞は気になってしまい、そちらを見つめていた時だった。
車から数人の男が出てきた。すると、トラックからも2人ぐらいの男が出てきて何かを話していた。
花霞はどくんっと鼓動が高くなった。
何故だかわからない。けれど、彼らはきっと良くないことをしている。そんな気がして、花霞は車の影に隠れながら、その様子を確認していた。
すると、トラックから小さな段ボールが数台運び込まれ高級車に積まれていく。
それを見ていた時だった。
ラベンダー畑の方から1人の男性がゆっくりと彼らに近づいていくのが見えた。
黒髪に白シャツ。黒っぽいパンツを着た細身の男性。
椋だ。
「椋…………!」
花霞は、声を漏らし彼を見つめた。
椋は真剣な表情で、高級車から出てきた男を見つめていた。そして、手には黒い物を持って、体を低くして歩いていく。
花霞にはそれが拳銃なのだとすぐにわかった。
椋は、今から何をしようとしているのか。
花霞はそれを理解した瞬間、足が勝手に動いていた。花霞は椋と同じように体を低くして、車の影に隠れながら、彼に近づいた。
彼よりも走るのは遅かったかもしれない。
けれど、慎重に進んでいく彼にはきっと間に合うと思っていた。椋が行動をしてしまう前には。
ずっとこの時のために彼は動いてきた。
それなのに止めてしまってもいいのか。一瞬そんな考えも浮かんだ。けれど、椋は相手を殺した瞬間、自分も殺されてしまう結果を予想していたのだ。
椋が死んでしまう。目の前からいなくなってしまう。
それがわかっているのに、止めないわけにはいかなかった。
花霞は少しずつ椋に近づく。
近づくにつれて、椋の緊迫した表情がよく見えるようになってきた。
あぁ………椋だ。
目の前にはずっと会いたかった彼が居る。
大きな声を出せば、そして近づき手を伸ばせば彼の触れられる距離まで来ている。
それを実感した花霞の目には、涙が浮かんできた。
椋からの手紙を読んでから、もう彼には会えないのかと思っていた。
別れを告げられた日は、嫌われてしまったのかとも思っていた。
椋への想いが溢れて次々に涙が溢れ落ちた。
けれど、彼に触れるまでは足を止めるわけには行けないのだ。
キラリッと何かが光るのを感じ、花霞は一瞬視線をトラックや高級車が停まる方向へと向けた。
すると、どこかから来た車のライトがこちらに当たって何かに反射しているようだった。
それを見た瞬間、ヒュッと喉が鳴った。
静かに近づく椋の気配に気づいたのだろう。
高級車に乗っていた、数人のスーツの男が、椋の方向を見つめて、胸元から拳銃を取り出していたのだ。
花霞は「ダメ………ダメ………やめて…………。」と、小さな声が出る。そして、必死に腕を伸ばして、椋の元へと必死に駆け出した。
それで撃たないで。
椋を殺さないで。
椋は近づく花霞に気づかずに、憎しみの強く鋭い視線を恰幅の良い男に向けている。
「ひぃやまぁぁっっーーーっっ!!」
怒声が聞こえた。
それは、低く震える声で、花霞は椋が発した叫び声だと気づくのに遅くなったほど彼の怒りがこもっているものだった。
檜山と呼ばれた男は、そこでやっと椋の存在に気づいたようで、怒りながら拳銃を向けている椋を見ても、ただ面白い物を見るようにニヤリと笑うだけだった。
それもそのはず。檜山の前に盾になるボディーガードが数人立っており、拳銃が当たる心配もないと思っているのだろう。しかも、そのボディーガードは全員が拳銃をすでに構えていた。
誰が見ても、椋が撃たれてしまうとわかる状況だった。
もちろん、花霞も同じだ。
けれど、花霞は諦めなかった。
必死に彼に向かって駆けて行き、花霞は彼の名前を呼ばずに彼の正面を覆うように抱きついた。彼が花霞に気づいて視線を逸らしてしまえば、隙をついて相手に撃たれてしまうと思ったのだ。
彼の香りを感じたと同時に、パァンッという乾いた音が鳴った。
音が耳に届いた後は、花霞が感じたのは体への衝撃と刺すような鋭い痛みだった。
その後も、パァンッパァンッ!と銃声が鳴っていたけれど、花霞の耳には届かなかった。
「………か、花霞ちゃん………。」
懐かしい声で、自分の名前を呼ばれている。
それがたまらなく嬉しいはずなのに、花霞は彼を抱きしめる手に力が入らなくなり、ずるずると倒れそうになる。
それを椋が支えてくれる。
「椋さん………やっと会えた………。」
「なんで、なんで君が…………どうして、君がここにいるんだ…………。」
椋に会えて嬉しいはずなのに、痛みからかフラフラしてしまう。けれど、必死に微笑んで椋に向けて言葉を紡いだ。
「ま、もりたか……たから………。」
「………っっ………。」
「生きて………ほし………。」
折角、椋を守れたと言うのに、何故か彼は泣きそうな顔をしている。
花霞はどうしたの?と聞きたかったけれど、言葉が出てこない。まるで、しゃべり方を忘れてしまったかのように口を開けても、声が出なかった。
その内に、急激に眠気が襲ってきた。
ゆっくりと瞼が重くなり自然と閉じていく。
最後に見た彼は、今にも泣き出してしまいそうな顔だった。
椋の笑顔が見たい。
そんな事を思い、椋が何度も自分を呼んでいるような気もしたけれど、花霞はそのまま意識を飛ばしてしまったのだった。
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