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14話「嘘つき」

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   14話「嘘つき」




 付き合ったとしても、きっと何も変わらないだろうと吹雪は思っていた。
 けれど、星は本当の恋人のように接してくれた。帰りはこっそり手を繋いでみたり、部屋に招いて、吹雪を抱きしめてくれた事もあった。そして、吹雪の初めてのキスもしてくれた。
 吹雪はその甘い時間が嬉しくて、星と共に過ごす時間が増えるほどに彼をどんどん彼を好きになっていった。

 けれど、学校では2人はただの幼馴染みに戻っていた。星が「なんか今さら付き合ったなんて恥ずかしいから。茶化されるのがおちだし」と言ってお互いの友達には内緒にしていたのだ。
 だから、登校時に手を繋いでいても駅が近くなると星は手を離してしまっていた。吹雪はその瞬間がたまらなく嫌いだった。



 「星……」
 「ん?なんだ?」
 「もっと手繋ぎたい……」
 「なに甘えてんだよ。学校じゃ無理だって言っただろ」
 「………私は星と付き合ってるの言ってもいい」

 吹雪が自分の気持ちを素直に言えるのは、この時は星だけだったかもしれない。厳しい両親には言えるはずもなかったし、友達もそこまで仲がいい人はいなかった。居たのかもしれないけれど、吹雪が本当に気持ちを伝えたいと思えなかった。
 恋人であり、幼馴染みである星だけが、甘えられて、自分の思いを伝えてもいいと心を許した人だった。
 星を信頼しているからこそ、きっと「しょーがないな」と言って、学校でも手を繋いでくれるのだろうと、吹雪は思って手を伸ばして待っていた。

 けれど、その手を一瞥した星は、困った顔を見せた。その表情は想定外だったため、吹雪は顔が固まってしまう。


 「俺は無理なんだよ」
 「…………そっか……わかった……」


 それ以上吹雪は何も言えずに、2人の間には気まずい雰囲気が漂った。その後は、何も会話を交わさずに学校に到着し、それぞれの席についた。

 その日は吹雪は誰とも話す気力もなく、「体調が悪いから……」と言って、昼休みは保健室に行く降りをして校舎裏に本とお弁当を持って逃げ込んだ。
 お弁当をすぐに食べ終えて本の世界に浸ってしまおう。そう考えていたが、思い出すのは今朝の星の表情だ。

 恋人なのに、何故友達に紹介してくれないのか。恥ずかしいという理由だけなのだろうか。
 考えは悪い方向へといってしまう。

 星はそんな人じゃない。
 彼は自分を好きでいてくれている。大切にしてくれている。そう信じていた。
 だって、幼馴染みだから。

 けれど、薄々気づいていた。
 星から1度も「好き」と、言われていない事に。

 だが、吹雪から彼に「私の事好き?」と聞けるはずなどなかった。
 唯一、何でも言える人だと思っていたのに、本当は星にさえも素直に聞けない事があるのだ。
 それは、恋人同士で1番大切な気持ち。
 自分を好きかどうか。


 「はぁー…………男の人の考えてることはわからないなー」


 吹雪は、一人大きな独り言を残して空を見上げた。どこからともなく聞こえてくる、女子高生の笑い声。そこに今、自分は混ざっていないのだ。焦る気持ちなどわいては来なかった。
 独りはなんて楽なのだろう。
 そう思ってしまった。


 腕時計を見ると、そろそろ昼休みが終わる時間になっていた。
 次は移動教室での授業だったので、早めに片付けて、吹雪は教室に向かう事にした。近道の旧校舎の廊下を通って帰ろうとした時だった。
 旧校舎はほとんど使われていない空き教室が多い。そのため、昼休みにその場所で食事をする生徒も多かった。
 ある部屋の前を吹雪が通りかかった時に、中から話し声が聞こえてきたが、ここでも食べている人がいるんだ、と思っただけだった。
 自分の名前が聞こえてくるまでは。


 「そういえば、星って明日見吹雪と付き合ってるだろ?どうなんだよ」
 「…………ぇ………」


 静かな旧校舎だからか、男子生徒の声が廊下にまで聞こえてきていた。吹雪は驚きながらも足を止めてしまう。それと同時に嬉しさを感じた。
 星は友達には話さないと言っていたけれど、仲のいい友人には話していたのだろう。そう思った吹雪は嬉しくて頬が緩んでしまう。

 けれど、それもその一時だけだった。


 「あー………前も話しただろ?あれは付き合ってるというか………近所付き合いみたいなもんだよ」
 「何だよ、それ」
 「意味わかんねー」
 「吹雪は幼馴染みで、地元では有名な総合病院の院長の娘なんだよ。だから、仲良くしとくべきだろ?本当の恋人ならミスコンで1位とった女子高生の先輩がいるし。あいつとはお遊びみたいなもんだよ」
 「……………そんな………」


 星の声が妙に耳の中で大きく反響している。
 彼の言葉が信じられずに、吹雪は頭がクラクラしている。
 別に恋人がいて、自分はただの遊び相手。しかも、星の目的は吹雪ではなく、吹雪の父親の地位なのだ。
 ガラガラと足元が崩れ落ちるのを感じた。
 その場からフラフラと歩いて廊下を過ぎる。後ろからはまだ、男子生徒の楽しそうな声が響いている。もちろん、星の声も。
 その声が逃げるように、階段を落ちそうになりながら歩く。そして、そのまま教室にも行かずに先ほどの校舎裏へと戻った。


 「……………そんなのってないよ…………」


 吹雪はその場に座り込み、次から次へと涙を流した。
 初めての好きな人との恋人の時間は、全て偽物だった。違う。幼馴染みだと思っていた星との関係も、いつの間にか彼にとっては、利用ふべき相手になっていたのだろう。

 それが悔しくて悲しくて、切なかった。
 心を許し、1番信用していたのは彼だった。
 それなのに、裏切られた。

 吹雪はこの日、恋人と幼馴染みを同時に失ったのだった。



 
 
 その日のうちに、吹雪は星に「別れたい」と伝えた。すると、吹雪の様子に何かを察したのか「ふーん………まぁ、いいけど」と、冷たい目で言われた。
 それからと言うもの、吹雪は星を避けるようになった。朝の登校時間を変え、教室でも話さないようにした。そして、今まで頑張ってきた友人関係も全てなかったかのように、一人で過ごすようになったのだ。


 人を信じるのは怖い。
 誰かを好きになるのが怖い。
 それの気持ちが吹雪の心に深く根付いてしまったのだった。



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