アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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16話「夢が覚める朝」

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   16話「夢が覚める朝」






   ★★★



 目の前で無防備に眠る彼女を、周はただ見つめていた。会ってすぐに自分から変わったお願いをしたというのに、吹雪はそれを引き受けてくれた。そして、信用してくれている。
 だからこそ、名前と年齢ぐらいしか知らない周を家にあげて、昔の話しをして泣いてくれて、そして一緒に寝てくれた。
 彼女は年上だけれど、純粋でいて少し子どもっぽさがあるなと周は感じていた。

 吹雪が話してくれた昔の淡い初恋でもあり、失恋の話。
 臆病な吹雪が、恋愛に対する不安を持つようになったきっかけの出来事だ。
 誰にでも人に騙されたり、嘘をつかれて傷ついた事もあるだろう。けれど、それが1番信頼していた人だったのだ。吹雪のショックは大きかっただろう。
 きっと、彼女はその時、一人で泣いたはずだ。そしてその後も思い出しては辛くなってしまったはずだ。悲しんでいなければ、昨日幼馴染みに会った時に、あんな悲痛な表情は見せていないだろう。


 「俺が守れたらよかったのに……」


 そう呟いて、すやすやと眠る彼女の頬に触れようと手を伸ばした。けれど、触れる寸前に指が止まった。

 吹雪を笑顔にしたいと思っているけれど、自分は彼女に何を隠している?
 自分が吹雪にしている事は何だというのだ。
 幼馴染みと変わらないのではないか。

 そう思うと、周の胸の奥がキリリと痛んだ。


 「俺も同じだ………こんな事を彼女にする資格なんてない……」


 周はそう小さく言葉を漏らすと、吹雪の香りがする布団に腕を引っ込めて、強く瞼を閉じた。


 けれど、しばらくの間、周が眠りにつくことは出来なかった。









   ☆☆☆
 




 これは夢の続きだろうか?

 目が覚めると、自分が好きだと気づいた愛しい彼が目の前で寝ているのだ。
 夢の内容は起きた瞬間に忘れてしまった。けれど、隣で眠る彼が出てきてくれた事と、とても幸せな内容だった事だけは覚えていた。

 けれど、やはり瞼が開きにくい。
 原因はもちろん、眠る前に泣いたからだ。その原因か目の前の彼が全て引き受けてくれた。そして、慰めてくれたのだ。
 今は寝ている間に離れてしまった手だが、寝る前はしっかりと握りしめてくれていた。きっと、その温かさがあったからこそ、ゆっくりと眠れたのだろう。


 「………ありがとう、周くん」


 彼を起こさないように小声でそう言うと、ゆっくりとベットから出た。
 リビングに戻り時計を確認すると、まだ仕事に行くには十分余裕がある時間だった。
 吹雪は、昨日話を聞いてくれた彼のために朝食を作ろうと思ったのだ。冷蔵庫の中にある少ない食材でしか作れないのが申し訳なかったけれど、それでも彼のために何かしたかった。

 野菜を何種類か出して、調理を始まる。
 吹雪は料理をしながら、彼の事を考えた。
 周のために出来ること。それは、彼が望む事が1番だろうと思った。それは、ホストの接客の向上のために、練習に付き合う事。彼が吹雪に初めてお願いしたことだ。


 「いろいろ調べてみないと………。人気ホストのお店とかに行って勉強した方がいいのかな」


 そんな事を本気で考えるほど、吹雪は昨日の彼に感謝していたのだ。
 思い出せばまだ辛い。けれど、その事を相談出来たのも、誰かを信用したいと思えたのも、彼のお陰なのだ。

 どうして、周に話してしまったのか。
 その理由はわからない。けれど、話したいと思ったのが、きっと理由なのだろうなと感じていた。



 彼がどれぐらいのお金を稼ぎたいのかはわからない。けれど、その目標まで、それを叶えるまでは助けようと心に誓った。
 その後は、彼へと気持ちを伝えたいとも思った。周と恋人になれるなど思えなかった。けれど、伝えなければきっと後悔する。そう思えるぐらいに彼への想いは特別なものへと変わっていたのだ。




 「………吹雪さん、おはよう………」
 「あ、周くん。おはよう」


 恋人でもないのに、同じ朝を迎えるというのは少し恥ずかしいものだった。それに、昨日は彼に泣き晴らした顔まで見られてしまっているのだ。吹雪は恥ずかしさを感じていたけれど、周はまだ眠たそうに目を擦りながら立っていた。その姿は、少年のようで吹雪は緊張が解れ微笑むことが出来た。


 「味噌汁のいい香りがする」
 「朝御飯は和食でいいかな?焼おにぎりと味噌汁、サラダぐらいしかないんだけど………」
 「手作りの味噌汁!楽しみ!」
 「じゃあ、顔洗ってきたら?すっきりするよ」
 「うん!」
 「あ、周くんっ!」


 眠気がなくなったのか、ニコニコしながら洗面所へ向かう周を呼び止める。
 そして、吹雪はまだ少し腫れた瞳のまま、彼を見据えた。


 「………昨日はその………ありがとう」
 「いいよ。また、何か話したいことあったら聞くからね。相談事にのらなきゃいけない事もあるだろうしね」
 「え…………あ、そうだね………」
 「顔洗ってくる!洗面所借りるね」
 「うん………」


 いつもと変わらない彼の口調と表情。
 それなのに、何故か「違う」と感じてしまった。
 それに、周の言葉に胸が痛んだのだ。

 彼が話しを聞いてくれたのは「吹雪を癒したいから」ではなかった。いや、そうなのかもしれない。けれど、それはホストが客にしてあげる事と同じだったのだ。

 周との距離が狭くなり、お客さんよりは近い存在になれていたと思えていた。
 彼の言葉や態度、そして表情や行動でそう思っていた。けれど、それは吹雪の勝手な思い込みだったのだろうか。


 「………失恋確定、かな………」


 吹雪は見えなくなった静かな部屋で、消えそうなほど小さな声で、そう呟いき、何故だか笑みを浮かべた。
 






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