27 / 32
26話「最終日の夜の風は」
しおりを挟む26話「最終日の夜の風は」
翠が色の家を飛び出してた、次の日。
本当ならば仕事に行く日だったが、翠は微熱が出てしまいまた休んでしまった。
普段なら、これぐらいの熱で仕事を休むことはしなかった。だが、大泣きをしてしまったせいか、また目が腫れてしまい、また岡崎に心配をかけると思ったのだ。
しかし、それも理由付けにすぎないのかもしれない。
翠は色を待っていた。今日は家庭教師の日だった。だから、色が家に来るのを緊張した面持ちで待っていた。
もしかしたら、心配して早くに来てくれるかもしれない。そんな淡い期待さえも心の中にあったのかもしれない。
だが、色は家庭教師の時間になっても来ることはなかった。
多めに作った夕飯と、鳴らないスマホを見つめながら、翠は泣くのを必死にこらえながらその夜を過ごした。
次の日は、仕事に行き長期間休んだことを岡崎やスタッフに謝罪をした。みんなからは心配の声をもらい、翠は元気になったと伝えたけれど、岡崎だけはそれを遠くから心配そうに見つめていた。
その日も色は、家に来る事はなかった。
それから1週間経った日。
翠は、朝早くに起きて花火大会があった河川敷に来ていた。指輪を探すためと自分に言い聞かせていたけれど、心の中では違っていた。
もしかしたら、まだ探してくれているかもしれない。彼がいるかもしれない。
そんな期待をしていた。
翠は色に会わなくなってから、指輪を探すことはしなかった。寂しいし悔しいのは変わらないけれど、諦めてしまっていた。
叔母には、空を見て祈れば話し掛ける気がしたし、色にあんな事を言ってしまった手前、ここで会うのは怖かった。
けれど、今日は違う。
今日が終わってしまったら、色とはもう会えなくなってしまうのだ。
それ日がついに来てしまい、会えなくなると思うと焦り怖くなってしまったのだ。
「冷泉様……。冷泉様に会いたいです。」
自分でも勝手なことをしているのはわかっていた。彼に離れたくてあんなに酷い事を言ったのに、こうやって彼との時間が終わりそうになると、寂しくなって後悔する。
わがままでバカな女だ。
広い広い河川敷で、翠は大好きな彼の姿を探し続けた。
けれども、そこには彼の姿はなかった。
今日は7月の最終日。
色と翠が契約をした、家庭教師の最後の日だった。
仕事中もボーッとしてしまったり、お客様が来ると色だと期待してお迎えしては、一気に気が沈む。そんな事を繰り返してしまい、周りのスタッフはまた体調が悪いのではないかと翠を心配して見ていた。
そんな時だった。
店先に1人のお客様が来ていた。翠は、その人を見て、ハッと顔をあげた。
しかし、同時に悲しく泣き出してしまいそうになった。
そこには、ピンクベージュのブラウスに茶色のタイトスカートを着た、綺麗な女性が立っていた。
「神崎様………。」
神崎は、翠を見つけると少し驚いた表情を見せた後に丁寧にお辞儀をした。
翠は、神崎をVIPルームに案内をした。
「神崎様、今日はどのような物をお探しですか?」
「今日は買い物をしに来たわけではありません。私があなたに話を聞きたくて来ました。」
「え………そうなのですか?」
翠は神崎の話しを聞いて、驚いてしまった。
てっきり色の用事を頼まれたのかと思ったからだ。色は、自分に会うのを拒んでいる。そんな風に思ってしまい、神崎を見たときにショックを受けてしまったのだ。
それが勘違いだと知り、安心したものの用件が何なのかわからなかった。
「単刀直入にお聞きします。色社長はどこに行ったのですか?」
「………え?」
予想しなかった言葉に、翠は驚きを隠せなかった。頭の中が真っ白になった。
「その反応ですと、あなたもご存知ないみたいですね。」
そう言うと、用件は終わりだと言うように、神崎はソファから立ち上がった。
「待ってください!どこに行ったとはどういう事ですか?いなくなってしまったのですか?」
「……それを私があなたに教えるとでも?」
「お願いします!………話を聞かせてくれませんか?私が冷泉様に会った日の事もお伝えしますので。冷泉様のことが心配なんです……。」
翠はソファから立ち上がり、必死になって頭を下げながらお願いをした。
すると、神崎は、少し考えた後に大きくため息をついて「座って話をしましょう。」と言ってくれてのだ。
「まず、あなたのお話を聞かせてくれませんか。」
「私が最後に会ったのは、1週間前なんです。それ以来連絡も来ていません。」
「そうですか。時期は一緒ですね。……色社長は花火大会に行くといってから4日後の夜に、出掛けてくると退社した後、次の日から会社に来ていません。」
それ聞いて、翠は声を失ってしまう。翠が色の家を飛び出した次の日には、色がどこかへ行ってしまっているのだ。
一瞬で恐いことを想像してしまい、翠は青ざめてしまう。
「も、もしかして………事故にあったり事件に巻き込まれてたり。まさか、病気だったり………。」
「あぁ。それはないと思います。」
「………え?」
あっさりと否定する神崎を、翠はポカンとした顔で見てしまう。
何故、それがわかるのか。分かるということは、彼がどうしているか、知っているのだろうか。
「色社長は、前日に大量の仕事をこなして、ここ1週間のスケジュールをすべて自分で変更してましたので、ご自分で何か予定を入れたのだと思われます。」
「……………そうなんですか。また、冷泉様は、無理をなさっていたのですね。」
「いなくなるなら、当然の事です!」
「え?」
「しかも、色社長の車が空港にあったらしいので、どこか遠くへ行かれたみたいなんです。本当に、勝手にスケジュール変更したり、どこかに行くなら早めに言って欲しいものです。私の立場っていうものが、色社長にはわかってないのです!」
神崎は、ダンッとテーブルを強く叩いてから、怒った口調でそう言った。神崎は、色が心配と言うよりも、勝手にいなくなって困っている、ようだった。
彼女があまり心配していないところを見ると、色はふらりといなくなってしまう事が多いのかもしれない、と思ってしまった。
そうであったとしても、翠は色の事が心配だった。どこにいて、何をしているのか。彼のことだから、無茶をしていないか、しっかりと寝ているのか。そんな事を気にしてしまう。
「明後日のスケジュールは変更になっていないので、それまでには帰ってくるかと思っています。」
そう言うと、「お仕事のお邪魔をしてしまってすみませんでした。」と、神崎は立ち上がり、部屋から出ていこうとした。
「こちらこそ、いろいろ教えていただき、ありがとうございました。神崎様。」
神崎を見つめながら、お客様を見送るように丁寧にお辞儀をする。すると、神崎は部屋を出る前に足を止めた。
「…………色社長は、ギリシャ語の勉強をとても楽しそうにしていました。どんなに忙しくても、必ず本とノートを傍に置いて、似合わないウサギのペンを持っていました。………一葉さん、あなたは家庭教師に向いているのかもしれませんよ。」
視線は前を向いたままだったが、神崎の言葉は、翠に向けられているのがわかった。
照れくさそうにしている横顔を隠すように、部屋を出ていく神崎の背中に、「ありがとうございます。」と小さな声でお礼を言い、神崎の後ろをゆっくりと付いて歩いた。
神崎を見送った後。
すぐに岡崎が翠へ近づいてきた。
何故か顔は、少し緊張気味だ。何かあったのかと、翠は身構えてしまう。
「一葉さん。神崎様は、どんなお話をしにいらっしゃったのですか?まさか、あのお話しですか?」
「あの……冷泉様が突然どこかにお出掛けになったようで。探しているみたいなんです。」
あまり事を大きくしたくなかったため、翠は小声で簡単に説明をする。
すると、岡崎はほっとした表情を見せて頷いた。
「そうですか。わかりました。」
「あ、あの!あのお話とは、何の事ですか?」
翠が質問をすると、岡崎は少し迷った後に、「今、私の口から言うべき話しではないようです。」と、ニッコリと笑い隠している事を隠そうとはせずに、店の奥へと行ってしまった。
翠は、何の事なのか全くわからなかったが、色の事が気になってしまい、岡崎の話は頭の隅に追いやられてしまったのだった。
仕事終わり。
今日は秋の新作の説明があり、いつもよりも帰る時間が遅くなってしまった。最後の戸締まりの当番でもあったため、店内をチェックして、鍵を警備室に預けてから退勤をした。
夜道をとぼとぼと歩きながら、翠はずっと色の事を考えていた。
日付があと数時間で変わってしまう。そうなると、本当に色との関係は全てなくなってしまう。
そんな日なのに、彼はここにはいないのだ。
もしかしたら、彼は来てくれるのかもしれない。そんな事を考えていた自分が愚かだったのだ。
彼はきっと急な仕事が入ったのだろう。
何か大きな取引や商談があったのかもしれない。彼のことだから、一人で何でもこなしてしまうのだろう。
体の事は心配だけれど、きっと彼ならば大丈夫だ。沢山の部下に、綺麗な彼女もきっといるはすだ。憧れの人に出会って幸せになるんだろうな。
私はいつまで彼を好きでいるのだろうか。
翠はそんな事を考えてしまう。今までこんなに好きで夢中になって追いかけてしまう人は誰もいなかった。
俺様で、すぐに怒鳴るし、意地悪なことも言う。好きではないのに優しくしたり、キスをしたり、勘違いしそうなことばかりする人なのに。
それなのに、彼の本当の優しさを知る度に、どんどん惹かれていくのだ。
「あれ……私、なんでここに来たんだろう。」
気がつくと、翠は色のマンションの前に立っていた。きっと、彼の事を考えていたので、無意識にこちらに歩いてきてしまったのだろう。
色の部屋は上の方であったし、場所まではわからないので、外から見てもどこが彼の部屋なのか全くわからなかった。
それに、ここには色はいないとわかっている。
だけれど、マンションを見上げる翠の目には、涙が溜まっていた。
「最後に一目でいいから冷泉様に会いたかったな。………冷泉様、私、きっと冷泉様のこと忘れられません。だから、しつこいけれど、想うことだけは許してくださいね。」
静かな夜道で、独り言のように聞いてくれる相手もいない言葉を紡ぐ。
誰にも届かない。彼には聞こえない。
それでも、翠は想いを伝えたかった。
しばらく、マンションを眺めて、ここにはもう来ない、と心に決めてから、マンションを後にした。
涙は瞳に溜まっている。
暗い道がボヤけてますます歩きにくいが、ゆっくりと帰り道を進んだ。
すると、1台の車が翠の脇を通りすぎた。
その時に、優しく吹いた風を感じた瞬間、翠は思わず足を止めた。
微かに、白檀の香りがしたのだ。
その香りがとても懐かしく、そして愛しくて。
翠は夜道に佇んでいた。
『こんばんは。そこにいるのは、愛しい人ですか?』
後ろから、とても綺麗なギリシャ語と、そして聞きたくてしかたがなかった声が耳に届いた。
振り向かなくてもわかる。ずっとずっと会いたかった彼だと。
けれども、翠はそれでも体が動かずに固まってしまう。カランカランと、下駄の音が夜道に響く。
その音がドンドン大きくなって、翠の傍まで来ると、翠は涙を溢しながら彼の方を振り向いた。
それと同時に、彼の腕が翠の体を優しく包んだ。
「ずっと探してた。やっと見つけた。」
彼は、翠の耳元でそう呟くと、今度は強く翠を抱き締めた。
むせるように香る、彼の香りと熱いぐらいの体温を肌に感じながら、翠は涙を堪えずに泣いた。
「………冷泉様っ………。会いたかったです。」
嗚咽混じりの言葉で、やっとその言葉を彼に伝えると、彼は「ごめん。」と優しく言ってくれる。
彼との契約の最終日。
翠は久しぶりに彼の温かさを感じ、何度も彼の名前を呼んだ。
4
あなたにおすすめの小説
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~
椿蛍
恋愛
念願のデザイナーとして働き始めた私に、『家のためにお見合いしろ』と言い出した父と継母。
断りたかったけれど、病弱な妹を守るため、好きでもない相手と結婚することになってしまった……。
夢だったデザイナーの仕事を諦められない私――そんな私の前に現れたのは、有名な美女モデル、【リセ】だった。
パリで出会ったその美人モデル。
女性だと思っていたら――まさかの男!?
酔った勢いで一夜を共にしてしまう……。
けれど、彼の本当の姿はモデルではなく――
(モデル)御曹司×駆け出しデザイナー
【サクセスシンデレラストーリー!】
清中琉永(きよなかるな)新人デザイナー
麻王理世(あさおりせ)麻王グループ御曹司(モデル)
初出2021.11.26
改稿2023.10
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる