上 下
16 / 31

15話「強引な添い寝」

しおりを挟む





   15話「強引な添い寝」





   ☆☆☆



 そこまで話し終えると、吹雪はふーっと大きく息をついた。
 過去の話しのはずなのに、やはり思い出すだけで辛い気持ちになる。今まで引きずってきたのだから尚更だ。
 吹雪は、息を吐いた事で少しだけ落ち着きを取り戻すと、隣りで静かに話を聞いてくれていた周の方を見た。


 「ごめんね………楽しい話じゃないのに、聞いてくれてありがとう。………周くんに聞いてもらえて本当によかったよ」
 「…………」
 「あの………周くん?」


 周は何故かボーッとしたまま何かを考えるように前を向いたまま固まってしまっていた。
 吹雪は、彼の反応がないのが不安になってしまい、思わず彼の腕に触れながら周の名前を呼んだ。
 すると、周はこちらに視線を向けて、そのまま彼の腕の上にあった手を自分の手で包み、そのまま、また優しく抱きしめてくれる。
 また、彼のぬくもりが吹雪を支配する。何とも心地のよい瞬間だった。


 「………吹雪さん、話してくれて、ありがとう」
 「うん………」
 「俺が、俺は吹雪さんを傷つけたりしないよ………だから、信じて欲しい……」


 その言葉は吹雪を安心させようと言ったものだったかもしれない。けれど、吹雪には何故か周自身が強く言い聞かせているような、決意の言葉に聞こえた。
 けれど、吹雪にとってそれはどうでもいい事だった。周が自分の事をそうやって大切に思ってくれる事が嬉しかったのだ。
 出会い方は少し変わっていただったかもしれない。そして、関係も特殊かもしれない。こうやって傍に居てくれるだけで安心出来る、抱きしめてもらいたいと思える人に出会えたのだ。吹雪は、過去の思い出よりもその思いが今大きくなっていた。

 そのはずなのに、目に涙が溜まるのは何故だろうか。
 今、泣くのはダメだ、そう思っているのに、周は吹雪の頭に触れ髪をとかすように優しく撫でて始めた。


 「………俺、見てないよ」



 周の言葉は一つ一つが思いやりに満ちている。
 自分が泣きそうになっている事。
 そして、泣いてもいいよと言われている事。

 この人の前ならば涙を我慢しなくていいんだ。

 そう思った瞬間に、吹雪の今までの緊張の糸がプツンッと切れる音がした。途端に涙がこぼれる。次から次へと涙がこぼれ落ち、肩を震えてくる。涙が出ると何故が呼吸が苦しくなり、声もあふれてくる。そうなってしまうと、止められない。周の胸の中で、自分が使っている柔軟剤と彼の香りが混ざった少しくすぐったい香りを感じながら、吹雪は今まで我慢していた感情を爆発させたのだった。

 星の行動により、吹雪は人を、特に男性を信じるのが怖くなった。それでも、一人は寂しかったし、恋人に憧れていたので、好きな人が出来れば歩み寄ろうとしていた。けれど、その度に星の言葉が頭を過った。伸ばしてかけていた手を止め、開きかけた口を閉じた事は何度もあった。
 そして、家族の地位の恩恵を預かろうと寄ってくる人たちも多かった。そんな人から逃げていく自分も切なくて仕方がなかった。

 
 どうして?
 なんで?


 吹雪は、そんな感情を涙と嗚咽に変えて、その夜は泣き続けたのだった。










 どれぐらい泣いていたのだろうか。
 吹雪は泣きつかれたのか、そのままうとうとしてしまっていた。

 ハッと気づいたときには、彼の胸の中で目を真っ赤に腫らしながら少しだけ寝てしまっていたのだ。


 「…………っ………ぁ………」
 「あ、吹雪さん、起きた?」
 「周くんっっ…………ごめんなさい!いつの間にか寝てしまうなんて………」


 吹雪は咄嗟に彼から体を離して、乱れた髪を直したり、目を擦ったりしながら彼に頭を下げた。けれど、泣き晴らした後の顔を彼に見られるわけにはいかずに、吹雪は俯いたままだった。


 「いいよ。俺が泣かしたって事だから、最後まで慰めなきゃね」
 「…………あんなに泣いちゃうなんて、恥ずかしいな………。私、年上なのにな」
 「年上でも年下でも泣くときは泣くよ。でも、あんなに泣いちゃうなんて、本当に溜め込んでたんだね。吹雪さん、もう、大丈夫?」
 「う、うん………大丈夫だよ」


