アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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23話「小さな封筒」

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   23話「小さな封筒」




 泣き腫らした目で出勤する事は出来ず、その日の夜は目を冷やしながら眠った。
 そんな自分を「バカだな」と思いながらも、感情には嘘をつけないから仕方がない。せめても、夢では周と楽しかった時間のように過ごせればいいと思い、その日は夜遅くに眠りにつく事が出来た。


 司書の仕事は、退屈そうに見えるが激務だ。
紙の束である本を何冊も運び棚に戻す。それが毎日だ。受け付けカウンターもあるし、本の修繕などもある。吹雪は本の手入れが一番好きな作業だった。無心で出来るし、綺麗になった本を見るのは嬉しかった。けれど、今はボーッとしてしまう事があるため、周はなるべくはカウンターの仕事をやらせてもらうようにしていた。


 「はい。それでは2週間後までの返却をお願いします」


 吹雪は笑顔で、貸し出しカウンターに来た常連のおばあさんに本を手渡した。「ありがとう、明日見さん」と、スタッフの名前を優しく呼んでくれるのだ。老後に沢山の本を読んで過ごす。そんな穏やかな日々もいいな。そう思って、吹雪はそのおばあさんを見送りながらそう思った。

 年を取ったら彼から貰ったマグカップや、蒼い食器を少しずつ集めて、食事の時はそれを使って楽しくご飯を食べる。それは夢のようだな、と思った。
 その時、自分の隣には誰がいるのだろうか。そんな風に考えては彼の事を思ってしまう。


 「これ、お願いします」
 「………あっ!はいっ」


 また考え事をしてしまっていた吹雪は、貸し出しカウンターに来た客の声で、ハッとした。また、ボーッとしてしまっていたのだ。
 懲りもせず、仕事中に彼の事を考えてしまった。吹雪は、集中集中っ!と心の中で唱えながら受け取った本の貸し出し処理を始めた。が、その本を見た瞬間に、驚いた。その本の表紙には「青の北欧食器」と書かれておりタイトル通りに青い食器が沢山紹介されているものだった。そして、その本は吹雪が取り入れたものだった。毎月何かのテーマを決め、図書館の出入り口にそのテーマにそった本が紹介、展示されるのだ。少し前にテーマが「北欧」だったので、その本を注文したのだ。
 同じような趣味の人がいるのだなと、吹雪は嬉しくなった。


 「返却は本日から2週間以内にお願い…………ぇ………」


 いつもと同じ言葉。
 それを相手に伝えながら、視線を上に向ける。
 そこには、ずっと会いたかった彼の姿があった。


 「周くん………」
 

 周はまっすぐに吹雪を見つめ、そして少し緊張した様子ではにかみながら、吹雪が差し出した本を受け取った。


 「吹雪さんに、これを」


 そう言って差し出してきたのは、小振りの白い封筒だった。吹雪は、カウンターに置かれた封筒よりも、彼を見つめてしまう。
 ずっと会いたかった彼は、いつもと変わらない優しい笑みのままだった。だが、少し痩せただろうか、余計にほっそりと印象を持った。

 周は自分に会いに来てくれた。
 それが嬉しいはずなのに、上手く声が出ない。ただただ、悲しげに彼を見ることしか出来ないのだ。


 「待ってます。俺、吹雪さんが来てくれるのをずっと待ってますから」


 強い意思のある口調で、吹雪に告げた後、周は本を受け取って、図書館から出ていってしまった。
 突然の事に驚きながらも、吹雪は彼の背中が見えなくなるまで、周を見つめていた。

 カウンターに残されたのは、小さな封筒。
 吹雪はゆっくりとそれを手に取った。


 「なになにー?今の人、彼氏ー?それとも、ナンパ?」


 隣りのカウンターで一部始終を見ていた同僚がわ、ローラー付き椅子を滑らせて吹雪の近くにやってきた。


 「えっ!ち、違いますよ。友人ですよー!」
 「えー、本当かなぁ?そんな雰囲気に見えなかったけど」
 「本当ですよ!ほら、お客さんいらしてますよ」

 吹雪は誤魔化しながら、周が置いて行った封筒をポケットにしまった。

 すぐに彼からの封筒を確認する事も出来ず、吹雪はドキドキした気持ちのまま午前中の仕事を終わらせたのだった。



 昼休みになってすぐ、吹雪は休憩所で、ポケットから周の封筒を取り出した。
 彼からの手紙だろうか。どんな事が書いてあるのか、ドキドキし、そして、少し不安を持ちながらその中身を取り出した。


 「…………お店の名刺?」


 そこに入っていたのは、とあるカフェの名刺が入っていた。隣町にあるカフェのようだった。吹雪は不思議に思い、裏返す。
 すると、そこには手書きで。『○月×日 11時』とだけ書かれていた。その日付は調度1週間後だった。その日は、月に1度の決まった休館日だった。


 きっとここに来て欲しいという事なのだろう。吹雪は、ジッとその名刺を見つめていた。

 何で今更、という気持ちはほとんど出てこず、「会えなかった時間、彼は少しでも自分の事を考えてくれていたのかもしれない」と思えると、とても幸せだった。


 ここに行けば、きっと吹雪の知らない彼がわかるはずだ。
 けれどそれは自分が傷つく瞬間かもしれない。


 そうわかっていても、吹雪の「周に会いたい」という気持ちは抑えられないものになっていた。

 周に会いに行こう。 
 吹雪にはもう迷いはなかった。





 
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