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16話「波乱の前夜」
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その日の夜に、秋文の緊急会見が行われる事になった。
彼は、報道でファンが知るよりも自分の口から伝えたいと、早めに話せる場所を作ったのだ。
千春は1人で見るのは怖かったけれど、出と立夏が一緒に家に居てくれることになり、少し安心出来ていた。
けれど、いざ記者会見の中継を見るとなると、千春は緊張のあまり体が震え出してしまっていた。けれど、千春の手を横に座る立夏がぎゅっと握ってくれて、なんとかテレビ画面を見ることが出来た。
会見は、時間通りに黒スーツ姿の秋文が表れた事で開始された。
「今日は急な会見にも関わらず沢山の方々に来ていただきまして、とても驚いております。今から一色秋文の今後についての会見をさせていただきます。私、一色秋文は今年度をもちましてプロサッカー選手の現役を引退する決意を致しました。」
その言葉を、千春は画面越しにじっと見つめた。秋文はとても落ち着いており、そして固くならずに穏やかな表情で話しを進めていた。
現役引退の理由や、今後の事について簡単に説明した後に、質疑応答の時間が設けられた。
けれど、質問はどれも棘があるものばかりだった。
「会社の方が経営が安定しているからか?」「日本代表のリーダーになったのに、1年で辞めるのか。」「結婚した相手が、サッカーを辞めて欲しいのか?」など、先程の秋文の説明を聞いていたのか疑問なるものばかりだった。
穏やかな表情を続けていた秋文だけれど、結婚相手の話題が続くと、顔に曇りが出てきたのが、千春にはわかった。
「秋文………我慢しなきゃだめだよ。私の事なんて、どうとでも言われていいんだから。」
「あー、それ無理そうじゃない。あいつの事だから、きっと頭の中では怒る寸前だと思うよ。」
「……そうだな、あれはヤバイな。」
さすがの幼馴染みも、秋文の変化に気づいており、心配そうに中継を見つめていた。
その後はしばらくは、「1番の思い出の試合は?」や「趣味でサッカーは続けますか?」など、平和な質問が続いていた。
それを聞いていると、秋文との思い出や未来を想像して、千春は何度もうるうるとしてしまった。秋文も、とても誠実に答え、そして笑顔を交えての会見で、このまま何事もなく終わるかにみえた。
けれど、その後に3人の予想が見事に的中することになる。
「スペインチームへの移籍は、秋文選手の会社の商品を売り込むために、移籍したという噂がありますが、それは本当ですか?」
一人の男性記者の質問で一気にその場の雰囲気が変わったのをテレビ越しでもわかった。
秋文の表情も笑顔のまま一瞬固まった。
立夏は「引退の記者会見なのに、何聞いてるんだろうね。」と、悔しそうに画面を睨んでいた。
「スペインで着用していたものを、販売はしていますが、宣伝のために着ていたわけではなりません。SNSなどはやっていませんし、試合にはユニフォームで出るので宣伝にはなっていないと思いますし、そのような不純な動機で移籍するわけはありません。」
「けれど、一緒に練習していた選手には見られていたわけですよね。ジャージやら肌着など売れませんでしたか?、」
「私が直接売ったものはありません。個人で買っているかは、把握してません。」
「わからました。では、もう1つ質問させてください。奥さまの会社で、ケンカをされて殴りかかろうとしたという噂がありますが、それは真実ですか?そして、それが辞める理由ですか?」
その言葉で、その場がざわついていた。
千春の会社でのケンカの話しは、噂としてしか取り上げられなかぬた。それも、秋文の行動を支持するものばかりだったので、ここで話題に出すとは誰も思ってもいなかったようだった。
けれど、秋文はそんな質問にもしっかりと本当の事を丁寧な言葉で伝えていた。
「真実ですね。でも、それが原因で辞めるということは決してないです。……私の妻の悪口を聞いて我慢出にずに喧嘩という形になってしまいました。あなたも大切な人の悪口を目の前で言われたら我慢出来ないですよね?」
「……それはそうですが。日本代表という日の丸を背負って戦う選手で、しかもそのチームのリーダーが、その相手に手をあげそうになった。それだけでも、問題ではないですか?」
畳み掛けるように強い質問を浴びせる彼に、対して秋文の視線も鋭いものになっている。怪訝とした表情にも暗い影が出来てきた。
「………秋文、我慢だよ……。」
千春は立夏と繋いでいた手をぎゅっと握りしめた。祈るように、そう呟くけれど、立夏は少し諦めたような表情だった。
「手をあげそうになったのは、私が気持ちを我慢出来なかったせいですが、実際危害を与えてはいません。それに、そちらの相手の会社から謝罪は受けてます。」
秋文の言っている事は事実だった。
駿が勤めている会社は、千春の会社との関係をなかったものにされるのが困るようで、会社と秋文にわざわざ謝罪に来てくれていた。
特に秋文とは、これから秋文の会社とのやり取りをしたいと考えていたようで必死だった。
その事から、このトラブルは解決済みなのだ。それを、こうやって掘り返してくるの検討違いな事だった。
けれど、聞いている人で、よく思わない人が出てくるのも事実ではあった。
「それで、皆が納得すると思いますか?」
「……それは、その方々が判断することで、私が決める事ではありません。」
「だからこそ、今年度ではなく、今すぐに責任を取るべきではないですか?」
「…………それについては、今ここで決定するわけにはいきませんので、考えていきますが、私は今辞めるつもりはありません。」
「……わかりました。ありがとうございました。」
問題を問い詰めたことで満足したのか、その男性記者は小さくお辞儀をして席に座った。
秋文は、小さく息を吐いた。その額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「秋文………。」
「酷い質問だったわね。文句言われたのはこっちなのに……。」
「……世間がどう判断するか。それが心配だな。」
千春は出の言葉を聞きながら、テレビ画面の彼を切ない表情で見つめた。
テレビ画面の彼は、すぐに笑顔をつくり次の質問の回答をしていた。けれど、疲れの色が見え始めていたのも確かだ。
その日から、千春と秋文の生活は一転する事になるのだった。
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