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9話「花束と街」

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   9話「花束と街」






 栞と椋は、レジ前のカウンターにコーヒーを置いて、まるでカフェで休憩しているような光景だった。


 「旦那さん、待っててくれたんだよー。」
 「急に来てごめん。仕事が早く終わったから、迎えにきたんだ。」
 「………椋さん。ビックリした……。」


 花霞は2人に近づくと、椋はニッコリと笑った。


 「栞さんにも挨拶したかったから。保証人にもなっていただいただろ?」
 「わざわざありがとうございます。お土産までいただいたのよ。花霞も、ありがとう。」
 「そうだったんだ。」
 「いろいろ聞いたわよ。椋さんからも、惚気話を聞いちゃったわ。」
 「え!?」
 「も、って事は、花霞さんも話してたんですか?気になるなー!」
 「だ、だめだよ!内緒っ!」


 栞に問い詰めようとする椋を止めると、栞も「えー。話したかったのに。」と、笑った。
 花霞がいない時間も、2人は仲良くしていたようで安心した。


 「花霞はもう上がりの時間でしょ?後は私がやっておくから。今日は椋さんが迎えに来てくれたんだから、帰って。」
 「でも…………。」


 今日は、花霞と栞だけで仕事を回す日だ。そんな時はいつも閉店まで残業をしていたのだ。けれど、栞は「大丈夫よ。今日のピークは終わったから。」と、言って、さっさと花霞のエプロンの紐を取ってしまう。


 「わかった。じゃあ、お言葉に甘えて帰らせてもらうね。ありがとう、栞。」
 「いいのよ。……………椋さん、いい人じゃない。話して安心したわ。花霞が惚れちゃうのも納得だわ。それに、本当にかっこいいじゃない。」
 「えっ…………。」


 栞は小さな声で耳元でそういうと、クスクスッと笑った。花霞はこっそりと椋を見つめるが、彼は店内の花を見て歩いていた。
 椋には聞こえてないとわかり、花霞はホッとした。

 栞が椋と話をしていたのを聞いて、花霞は内心ドキドキしたが、栞も認めてくれたようで安心した。
 サバサバしている彼女と椋は、きっと性格が似ているだろうな、と思っていたけれど、仲良く話す様子を見て、それを改めて感じた。2人が仲良くなってくれるのは、嬉しいことだ。
 花霞はバックヤードに入る前に、2人がまた何かを話しているのを見て、微笑んだのだった。



 花霞が着替えを終えて椋の元へ向かうと、彼は花束を持っていた。それは少し前に、栞に頼まれて花霞が作ったものだった。


 「お待たせしました。………あの、椋さん、それは……。」
 「実は、俺がこの店に電話して予約したんだ。花霞ちゃんが作ったブーケが欲しかったから。」
 「そんな………。いつでも作るのに。」
 「じゃあ、時々花霞ちゃんにお願いしようかな。家に花があった方が花霞ちゃんも嬉しいだろうし。」
 「…………うん。嬉しい、かな。」
 「じゃあ、決まりだ。」


 少し頬を染めながら花霞が返事をすると、椋も同じように笑った。
 そして、花霞の荷物をさりげなく持って、栞に「また、お邪魔します。妻をよろしくお願いします。」と、挨拶をして店を出た。


 「ごめんね、栞。」
 「いいのよ。こっちがいつも手伝って貰ってるんだから、気にしないで。椋さんと仲良くね。」
 「ありがとう。」


 花霞も彼女に手を振って、店を出た。
 栞は目を細めて嬉しそうな顔で見送ってくれていた。



 「今日は歩いてきたんだ。疲れてるのに、ごめんね。」
 「いえ……。あの、荷物ありがとうございます。でも、花もあるので自分で持てますよ?」
 「大丈夫だよ。これぐらい持てるから…………。」
 「椋さん?」


 椋は、返事をした後、何かを考え込むように黙ってしまった。不思議に思った花霞は椋の顔を覗き込むと、椋はニッと笑って、花束をこちらに向けた。


 「やっぱり、持って欲しいかな。花束でいいから。」
 「え、うん。それは構わないけど。」
 

 椋から花束を受け取り、花霞は両手で優しく持って歩き出そうとする。
 すると、花霞の手をとり、指を絡ませながら手を握った。


 「え………。」


 思わず繋がれた手を花霞が見つめると、椋は腕を曲げて、繋いだ手を目線まで上げて、嬉しそうに微笑んだ。


 「手、繋ぎたいなって思ってたから。………だめだった?」
 「………いえ。」
 「よかったー!やっぱり歩いてきてよかったなぁー。花霞ちゃんと歩いて帰れるなんて、嬉しいよ。」
 「………もしかして、手を繋ぎたくて歩いてきたんですか!?」
 「そういう事にしておこうかな。」


 ブンブンと繋いだ手を揺らし、はしゃいでいる彼に、花霞は思わず笑ってしまった。
 すると、椋は「え?笑うところだった?」と、不思議そうに花霞に質問した。
 花霞は、クスクス笑いながら、「時々、椋さんって子どもっぽくなる所あるよね」と、言うと、椋は「そうかな。」と、少し拗ねたような顔を見せた。それを見て、花霞は「やっぱり。」と言って、更に笑う。

 そんな些細な会話がとても楽しく、花霞はいつも笑顔になってしまう。
 椋は、どんな花霞を知っても、受け入れてくれたり理解してくれるので、花霞は自然体でいれた。それが、どんなに幸せなことなのかを、最近実感していた。

 手を握り、彼の体温を感じながら歩く帰り道は、いつもと違いポカポカとした気持ちにさせてくれた。





 
 
 花霞が花束を花瓶に入れて、リビングに飾った。花は好きだけれど、自分で花を買って部屋に飾ることはあまりなかったなと思った。
 ましてや、自分が選び作った花束を自宅で飾るとは考えたこともなかった。
 花を見つめながら、妙に恥ずかしくも、心地のいい気持ちになった。

 彼の気持ちや考えに感謝しながら、花を見つめた。


 「あの花屋さんみたいな、家。いいよね。」
 「え?栞のお家?」
 「そう。あんなこじんまりとした家。憧れるんだ。少し街から離れた、静かな街でひっそりと穏やかに暮らすの。」

 
 栞の店は、一戸建ての家になっており。店以外は住居スペースになっている。栞は「借金まみれだよー!」と、言いながらも店を持ったことがとても嬉しいようで、バリバリ働いている。そんな彼女はとても輝いて見えた。
 彼女の家は、確かに小さいけれどぬくもりのある家だった。
 
 けれど、椋が憧れているのは少し意外だった。


 「椋さんはこのマンションの部屋を買ったんですよね?こういう夜景が見えたり、街中にあるお家が好きなのかと思ってました。」
 「んー……夜景は綺麗だし。住みやすいけどね。ここに住んでいる理由は違うんだ。」


 夕食の支度が終わったのか、椋は話をしながらリビングの大きな窓に近づき、手を添えながら夜景を見ていた。


 「この街が好きだったから………見守りたいって思ってるんだ。」
 「……………。」


 彼の横顔はとても神妙で、夜の空が見える窓に映る椋の表情はとても悲しそうだった。

 椋の言葉の意味を聞くことも出来ず、花霞は静かに色とりどりに輝く光を共に見下ろす事しか出来なかった。



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