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14話「心配事と夕飯の献立」
しおりを挟む14話「心配事と夕飯の献立」
☆☆☆
椋との生活は何事もなく平穏に続いていた。
誕生日以来、彼が不穏な事を話すことはなく、いつも花霞を笑顔にさせてくれていた。
ウェディングドレスで写真を撮ったものを出来上がり、2人で写真立てを選んで寝室に飾ったり、出来上がったフォトブックを見ては、幸せを共有していた。
椋は多忙になり夜遅くまで仕事になる事も多くなり、すれ違いが続くこともあった。
けれど、花霞の休みに会わせてくれたり、わざわざ職場に迎えに来てくれたりと、椋は花霞に会うために工夫してくれていた。
どんなに忙しくても2人で話をしたり食事をしたりするおかげで、喧嘩する事もほとんどなかった。もし、してしまったとしても「その時間が勿体無い」と、椋も花霞は思っているせいか、すぐに話して解決するようにしていたのだ。
彼と出会って2ヶ月が過ぎようとしていたこの1週間も、2人はすれ違いの日々を過ごしていた。
花霞は大型連休なので、職場がいつもより忙しく、朝早く夜遅い生活だった。
椋は、最近は朝は遅いが、帰りは日付が変わって夜が深くなる頃が多くなっていた。
朝、早くに目覚ましを止め、花霞が目覚めると隣には椋がいた。昨日は朝方に帰って来たのは知っていた。そして、先ほどまで自身の書斎で何かをしており、花霞が起きる時間の少し前まで椋は起きていた。さすがに寝ているだろうと花霞がゆっくりとベットから離れようとした。
「おはよう。今日も早いね。」
「………椋さん。ごめんなさい、起こしてしまって。」
「いや、俺はほとんど寝ないから。簡単な朝食作ってあるから食べて行って。お弁当は冷蔵庫にサンドイッチが入ってるよ。」
椋は腕を伸ばして花霞の顔を引き寄せてキスをした。毎日欠かさない「おはよう」の挨拶。
一緒に朝食は食べなくても、彼は夜のうちに朝食や弁当を用意し、そして花霞が起きる時間には1度ベットから起きていた。
どんなに忙しくても椋の生活は変わることはなかった。
そう、椋はほとんど寝ていないのだ。
さすがに、夜遅い日が続いているためベットに横になり彼の寝顔を見る日は続いていた。けれど、こうして花霞が起きたり、ベット戻る度に椋は目を覚ましていた。
「椋さん、忙しいんだから料理は私がするよ。」
「花霞ちゃんだって、忙しいでしょ?」
「椋さんよりは忙しくないよ。体を休めないと倒れちゃうよ………。」
「大丈夫だよ。体、鍛えてるし。それに、寝れないしね。」
「…………心配なの。椋さんが倒れたら、私どうしたらいいか………。」
花霞は、ギュッとシーツを握りしめた。
椋が倒れてしまったら、彼に何かあったら……そう考えるだけで、不安で仕方がなかった。
自分の隣には椋が居てくれる。
それが当たり前になっているのだ。
たった2ヶ月前に出会ったばかりだというのに、彼の存在は花霞の中でとても大きなものになっているのだ。
泣きそうになって俯く花霞を見て、椋は困った顔を浮かべながら花霞を見つめた。
そして、椋がプレゼントとした結婚指輪がはめられている花霞の左手を、椋は優しく握りしめた。
「今から少し休むから安心して。それに、今日はいつもよりは早く帰ってこれる予定なんだ。………と、言っても夕方は難しいから、日付が変わる前には、だけどね。」
「………本当に?」
「あぁ………今日は休ませて貰うから、花霞ちゃんに夕食をお願いしてもいいかな?花霞ちゃんの手料理が食べたいな。」
きっと彼は花霞が家を出てすぐにベットから出て仕事に行くだろう。
夕飯を作る時間も作れたはずだ。
けれど、彼が強く花霞の手を握って微笑むのを見て、花霞は椋の言葉を信じるしかなかった。
「………うん。夕御飯、楽しみにしててね。」
花霞は力なく微笑みながら、そう答える事しか出来なかったのだ。
「んー、不眠症かー………。」
花霞は職場の休憩中に、栞に相談をしていた。その内容はもちろん椋が夜眠れないことについてだった。
「ラベンダーの香りに安眠効果があるって言うのは聞いたことあるんだけど。栞は他に何か知らない?」
「私も同じような事しかしらないなー。私は眠れないことなんてないもん。」
「………私も仕事で疲れたら、すぐ熟睡出来るから………考えた事なんてなかったんだよね。」
「そうだよね………。でも、心配だね。そんなに寝ないで仕事をしてるなんて。………警察ってそんなに忙しいんだ。」
「うん………。」
栞が言うように、警察とはこんなにも忙しいものなのだと、花霞は知らなかったので彼と結婚して驚いてしまった。
きっと、椋は帰ってきてからも仕事をしているのだろう、と花霞は思っていた。
自分が決して入ってはいけない椋の部屋は、仕事の重要な書類などがあるからだと、花霞は思うようにしていた。
彼が秘密にしている事を知るのが怖く、そんな風に思って心を落ち着かせておかないと、椋がどんな事をしているのか、気になって仕方がなくなってしまいそうだからだ。
「花霞?大丈夫……?ボーッとしてるけど………。」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて。」
「花霞もあんまり心配しすぎないようにね。不眠症については、ネットとか本とかで調べてみるといいかもね。私も、調べてみるわ。」
「ありがとう、栞。私も、帰る前に本屋に寄って調べてみるよ。」
「あら。今日は、夕御飯を作るから早く帰るんじゃないの?」
「あ………そうだった。」
椋の心配ばかりしていて、花霞は重要な事を忘れてしまっていた。
今日は久しぶりに椋に料理を振る舞うのだ。何度か作ったことはあったけれど、大半は椋が作ってくれていた。
彼は趣味だからと言っていたけれど、とても上手く、花霞はいつも「おいしい、おいしい!」と、言いながら椋の料理を食べていた。レストラン顔負けの味、そして綺麗な盛り付けで、結婚したばかりの頃は驚きの連続だった。
「やっぱりここは定番の肉じゃが?」
「椋さん、和食が1番自信あるって言ってて…………。失敗できないんだよね……。」
「和食が美味しいって、すごいわね。」
「そうなんだよね………だから、無難にハンバーグにしようかと思ってるよ。大根おろしを添えての和風ハンバーグ。って、和食かな………?」
「いいんじゃない。それだったら、野菜スープにサラダ、ご飯。うん、おいしそう!」
「よかった。じゃあ、そうしようかな。」
病気の相談をしていたはずが、いつの間にか料理の話になっていた。けれど、メニューを迷っていたので、親友に「美味しそうだね。」と言われると、何だか安心してしまう。
花霞は、今日は、本屋に寄って帰るのを止めて、スーパーに駆け込んで食材を買い込んで、料理に集中しようと決めた。
花霞が作った料理を食べて、「おいしいよ。」と、微笑んでくれる椋の笑顔を想像するだけで、花霞は顔がニヤけてしまう。
椋に負けないぐらい、おいしいご飯を作ろうと、花霞は昼間から意気込んでいた。
「お疲れ様でした。お先に失礼しますっ!」
「お疲れ様ー。花霞、頑張ってねー。」
「ありがとう!」
仕事をしがら声援を贈ってくれる栞に手を振って、花霞は職場を後にした。
いつもより早足で最寄りの駅まで向かう。
頭の中には、これからスーパーで買うものを考えていた。時間があったらデザートを作ろうとも考えていた。甘さ控えめのガトーショコラなら男の人でも喜んで貰えるだろうか。
そんな事を考えて、また一人で微笑んでしまっていた。
いつも仕事帰りはヘトヘトになって帰る道のりも、今日は体が軽く感じており、花霞は小走りで駅の改札を抜けようとした。
「花霞。」
「…………ぇ……………。」
ざわざわとした人混みの中。
とても小さな声だったのに、はっきりと自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そして、花霞はその声を知っていた。
ドクンドクンッと、鼓動が強くなる。
その場から逃げてしまいたい衝動にかられたけれど、その声の主がゆっくりと近づいてくるのがわかり、花霞は体が固まってしまった。
ゆっくりと視線をあげて、花霞の名前を呼んだ人の方を恐る恐る見つめた。
そこにはボサボサの茶髪に、タイトなTシャツに黒のジャケット、穴の空いたジーパンを履いた、目つきの悪い男が立っていた。
「………玲………。」
震えてしまいそうな声をなんとか堪えて、小さな声で花霞がその男の声を呼ぶ。
すると、玲はニヤリと笑って、「久しぶりだな。」と微笑み花霞に近づいたのだった。
花霞の頭の中には、もう夕飯の買い出しの事など何一つ考えられるはずもなかった。
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