20 / 34
19話「泣き虫」
しおりを挟む19話「泣き虫」
「凛さんが、四十九日の奇………?」
「今まで黙っててごめんね。俺は話しても良かったんだけど、クマ様が話さない方がいいんじゃないかって頑なでね」
「………」
「そんな、どうして?凛さん、いなくなっちゃうの?そんなの嫌だよ……」
目の前が歪む。
これ以上悲しい事を聞きたくない。そんな強い思いから耳を塞ぎたくなる。
悲しみと驚きで声を荒げたくもないのに、動揺から自分の気持ちを抑えられない。
情けない姿を見せてばかりの花をけなす事もなく、凛は優しく微笑む。
「ありがとう。俺の事をそんなに惜しんでくれて。四十九日の奇の事よりも、俺の死を悲しんでくれるなんて、花ちゃんは本当に優しい」
「そんなの、当然の事だよっ」
「………うん、花ちゃんはそういう子だから。だから、安心してクマ様を任せられるね」
「………そんな事、言わないで」
「勝手に人の事を任せないでくれ。俺は一人でこの店を守れる。絶対に、だ………」
「そうかもしれないね」
クマ様は動揺をしている花とは真逆で悲しい程冷静だった。この時が来るのを予感していたのだろう。
そんなクマ様を、何故か申し訳なさそうに見つめる凛。その視線と同じように、穏やかな声でクマ様に問いかける。
「もう残された時間も少ない。花ちゃんに話してもいいよね。俺は、花ちゃんにも見送って欲しいよ」
「………ッ」
四十九日の魂の見送り。
その言葉は、1週間前の夜の海岸を思い出させるのには十分で、花は息が止まりそうになる。
「ごめんね。花ちゃん、辛い思いをさせて」
「凛さんが謝らないでよ。凛さんのバカ……」
「ごめん………」
凛の謝罪の言葉など聞きたくもない。
花は、凛に「謝んないでってば」っと言いたくなったが、きっとその返事も「ごめんね」何だろうな、と思い、それ以上は何も口にしなかった。
真夜中の工房の光は、琥珀色で優しい。
けれど、その優しさが「これは現実だよ」と伝えているようで、残酷だなとも思えてしまう。
花は凛の隣の作業用の椅子に座り、クマ様は2人の間のテーブルの上に座っていた。どちらを向くでもなく、ただ正面を見つめていた。
凛は花の方にしっかりと体を向けて話始める。その口調はいつもと変わらない。悲しいほどに優しい。
「俺が死んだのは今から40日に前だよ。病気でね。病気が見つかってからは半年で。あっけないものだった」
「半年……」
「そう。その時間はあまり記憶にないんだ。ずっと入院していてね。意識も朦朧としていたから。生きていたのかって言われると怪しいぐらいだよ。お見舞いに来てくれていたのは覚えているんだけど、あまり話せる状態ではなくてね」
「少しは話した」
「そうか。ごめん。あまり記憶になくて。俺は、両親は幼い頃に亡くなっているし、育ててくれた叔父もなくなったから、見舞いにきてくれたのは嬉しいのは覚えているよ」
クマ様は、素っ気なく言うが凛は気にした様子は見せずにニコニコと微笑んでクマ様を見ている。
クマ様の今の気持ちは、きっと1週間前の自分と同じなのだろうなと思った。大切な人がいなくなる事を直視できず、その話になると逃げようとしてしまう。そんな状態だ。
「そして、一番気になっているのはきっとこの体の事だよね。どうして、四十九日の奇なのに、人間の体に入っているのかって事」
「もしかして、亡くなっても体に魂が入れば動き出せるの?」
「それはないよ。僕の体は病魔に侵されていたからね。魂が入ったとしても、動けないだろうね」
「じゃあ、どうして」
「これは、凛の体なんだ………」
「凛の、って……?……え?」
彼が何を言わんとしているのかわからず、頭の中に疑問がわくばかりだ。
凛は首を横に倒し、困り顔のまま今までの事が全て覆す言葉を花に告げた。
「この体は凛という生存している人間のもので、死んだ俺は別の人間、玉矢雅。それが本当の名前」
「雅………。凛じゃない、の?」
呆然としながらそう言葉を漏らすと、凛と言っていた雅という男が頷いた。そして「雅さんって呼んでね」と、穏やかに言ってくる。
「じゃあ、凛というのは……」
「この店で働いていた友人だよ。俺の家族同然の大切な人だ。そして………」
「え、まさか……」
雅の視線がテーブルの上のクマ様へと向けられる。
クマ様はまだ雅も花の方も視ずにうつむいた状態だった。そんな彼を見てしまったら嫌でもわかってしまう。
「クマ様が凛なの?」
「そうだよ。俺が凛の体に魂を入れたせいで、凛の魂が出てしまいテディベアにうつってしまったんだ。だから、クマ様は凛の魂が入っている」
「クマ様が本当の凛」
「彼は俺と同い年の神谷凛」
凛という男性は本当は違う男で、本当の凛はクマ様だった。
そんな事実をすぐに出来ずに、花は黙り込んでしまう。クマ様と雅を交互に見てはわけがわからなくなる。
そんな中でも変わらない現実がある。
凛の体についた雅という男は死んでおり、あと9日で四十九日が終わってしまうという事。
そして、名前は違えど、彼はこの約1週間あまりで花を守ってくれた人だという事だ。
「……ど、うして、もっと早くに話してくれなかったの」
「花ちゃんが悲しむと思ったから。凛が話さない方がいいって言ったし、俺自身もそう思ったんだ。君は、父親の四十九日の奇でとても悲しんでいたのだから」
「けれど」
「知っていて四十九日を悲しんで過ごすよりも、少しでも楽しんで暮らした方がいいでしょ?」
「そうかもしれないけど、そうじゃない!!クマ様の事、私だって四十九日の奇かなって思ってた。だから、もう悲しんでいたよ。誰がもう死んでしまっていたとか、四十九日の奇だっていうのは、もうどうでもいいよ。知りたかった。私を優しくしてくれた人達の事を、守ってくれた人を。そして、時間をもっともっと大切にしたかった。私なんかの仕事の事よりも、雅さんの事を聞きたかった」
「………花」
自分の家族の話よりも、新しい職場の悩みよりも、自分の時間を大切にしてほしかった。
生前の最後は病気で苦しんでいたのならば尚更の事だ。
雅と凛の時間を邪魔をしてしまったのではないか。それが、花には申し訳なくて仕方がなかった。
雅は四十九日の短い時間を大切に過ごしたかったのではないだろうか。それを、花の時間に使わせてしまった。
「俺は花ちゃんに会えてよかったよ。凛を助けて貰えて、お父さんの四十九日の奇を見れたのも、よかったと思ってるし。凛と花ちゃんと店で過ごすのが楽しかったんだ。まるで、ずっと昔から一緒みたいだなって。だから、残りの時間も花ちゃんと凛の3人で過ごしたよ」
「雅さんのバカ」
「花ちゃんって本当に泣き虫なんだからー」
「………こんなの泣くしかないじゃないっ!」
「………」
どうしてこの店では涙が出るのだろうか。
悲しいことが多いから?それもあるのかもしれない。けれど、泣くほど悲しいことがあるのは、大切なものがあるから。
花にとって、この店と雅と凛はとても大きな存在になっていた。
だからこそ、残りの時間が終わってしまい、あの悲しくも美しい炎を見なければいけないことを嘆くしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる