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28話「2人らしさ」
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周との初めての夜の事情。
温かい体温が熱くなり、ドキドキしていた胸は暴走しそうなほど、鼓動が早くなり、呼吸も荒いものにと変わった。
そして、もう1つ変わったこと。それは、彼への感情だ。好きというものから、愛おしいへと変わったように思う。
周は、吹雪の体や気持ちを優先し、「大丈夫?」「痛くない?」と聞いてくれた。けれど、最後の方は自分の快感が勝ってしまったのか、「ごめん……止められない」「気持ちいいよ……」などと、顔を歪めながら、吹雪を求めてくれた。吹雪の体を労ってくれるのも心配してくれるのもとても嬉しいと思う。けれど、自分の事を求めてくれている。それを感じる事が出来るのが1番嬉しかったのだ。
そんな幸せで少し気だるい余韻に浸りながら、吹雪は彼の体温やベットにも残る彼の香りを感じながら眠りについた。
彼が陶芸をやっているせいなのだろうか。この部屋には、少し土っぽい香りが漂っており、吹雪はそれが何故か安心出来た。きっと、それが彼の匂いなのだろう。
「ん…………」
どれぐらい眠ってしまったのだろうか。
まだ薄暗い室内。起きている人なんていないのではないかと思えるほどの静けさの中、吹雪は目を覚ました。
隣からは静かな寝息を感じる。
昨日の大人っぽい台詞や行為、そして色気を感じる表情からは想像も出来ないほどの、子どものような寝顔の彼が居た。
そんな彼の姿を見て、昨日の事情を思い出してしまい少し照れくさくなりながらも、幸福感を味わった。大好きな人が起きたときに隣にいて、気を許してすやすやと寝てくれている。それが何とも言えない幸せを感じさせてくれる。何度か同じ夜を過ごしたけれど、今日が1番に好きな朝だった。
「私を見つけてくれて、好きになってくれてありがとう」
吹雪は、小さな声でそう呟くと彼の頬に小さいキスを落とした。彼を起こさないように、とても短いキスだったけれど、それでも彼への気持ちを込めたつもりだった。
数年前の陶芸教室の頃に出会っているとは思わなかった。そんな些細なきっかけで、彼は吹雪を見つけてくれた。
大好きだったり、恋をしそうになっていた人達に裏切り続けられた吹雪にとって、「長い間自分を思い続け、そのために頑張ってくれていた」という事実は、何よりも自分に自信をくれたのだ。自分を特別だと思ってくれる人がいる。それが、吹雪の愛した人なのだ、と。
吹雪は嬉しさのあまり、彼の方に身を寄せてしまった。周にまた抱きしめて貰いたかったのかもしれない。無意識の行動に、ハッてしたけれど、すでに遅かった。
「ん………あ、吹雪さんだ………おはよう……」
「おはよう、周くん」
ボーッとした眼差しで目を覚ました周。吹雪が抱きついた事で起きてしまったようだった。
「ごめんなさい。起こしてしまって………」
「ううん。…………吹雪さんが俺のうちにいる。夢じゃなかったんだ」
そう言うと、周はニッコリと笑った。
その子どものような純粋な笑みに、吹雪は「可愛い」と心の中で悶えてしまう。それぐらいに彼の笑顔はキラキラしていた。
言葉につまった吹雪を見て、「どうしたの?」と、不思議そうな表情で見つめる周だったが、吹雪は「なんでもないよ」と誤魔化すしか出来なかった。
「吹雪さん、もう起きる時間?」
「まだ、大丈夫だよ」
「やった!じゃあ、もう少しくっついてよー」
そう言って周は吹雪を布団の中で抱き寄せる。肌と肌が触れ合う感覚で、昨夜の事を思い出してしまうけれど、吹雪は彼の腕の中でじっとしていた。こうやってまた抱きしめて貰いたかったのだ。起きた瞬間にその願いさえ叶えてくれる周に感謝をした。
「昨日さ……その………終わった後吹雪さんすぐに寝ちゃったから……洋服とか着せれなかったんだけど。寒くなかった?」
「ご、ごめん………。でも、周くんと一緒だったから温かかったよ」
「そっか。なら、よかった。じゃあ、もう少し温まろー」
「わっ!!そんなに強くしたら苦しいよっ!」
「こうしたいだよ」
「もうー!」
抱きしめあって、キスをして。
くっつき合う朝のやり取り。そんな些細な事が幸せで。もう少しでベットから降りなければいけないけれど、ギリギリまで吹雪と周は2人だけの時間を満喫した。
「わぁー……昨日は気づかなかったけど、周くんの家にはやっぱり沢山の食器があるんだね」
吹雪は、急いでシャワーを浴びて仕事前に1度家に戻る準備をした後に、周が作ってくれたおにぎりを食べながら、キョロキョロの部屋の中を見渡した。
キッチンのはもちろん、机や本棚、テレビ台にも食器が並べられている。どれも綺麗な青色をしており、吹雪は好きな物に囲まれて心が弾んだ。そんな吹雪の様子を見て、周も嬉しそうに笑みを浮かべる。
「これは全部俺の試作品だよ」
「これが試作品!?とっても素敵なのに………ギャラリーみたいにずっと見てられるよ」
「ならいつでも来て。それに、ギャラリーとは違って、ここではそれを使ってご飯も食べれるんだから」
「確かにそうだね!ギャラリーより素敵だ!」
「そんなに嬉しそうに言われると………照れるな」
周は恥ずかしそうに笑いながらも、とても嬉しそうにしているのが吹雪にはわかった。
「吹雪さん。金継ぎって知ってる?」
「えっと……割れてしまった食器を直す技法だよね?」
「うん。陶器が割れたりヒビが入ってしまった時にその部分に漆で接着して、金などで装飾する事なんだ」
「大切なものが割れてしまっても、新しい形になってまた使えるのはいいよね」
突然話題が変わり、吹雪は不思議に思いながらもそう言うと、周をその返事を聞き「そうだね」と満足そうに頷いた。
「小さい頃、金継ぎまでして割れてしまったものを使おうとするなんて、おかしいなって思ってたんだ。けど、大好きだったおばあちゃんが亡くなってから、俺がおばあちゃんの愛用してた茶碗を割ったてしまったんだ。すごくショックだったよ。ずっと使って受け継いでいこうって思ってた。大切にしようってね。………けど、俺があまりにもショックを受けてたからか母親が金継ぎを頼んで直してくれたんだ。それを見てから、食器っていいなって思ったんだ」
「そんな事があったんだね。素敵なきっかけ………」
「ありがとう。自分で作れるようになって、ますますハマって。俺には取り柄なんて、陶芸しかないんだ。けど、これがしたいんだ」
「うん」
「作業に入ると夢中になってしまうこともあると思う。忙しいこともあるんだ。だけど、吹雪さんの事が1番大切だから。………大切にさせて欲しい」
真剣な眼差しで夢を語る周を見て、誰が止める事が出来るだろうか。それに、吹雪は彼の食器が大好きなのだ。
そして、出会ったきっかけでもある大切なものでもある。
「私は周くんのファンでもあるんだから、応援してる」
「吹雪さん………ありがとう。早く一人前になれるように頑張るよ」
高級レストランでもないし、広いタワーマンションでもない。朝食だって、ホテルのスイートで景色を楽しみながら見ているわけでもない。
小さな部屋で、手作りのおにぎりを2人で噛っている。その方が、吹雪は落ち着くし距離も近い。こばんも手作りの方が嬉しい。
私たちにはそれがピッタリなのだ。
こうやって、笑い合い幸せだと心から思えるのだから。
「………って、もう時間がないわ!家に帰らなきゃ!」
「あぁ、そうだよね」
吹雪はいそいで残りのおにぎりを食べ終えると、玄関に向かった。
「吹雪さん、いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
そう別れの挨拶をして、どちらともなく唇を合わせる。
これから2人で朝を迎えられる日が来るのだと思うと、吹雪はこれからの仕事さえも頑張れるなと思い、朝日の道を歩き始めた。
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