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26話「嵐の前の2人の時間」

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   26話「嵐の前の2人の時間」






   ☆☆☆



 あの日から、椋は今までと変わる事なく、花霞と過ごしていた。
 椋は変わらず花霞に優しくしてくれ、日々笑顔で話してくれる。そんな彼と過ごしているうちに、花霞も同じように接していたが、やはり気になる事は多かった。そして、不安なことも。


 椋が花霞が知らないところで、何をしているのか。
 そして、あと2ヶ月ほどになってしまった期間限定の結婚は、どうなるのか。
 それが不安で仕方がなかった。


 彼と結婚を決めた時には、期間限定で半年後には離婚して離れてもいいと言われたのだ。
 けれど、今の花霞はもちろんそんなつもりはなかった。彼が好きであり、ずっと一緒に過ごして欲しいと願っていた。
 それに、椋も同じ気持ちでいてくれると思っているけれど、彼のちょっとした言葉から、終わりにしようとしてるような気がしてしまっていたのだ。


 彼に聞いてしまえば、すぐに解決する話かもしれない。
 けれど、それを伝えたときの椋の返事が怖くて、花霞はそれを聞くことが出来なかった。



 心の中では不安だったけれど、日常では穏やかな日々が続いていた。
 長かった梅雨が開けてから、夏らしい暑さが続くようになっていた。
 そんなある日。椋と花霞の休みがなかなか合わない事が続いていたが、久々に近々彼と、1日中過ごせる日が決まったのだ。

 それから、花霞はどこに行こうかと、ずっと考えていた。椋には「好きなところに連れていくよ。」と言ってもらえたので、花霞はどんな所へ訪れようか、真剣に探していた。

 
 「んー………やっぱり、お花を見に行きたいかな。今は沢山の花が見頃だし。」
 「そうか。どんな花なんだ?」
 「えっと、定番のヒマワリに、サルスベリ、ダリア、まだバラも見頃かな。ハスもあるし、ラベンダーもあるよ。」
 「花霞ちゃんは、本当に花の事、詳しいね。」
 「うん!大好きだから。」
 「じゃあ、近くで何かあるか探してみるか。」
 

 ソファでくつろぎながら、2人でスマホを使ってイベントを探していった。
 忙しい日々が多い椋だったので、こうやって2人でゆっくり出来る時間が堪らなく幸せで、花霞は甘えてしまう。
 彼は自分を受け入れてくれる。それを実感できる安心感が心地よくて、そんな彼がとても愛しくて、花霞は彼の肩に頭をのせて、くっついて過ごしていた。そうすることで、彼の鼓動や体温、そして匂いで椋を直接感じることが出来るのだ。


 「あ、ラベンダー畑があるよ!よくアロマでも使ってるし、行ってみたいかも。」
 「………ラベンダー畑か。…………あぁ、このハスの花も綺麗だな。これは花屋にもないから珍しいんじゃないか?」
 「確かにそうかも。ハスの花、見に行ったことないなー。」
 「じゃあ、ここにしようか。」
 「うん、行きたい!」


 花霞は彼のスマホ画面に移るハスの花の写真を見つめた。水面の上の浮かぶ白と黄色やピンクが鮮やかなハス。水辺にあるため、夏に鑑賞するにはピッタリの場所かもしれない。

 花霞はそこへ訪れるのを今から楽しみにしていた。


 「あ、椋さん。ここはアジサイも………。」


 椋のスマホに触れようとした時だった。突然、画面が切り替わり、ブルルルっと震えた。画面は通話画面になった。
 相手の名前の表示はなく、電話番号も非通知になっていた。


 「悪い、たぶん急用だ。」
 「うん………。」


 花霞は、持っていた彼のスマホを手渡すと、先ほどの笑顔ではなく笑みのない真剣な表情の彼は、リビングから出ていってしまった。廊下に出ると、誰かと話す彼の声が聞こえてきた。
その後、バタンッとドアがしまる音がした。きっと、椋が書斎に入ったのだろう。

 花霞はそれを、リビングから見えるはずもないけれど、椋の書斎がある方をじっと見つめた。そして、突然なくなって彼の熱に、寂しさを感じていた。


 「せっかく2人で過ごしてたのにな…………。椋さん、早く戻ってくるかな?」


 花霞はスマホの画面をスクロールしながら、先ほど椋のスマホで見ていたハス園の事を検索して見て待つことにした。
 花の写真が次々とうつし出されると、花霞の心は落ち着いた。
 そして、この場所を椋と2人で訪れ、手を繋いでゆっくりと話しをしながら花を見る。そんな事を想像しては自然と笑みがこぼれてしまった。


 すると、バタンッとまたドアが開く音がしたので、花霞は彼が戻ってくると思い、ソファから立ち上がって、パタパタと廊下の方へ向かった。


 「椋さん、これなんだけど………。あ………。」


 しかし、戻ってきた椋は手に鞄を持ち、先ほどまで着ていた部屋着ではなく、出掛ける格好をしていたのだ。


 「出掛けるの?」
 「あぁ……急用が入ったんだ。今から出掛けてくる。」
 「………わかった。気を付けてね。」
 「花霞ちゃんも。誰か来てもドアを開けちゃだめだよ。」
 「大丈夫だよ。子どもじゃないんだから。」
 

 心配する椋を見て、花霞はクスクスと笑ってしまう。けれど、心の中では「夜中にどこか行くなんて、心配。」「寂しいな……。」と思いながらも、彼を笑顔で見送ろうと思っていた。
 
 けれど、久々の2人でゆっくりする時間だったからなのか、花霞は離れたくない、と強く願ってしまっていた。
 仕事で会えたい日もあるというのに、不思議な感覚だった。

 
 そんな気持ちに気づいたのか、椋は花霞の顔を見つめてニッコリと微笑んだ。


 「花霞ちゃん。この結婚指輪もそうだけど、もらった赤い宝石を見るたびに、何だか花霞ちゃんが見てくれてるみたいで、お守りみたいにしてるんだ。」


 そう言うと、シャツの下に着けていた小さなリング付きのネックレスを見せてくれた。
 花霞がずっと昔から使っていたリング。それが彼を守っている。
 椋に言われた言葉は、花霞にとってとても嬉しいものだった。


 「お守りがあるから、俺は大丈夫だから。心配しないで。それに、次のデートも決まったし、それを楽しみにしてて。」
 「………はい。」

 
 椋の言葉は嬉しいものだったけれど、それでもモヤモヤした気持ちは拭いきれなかった。


 「いってきます。」
 「………いってらっしゃい。」


 椋から挨拶のキスをされ、彼は真っ暗な夜へと消えるようにドアから出ていってしまった。



 花霞は、結婚指輪を包むように左手を右手で包んで、祈るように目を閉じた。
 椋が無事に帰ってきてくれますように、と。


 


 この時から、事態が激しく動き出すとは花霞は知るよしもなかった。
 
 

 
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