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3話「突然の来訪と告白」
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千春は、画面に映る秋文を見て少し不思議に思った。秋文が、千春の家に来ることは、ほとんどなかったのだ。「はい!今、開けるね。」と返事をしてから、すぐに玄関に向かいドアを開けた。
秋文はオーバーサイズのジャケットに、Tシャツ、そして細身のパンツを履いていた。ラフな格好だったけれど、試合があったと先程のニュースでやっていたので、試合後の帰りなのだろうと、千春は思った。
「秋文、どうしたの?珍しいね。」
ドアを開けてすぐに千春は、そう笑顔で秋文を招き入れた。けれど、秋文はそこから動こうとしないで「急に悪いな。」と、仏頂面で立っていた。
千春はドアを開けたまま彼に近づくと、秋文は何も言わずにドアを手で押さえてくれた。さりげない優しさはいつもの事で、秋文に心の中で「ありがとう」と言うと、千春は自然と微笑んでしまう。
「おまえの鍵。返しに来た。」
「え………そのためにわざわざ?」
「……明日から、また試合で遠征だから。」
そういうと、秋文はジャケットのポケットから、桜のチャームがついた鍵を取り出して千春に向けて差し出した。
それを両手で受け取りながら、いつもとは違う秋文の雰囲気を千春は感じ取っていた。
いつもならば、次に会う時まで千春の鍵を秋文は持ってくれていた。1ヶ月ぐらいだったけれど、千春はスペアキーを持っていたし、彼が勝手に部屋に入るとは思ってもいないので、千春は気にしていなかった。
それに、先程から少しボーッとした視線で千春の事を見て、目が合えば逸らしてしまう。それの繰り返しだった。
「この間はありがとう。結局酔っぱらってしまって、また秋文に迷惑かけちゃったね。ごめんなさい……。」
「……あんまり飲み過ぎんな。………でも。」
「?」
「フラれたら飲みたくなるから、仕方がないだろ。」
「……うん。ありがとう………。」
いつもみたいに「甘えんな!」とか、「いい大人が酒ににのまれるなんて。」と、秋文に怒られると思っていた。しかし、秋文は普段とは違い、怒り口調でもなく、ただ優しく言い聞かせるような言葉でそう言ったのだった。
あまりにも違う様子に千春は驚きながら、まじまじと彼を見つめてしまう。
すると、千春の表情と視線に気づいたのか、ハッとした表情を見せ、そして何故か小さく息を吐いた。
「それ、渡したかっただけだ。じゃあな。」
「……あ。ちょっと待って!」
千春は、すぐに帰ろうとする秋文のジャケットの裾を掴んで引き留めてしまった。
何か違う気がした。いつもの秋文ではない。そう思ったら勝手に手が動いてしまった。
千春は、きっと秋文は何か別の用事があって、ここに来たと思ったのだ。
「……なんだよ。何か用か?」
「えっと、あのー………あ、そうだ!この間のお詫びに夕飯食べていかない?昨日の残り物だけど……。もしよかったら、でいいんだけど。」
「…………わかった。」
秋文は、少し考えた後、了承の返事をして部屋の中に入ってくれた。
ドアを閉めると、ふわりと風が入り秋文からシャンプーの香りがして、千春は思わずドキッとしてしまった。
「何だよ?」
「え?なんか、シャンプーのいい香りがしたから。」
「………試合終わりだからシャワー浴びたばかりなんだ。」
素っ気なくそういうと、秋文はさっさと千春の部屋の中に入ってしまった。
「少し散らかってるけど、ソファーに座ってゆっくりしてて。試合終わりで疲れてるなら寝ててもいいよ?」
「大丈夫だ。そこまで疲れてない。」
「そっか。じゃあ、ゲームする?」
「おまえの好きな女向けのゲームを俺がすると思うか?」
「………だよね。じゃあ、テレビでもいいし、本や漫画本もあるから。急いで作るね。」
秋文は、付いていたテレビをそのまま見ることに決めたようで、ソファ座ってテレビを眺めていた。
秋文が自分の部屋に遊びに来たのは初めてだな、と千春は思い、不思議な気持ちで彼を見ていた。
3人が引っ越しの手伝いをしてくれたり、4人であそびに来たことはあったけれど、秋文一人で来ることはなかったのだ。
秋文の様子が気になりつつも、試合で疲れているだろう彼に早く夕食を作ろうと、台所へと急いだ。
昨日の残りでは足りないと思い、豚のしょうが焼きを作り、昨日の残りの野菜スープと、ポテトサラダ、そしてご飯をテーブルに並べた。
すると、秋文は少し驚いた顔で、並べられた食事を見ていた。
「おまえ、本当に料理出来るんだな。」
「……もう、秋文信じてなかったの?ちゃんと、出来るよ!」
「彼氏のために練習しまくったって大学の時に言ってたけど、その彼氏と別れたから止めたのかと思ってた。」
「……そんなはずないでしょー!一人暮らしなんだから。……さ、冷めないうちに食べよう。」
そういうと、秋文は小さな声で「いただきます。」と言い、綺麗に箸を使い食べ始めた。
秋文は、テレビの正面に座り、テーブルの左側に座っていた。ソファに座ってしまうと食べにくいので、座布団変わりに、クッションをひいて食べていた。
すぐ近くで秋文が自分の作った料理を食べている。少し緊張しながら彼を見ていると秋文は「うまいよ。」と少し笑って言ってくれたので、千春も安心し微笑み返した。
「もう、元気そうだな。」
千春が笑うのを見て、秋文はホッとした表情をして、そう言った。
「え………。」
「おまえ、憧れてた先輩にフラれたって言ってだろ?いつもより、凹んでたから。」
「……もしかして、心配して見に来てくれたの?」
「………おまえ、何するかわからないからな。」
「そんなことないのに…。」
明るく返事を返しながら、千春は嬉しくなってしまった。
自分には心配してくれる人がいる。今はそれだけで、気持ちが温かくなってくる。
試合が終わって疲れていて。明日も、遠征があるのにこうやって見に来てくれる。
秋文は少し恥ずかしそうにしながら視線を逸らしてしまったけれど、千春は彼を見つめてしまう。
強気な言葉や、態度が多くて、言い合いのようになってしまうことも多かったけれど、彼の言葉はいつも的確だったし、言葉は強くても行動はとても優しかった。
酔っ払ってしまった時も、眠るまで頭を撫でてくれるのをうろ覚えだけれど知っているし、連絡をすれば誰よりも早く返事をくれ、すぐに来てくれるのは秋文だった。
「秋文は、優しいよね。きっと、彼女も嬉しいだろうな……。」
彼女でもない友だちの私でさえも、こんなに優しくしてくれるのだ。秋文の彼女は、とても優しくされ、大切にされているのかな、と考えると、羨ましく、そして少しだけ切ない気持ちになった。
秋文は自分の知らない女性に、優しく接して笑顔を見せている。そう考えると、妙な気持ちになってしまい、千春は自分でも少し焦ってしまった。
「彼女とは別れた。」
「えぇ!?どうして……。」
「……合わないと思っただけだ。」
そういうと、持っていた箸を置いて、千春を見た。その瞳は、少し迷いがあり揺らいでいたけれど、すぐに真っ直ぐこちらを見つめ始めた。
「だめだよー、秋文、幸せにならないと。」
サッカーが大好きで、誰よりも努力をしていて、友達に対しても優しく秋文。
そんな彼には、幸せになってほしい。
少し鋭い顔が多い彼だけど、先程のように笑っていてほしいと思うのだ。
そんな事を彼に言っても、また冗談やいつものようなやり取りの言葉が返ってくると、千春は思っていた。
けれども、返ってきたのは真剣な表情と、優しい視線だった。
「……俺を幸せに出来るのは、おまえだけだ。」
秋文の言葉で、千春はすべての音が止まったように感じた。
そして、驚き胸が大きく鳴ったのだった。
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