 顔を覗き込んでくる周に、吹雪はすぐに顔を逸らして返事をする。けれど、周は納得していないようだった。


 「目、こんなに腫らしてる」
 「ん………」
 「心配だな………こんな吹雪さんを一人にするの」


 そう言って、瞳に触れる彼の手を少し冷たく気持ちよかった。
 彼の手に触れられた目は自然と閉じてしまう。
 すると、突然体が浮いた。


 「えっ………ちょっと、周くんっ!?」
 「決めた」
 「お、降ろしてよ、周くん………!!」


 突然、周は吹雪の事を抱き上げたのだ。
 驚いた吹雪は彼にしがみつき、彼の顔を見上げた。すると、吹雪は笑顔で吹雪を見つめた。


 「悲しい時は寝るのが1番!でも、吹雪さんを1人には出来ないから、俺が一緒に寝るよ」
 「ね、寝るって………もしかして、泊まるの?!」
 「うん。でも、大丈夫。よしよしとか抱きしめるだけで、何もしないから。はい、寝てねてー!」
 「ちょっと、周くん!?」


 隣の部屋の寝室のドアを開けて、ヅカヅカと歩き始めた周は、そのままベットに近づいて吹雪をベットに下ろした。
 そして、驚く吹雪をよそに自分も同じベットに横になり、そして吹雪の手を握りしめた。


 「俺が隣にいるから。安心して寝てね」
 「あ、安心って突然そんなことを言われても………」
 「おしゃべりはおしまい!おやすみなさい」


 そういうと、隣の部屋の明かりがうっすらと見える薄暗い部屋で、周が目を閉じた。
 本当に泊まっていくようだ。
 吹雪は戸惑い、焦りながら彼の顔をジッと見つめた。けれど、彼は目を開ける事もなく本当に寝てしまうようだった。


 突然の事に驚き、どうしていいのかわからない。
 けれど、一人になりたくない。周の傍にいたい。その気持ちは確かなものだった。
 恋人でもない彼と一緒に眠る事が本当にいいことなのかはわからない。

 けれど、手を繋いで横になる事がとても安心するのだと吹雪は初めて知ることが出来た。

 一人じゃない。
 好きな人が居てくれる。
 それだけで、もう涙は出てこなくなったのだ。


 吹雪はもう何も考えずに、周が与えてくれたこの幸せな時間に甘えよう。
 そう思うと、すぐにまた瞼が重くなっていき、あっという間にまた眠りについたのだった。


 きっと、今日の夢には彼が出てくるのだろう。そう、吹雪は確信していた。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

弱虫令嬢の年下彼氏は超多忙

とらやよい
恋愛
たった一人きり山奥で細々と暮らしていたファビオラが森の中で出会ったのは、怪我をした竜と、その飼い主だった。 家族も財産も失い、名ばかりの子爵令嬢となっていたファビオラは山小屋で孤独な日々を送っていたが、竜の飼い主カイトと知り合うと彼女の生活にも明るさが戻る。 いつも突然やってきては、急な仕事で慌ただしく帰って行くカイトは、特殊な環境下に身を置く超多忙な人のようで… カイトとの出会いがきっかけとなり、新たな人生を歩もうと決意するファビオラだったが。 そんな矢先、彼女が新たな生活のためにとった行動が引き金となり罠に嵌められることに。 転落人生真っ只中のファビオラの前に手を差し伸べてくれる美男子が現れて…

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

好きですがなにか?~悪役令嬢でごめんなさい~

さおり(緑楊彰浩)
恋愛
アルテイナ公爵家の三女、ロベリア・アルテイナは子供のころに会った顔を覚えていない男性のことが忘れられなかった。 それが恋というものなのかもわからず17歳になったロベリアは、父親に彼氏を連れてこいと言われてしまう。 しかし、彼氏がいないロベリアには連れてくることもできない。それだけではなく、ロベリアが住んでいる街に人族は少ない。未婚の人族もいなかった。 地位のある人族との結婚しか認めない父親にロベリアは呆れるしかなかった。 そして父親が言い放った言葉により、ロベリアは自分の気持ちに気づくことができた。 それは、子供のころに会った彼との再会。 しかし彼と付き合うためには多くの試練が待ち受けていた。 「私が気持ちを打ち明けたって、無理だって言われるに決まってる。だって私は『悪役令嬢』だから」 こちらの作品は、小説家になろうにて、2019年1月~3月まで(できるだけ)毎日投稿に挑戦した作品となります。 キャラクター設定は存在してましたが、プロットはないという作品でした。 2020年1月1日8時から30日16時まで1日2回の8時と16時更新。 先が読みたい方は同じものが小説家になろうに公開されております。 2020年2月16日 近況ボードをご確認ください。

処理中です...