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6話「2人を結ぶ紙」
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「え!?それで、結婚することにしたの!?」
花霞の友達でもあり、職場の同僚でもある岡川栞は、店内で大きな声をあげた。
花霞と栞が働いている花屋は、幸い今はお客がいなかった。
それでも、きっと外には聞こえているだろつと、花霞は「声が大きいよ、栞。」と、彼女を止めたが、栞はまだ興奮した様子で、「もっと詳しく教えてよ!」と、花霞に詰め寄った。
もう少しで勤務が終わる時間だから良いかと思ったが、彼女に伝えるのには早すぎたようだった。
栞は、高校からの友人であり親友だった。
同じ園芸部で、2人は大の花好きだった。花霞は花の知識や花言葉などが好きで、栞はフラワーアレンジメントが得意であり好きだったため、あっという間に仲が良くなったのだ。
明るい金色の髪をポーニテールにしており、キリッとした目と眉毛がとてもかっこいい女性だった。
彼女は、大学の頃からお金を貯め卒業と共に花屋をオープンさせたのだ。フラワーアレンジメントが可愛いと有名になっていた栞の店は、すぐに人気店となった。その店をオープンする時に、花霞は「一緒に働かない?」と誘われたのだった。
「大人しい花霞が、そんな大胆な事決めちゃうなんて。意外だわー!」
「自分でもどうして、決めちゃったのか……今になると、すごい事しちゃったなーと思って。」
「さては、イケメンなんでしょ?!」
「………ひ、否定はしない。」
「やっぱりー!!」
栞は、笑いながら話を聞いていた。
てっきり反対されると思っていた花霞は、彼女の反応に驚いた。笑顔で聞いてくれるとは思っていなかったのだ。
「………ねぇ、栞………。」
「んー?」
栞は店内の温度を確認しながら、返事をした。花霞は、花の手入れをしていた手を止めて、彼女の方を見つめる。
「………反対しないの?私のしてる事って、おかしいよね………?」
花霞は自分の決めたことに自身が持てなかった。持てるはずがなかった。
普通に考えてみれば、会って1日で同棲し、結婚すると決める事など、ありえないのだ。騙されていると考えるのが普通なのだろう。
花霞自身だって、それはよくわかっているはずだった。
それなのに、結婚を決めてしまった。
そんな自分に驚きながらも、家に帰るのをドキドキしてしまっているのだった。
そんな花霞の決めたことを、他の人に聞いて意見を聞かせて貰いたかった。
すると、栞はキョトンとした顔で花霞を見た。そして、ニッコリと笑った。
「反対して欲しかったの?」
「………そうじゃないけど。栞は反対するって思ってた。」
「確かに、会ったばかりですぐに結婚するなんてって思ったけど。話しを聞く限りだと、今の所は元彼氏よりはいい人みたいじゃない?」
「それは、そうだけど………。」
「…………私は玲くんの事、そんなにショック受けてないんだなって……そっちも心配してたんだよ。だから、その結婚相手のお陰でもあるのかなって思ったら、なんかそこまで反対出来なくなっちゃったよ。」
苦笑を浮かべながら、そういうと花霞の方に近づいて、そして自信がなく栞を見ている花霞の顔を覗き込んだ。
「不安な所も確かにあるよ。後からお金請求されたり、どんどん悪い所が目立つような人かもしれない。……けど、それも本当かわからないよね。本当にいい人かもしれないし。………きっと、私にも花霞にもわからないよね。」
「うん………。」
「それなのに、花霞はその人と一緒に居ようって決められたのは、何かフィーリングみたいなのが合ったのかもしれないし。………彼に求めたいものが合ったのかもしれない。だから、少し様子を見てもいいと思うよ。今時、1回の結婚で運命の人に出会えるなんて、みんな思ってないしね。………とにかく、何かあったらいつでも相談して。そして、その椋さんって人にも合わせてね。」
「うん。ぜひ、会って欲しいな。」
「楽しみだなー!イケメン!」と、言いながら、栞は仕事に戻った。
花霞は、こうやって親身に話しを聞いてくれる親友が近くにいる事を感謝しながら、手元の作業に戻った。
栞に言われた通り、私か決めたことであるし、きっと心の中でこの人ならば大丈夫だと思ったのだろう。もちろん、弱っていた花霞の心に寄り添ってくれた優しさに甘えたい気持ちもあったはずであるし、それが大きいのも確かだ。
けれど、そうじゃない何かも確かにあるはずだと、栞との会話だ思ったのだった。
「おかえり!花霞ちゃん」
「あ、椋さん、ただいま………。」
「はい、キスは?」
マンションのエントランスに帰ってインターフォンを押す。すると、部屋のドアの鍵を開けておいてくれたようで、まだ、鍵がない花霞を椋が出迎えてくれた。
そして、玄関に入ってすぐにキスを求められる。椋が出迎えてくれるだけでも、緊張してしまうのに、「ただいまのキス」をされるとは、わかっていてもドキドキしてしまう。
「えっと………。」
花霞が戸惑いながら、目を瞑る。
しかし、いつまで経ってもキスの感触が訪れなく、不思議に思った花霞はゆっくりと瞼を開けた。
すると、同じく不思議そうな顔をしている椋と目が合ったが、彼はすぐにクククッと笑い始めた。
「り、椋さん?」
「僕も花霞ちゃんからキスされるの待ってた。二人で目を瞑って向かい合ってたなんて、面白すぎて………。」
はははっと笑う椋はとても楽しそうだった。彼が出して笑う姿を初めて見て、花霞は妙に心がくすぐったくなった。
これから、結婚するというのに、彼の初めてを沢山知っていくのだと思うと、不思議な感覚を覚えながらも、ワクワクしてしまうのだ。
彼の微笑みにつられるように、花霞も笑うと、椋は目を細めて優しく微笑んだ。
「しょうがない、今日は僕からおかえりキスをしてあげよう。」
椋はそう言うと、花霞の体を優しく引き寄せた後、いつものように軽いキスをした。
「仕事、お疲れ様。」
「いえ………。朝御飯とかもありがとうございました。」
「いいんだよー。花霞ちゃんの仕事の事も聞いてなかったから、逆に早く起こしちゃってごめんね。遅い勤務の時は、ゆっくりなんだね。」
「はい………サービス業なので、結構遅い時間になってしまうので。」
今日の朝、花霞は朝早い時間に椋に起こされた。仕事の時間を聞いてなかった、と申し訳なさそうにしながらも、心配して起こしてくれたのだ。
椋は仕事があるからと、早く起きて朝食まで作ってくれていたのだ。
花霞はいつもより少し早い時間だったが、彼と一緒に朝食を食べた。そして、椋はお弁当まで作ってくれたのだ。
「あと、お弁当もありがとうございました。とってもおいしかった………。」
「そう!よかったぁー。俺、料理好きだから、喜んでもらえるとますます頑張れるよ。」
「あ、でも、私も手伝うので!今日の夕食会も……。」
「もう出来てるよ。今日は、定番の肉じゃがです。」
そういうと、花霞の荷物を持って、嬉しそうにリビングへと歩いていく椋を、花霞はパタパタと追いかけた。その表情には戸惑いなどなく、笑みだけがあった。
「今日の仕事終わりに、一緒にいろいろ買い物に行こうと思ったけど、花霞ちゃんと時間合わなくて残念だったよ。」
「すみません………早い時間もあるんだけど……。」
「ううん。いいんだ。今度、休みが合った日に一緒に行こう。………あと、これも。」
夕食を食べながら、椋と話しをしていると、彼がある物を取り出して、花霞に渡した。
それは1枚の紙だった。
「婚姻届………。」
「そう。………貰ってきたんだ。嬉しすぎて、僕のは先に書いちゃったから。花霞ちゃんにも書いて貰いたいんだ。」
「………はい。」
花霞は、ゆっくりと彼からその紙を受け取った。そこには、綺麗な字で、「鑑椋」と彼の名前が書いてあった。
これを書く夢を思い描いた事も何回もあった。前の彼氏である、玲との結婚も考えた事もあった。そんな夢でしかなかった物が、今自分の手の中にあるのが、不思議だった。
これを書いて、提出すれば椋と本当に夫婦になるのだ。
一緒に暮らし始めて実感していないわけではなかったけれど、婚姻届を見ると更に気持ちが高まるのを感じた。それと同時に少しの不安も感じる。
それはきっと、変わることへの恐怖なのだろう。
「緊張する?………やっぱり、まだ早かったかな。」
紙を持って固まってしまった花霞を、椋は心配そうに見つめながら、そう声を掛けた。
緊張するする気持ちは、正直まだあった。
けれど、花霞はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、………書きますね。椋さん、ありがとう。」
「……うん。わからないことがあったら、教えるから。後でゆっくりと書こう。」
椋は、ホッとした表情を見せて笑みを浮かべた。
花霞は、その婚姻届けを大切に持ち、しばらくの間、彼の名前を見つめていたのだった。
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