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20話「嘘と冷たい言葉」
しおりを挟む20話「嘘と冷たい言葉」
★★★
花霞には驚かされてばかりだな。
そんな風に椋は思った。
花霞が仕事を休んだ日。
椋は仕事に行くと言いながら、書斎に籠っていた。彼女の体調が心配だった事もあるが、今日は自宅でやる事が出来たのだ。
椋は先ほどからその作業をしようとするが、昨日の出来事が頭によぎる。
もちろん、花霞に「好き。」だと言われ、初めて繋がった夜。椋は初めて感じる幸福感と快感に襲われた。こんな満たされた気持ちになることなどあるのだろうか、と思えるぐらいに幸せな一夜だった。
彼女のはにかむ顔や、嬉しそうにキスを求める顔を思い出すだけで、思わず微笑んでしまう。
けれど、それと同時に違う感情も覚えるのだ。それは、彼女との夜よりも前の出来事だ。
彼女の手料理を楽しみにして、仕事を急いで終わらせて帰宅したあの日。
帰ってみると、家の中は真っ暗だった。しばらく待ってみても彼女が帰ってくる事もなく、連絡もない。
いつも帰宅する時間よりも大分遅くなっていた。
椋は心配なり何度か携帯に電話したが繋がる事はなかった。焦る気持ちを抑えながら、椋は花霞の職場である花屋にも連絡してみたが、営業外のためそちらも繋がらなかった。
「花霞ちゃん………何かあったのか………?」
椋は悪い方ばかりに思い浮かんでしまい、すぐにでも闇雲にも探そうとも考えた。けれど、あと1度だけ、彼女に連絡し繋がらなかったら、考えた上で出掛けよう。冷静になれるよう大きく息を吐き出した。
祈る思いで、彼女のスマホに通知をすると、奇跡的に花霞に繋がった。
椋は驚きながらも、すぐに彼女に声を掛けた。
「花霞ちゃん!?よかった繋がって………。」
電話口から反応はない。
聞こえるのは、強い雨音ばかりだった。
「仕事が早く終わって帰ったら家に君が居なくて。いつまでも帰ってこないから心配していたんだ。」
彼女が返事をしてくれるように、早口で話を掛け続けた。椋の焦りは不安を感じる毎に大きくなっていく。
「花霞ちゃん……?どうした?何かあったのか………。お願いだ、返事をしてくれ。」
自分の声だけが虚しく響く。
やはり何かあったのだ。彼女の様子はおかしい。それに、電話口の相手は彼女ではないかもしれない。
様々な憶測が頭を飛び交い、椋は顔をしかめて手を強く握りしめた。
やはり、何の考えもなく探さなければいけないのか。最悪の場合、警察に……と考えた時だった。
「椋さん………。」というか細い声が聞こえた。
名前を呼ばれただけでわかる。
今、花霞は泣いている。
一気に頭に血が上り、椋は彼女の居る場所へと急ぎたかった。けれど、それは叶わない。
自分にはまだ彼女に聞かないといけない事があるのだ。
「花霞ちゃん………大丈夫?何かあったの?今は一人………?」
『椋さん、………ごめんなさい………私………。』
あぁ、花霞は泣いている。悲しんでいる。それとも苦しんでいるのだろうか。
けれど、声と息使いだけで彼女の顔が雲っているのがわかる。
助けにいきたい。早く、彼女を抱きしめなければ。
そこから先は自分でもよく覚えていない。
彼女が話した「職場の駅近くの公園」という言葉だけを頼りに、椋は車を走らせた。仕事柄土地勘はある方だ。椋は頭の中で何ヵ所かピックアップして、手当たり次第に探した。大きな公園から小規模なところまで、覚えている限り探し回った。
雨足はどんどん強くなっていた。梅雨入りも間近だという時期。今夜雨が止むことはないようだった。
そんな中、彼女は公園で何をしているのだろうか?
何があったのだろうか。
焦燥し、動揺しながら彼女の姿を探した。
すると、何ヵ所目か公園で一人の人影が見えた。運転中、雨音の他に何か聞こえた気がしたが、今はそれよりも目の前の彼女の元へ向かいたかった。椋はすぐに車から飛び出し傘を指して彼女の元へと向かった。
大分雨が強かったのか、足元はぬかるみ水溜まりが沢山出来ていた。
泥や雨にも構わずに椋は彼女の元へと駆けた。近づくにつれ、少しずつ彼女の姿が外灯の明かりで見えるようになってきた。
そこに居たのはやはり花霞だった。
全身ずぶ濡れになり、目を腫らしながら呆然としていた。手にはスマホと何かを握りしめているようだった。
焦り花霞の話しを聞こうとしたが、彼女が小刻みに震えているのが気づいて、椋はハッとした。事情を聞くよりも彼女の体調が第一だと気づいたのだ。自分の落ち度を反省しながら、花霞を連れて急いで自宅へと戻ったのだ。
彼女が落ち着いてから詳しい話しを聞いた時は、彼女の前では冷静を装っていたが、心の中では元彼氏の玲という男に対して激しい憎悪を抱いていた。今すぐにでも、玲という男を見つけ出して、殴ってしまいたかった。
けれど、目の前には愛しい彼女が泣いているのだ。傷つけられボロボロになっている。
そんな彼女の前で、怒ったり、置いていったりすることなど出来なかった。今は、花霞の傍に寄り添っていたかった。
そんなにも傷ついているのに、彼女は自分の気持ちを教えてくれた。悲しみを伝えてくれて、自分を求めてくれた。
それが堪らなく愛しく思えた。
契約結婚をしたはずなのに、どうしてこんなに夢中になっているのか。理由などわかっている。けれど、今は忘れなければいけない。これは、どんなに好きになっても期間限定の恋なのだから。
「…………想うだけならずっと続く、か…………。」
椋は、書斎の椅子に座り、はぁーーっと息を吐いた。
椋は頭の中でしっかりと覚えていた住所を、1台のパソコンを使って検索する。すると、すぐにその周辺の地図と画像が表示される。本当に便利な世の中になったと思う反面、怖いなとも思う。知らない間に自宅が撮影されており、全世界へと配信されているのだ。
それを便利と思うこともあるが、怖いと思う瞬間も多いはずだった。
「まぁ、今はかなり助かっているけどな。」
呟きながら、その小さなアパートの画像を見つめてる。
袋小路にある少し古びたアパートだ。知らない土地だったため、調べていたがここに少し前まで彼女が住んでいたのかと思うと不思議だった。
椋が調べていた住所。
それは、花霞が椋と住む前に、元彼氏である玲という男と同棲していたアパートがある住所だった。
花霞と結婚するにあたり、住所変更をした時の書類を椋は確認していた。職業柄、1度みた住所などは頭に自然と入り覚えていられる。
何もないといい。
覚え損になれば、その方がいいのだ。
そう思っていたが、その考えは悪い方へ行ってしまった。
「覚えていてよかった、になってしまったか。」
そして、引き出しから1枚の写真を取り出した。そこには、1人の男が写ってきた。ボサボサの茶髪に目付きの悪い男だ。パチンコをしているようで、不機嫌そうに前の台を見つめている。
椋はその男を睨み付けながら、机の上に写真を投げた。
「………さて。この男には、報いを受けてもらわなきゃいけないな。」
妙に優しい口調だったけれど、その表情は全く微笑んではいなかった。
冷たく温度がない言葉だった。
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