アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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12話「心配だから」

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   12話「心配だから」




 「…………湯上がりの周くん、かっこよかったなぁー………」

 吹雪は湯船につかりながら、ため息混じりにそう呟いた。
 火照った頬に濡れた髪、吹雪用のつんつるてんの部屋着姿。今まで見たこともない普段着の彼が見れて、吹雪はドキドキしてしまった。




 周を部屋に誘うと、少し迷いながらも彼は「じゃあ………お邪魔します」と言ってくれた。普段は使わない敬語になっていたところを見ると、彼も少し緊張していたのかもしれない。
 部屋に入って大きめのバスタオルを渡し、吹雪は急いでお風呂を沸かした。


 「すぐにお風呂沸くと思うから、先にシャワー浴びてて。沸いたら、お風呂に入ってね」


 と周に言うと、彼はそれを激しく拒否した。


 「俺が先にお風呂に入るわけには行かないよ!女の子なんだから、吹雪さん入って」
 「私は体が強いんだからいいの」
 「よくないよ!ダメだよ」
 「…………周くんはお洋服ないでしょ?私はすぐに着替えられるけど、乾燥機に入れて乾燥すれば着れるから、ね」
 「…………すぐ上がってきますからね!」
 「ダメ。お風呂に入らないと怒るから」
 「…………わかりました」


 いつも強い口調にならない吹雪が強気な発言をしたからか、周はたじろぎながらも渋々浴室へと向かった。お風呂の使い方を教えた後、洗濯物を入れる場所を教えて、彼がお風呂に入ったのを見計らって洗濯物をセットした。

 吹雪の大きめのTシャツとパーカー、そしてズボン、そしてタオルを準備して脱衣所に置いた。
 その後、ドキドキしながらも自分の洋服を脱いで着替えた。温かいものを作っておこうと、冷蔵庫にあった野菜を使ってスープを作っているうちに、周が風呂場から出てきた。


 「吹雪さん、お風呂ありがとうございました」
 「あ、おかえり。………その、今、ご飯炊けるから。それとスープも作ったからもしよかったら食べてて。かなり質素なものだけど………」
 「吹雪さん作っててくれたの?嬉しいな………」
 「先に食べてていいからね」
 「吹雪さんがお風呂から上がってくるの待ってるよ」
 「…………ありがとう」


 吹雪は恥ずかしさからあまり彼の事を見れなかったけれど、彼が喜んでいるのを感じられ吹雪は嬉しさを噛み締めていた。
 けれど、お風呂に入りながら今の状態を冷静に考えてみると、とてつもなく大胆な事をしているのに気づいた。

 恋人でもない男の人を女である自分から誘ったのだ。しかも、それが片想いの相手。友人の麗が知ったら驚くだろう。
 けれど、これはこうするしかなかった。彼が風邪を引いてしまうからだ。と、何度も言い訳をしながら、吹雪はお風呂場から出た。部屋着に着替えて、周が待っているリビングに向かう。

 すると、周は「おかえり!しっかり温まった?」と、笑顔で迎えてくれた。吹雪は「うん」と返事をすると恥ずかしさからすぐにキッチンへと向かった。うっすらと化粧はしたものの、素っぴんに近い顔を見られるのは、さすがにすぐに慣れるものではない。吹雪は内心では照れくささが我慢出来ずに、簡単な夕食を2人分作り上げた。


 周は吹雪の作った食事を「おいしいおいしい」と言ってら食べてくれ、おかわりまでしてくれた。簡単な料理を褒められて恥ずかしくなるが、やはり好きな人に喜んで貰えるのは嬉しいものだった。
 食事の間は、たわいものない話をして盛り上がり。その時間はあっという間だった。夕食の食器は周が洗ってくれるというので、断ったが「だめだよ!これぐらいやるから」と、譲る様子もなかったので、彼にお願いをした。
 その間に乾燥機から彼の洋服を取りだして、綺麗に畳ながら待っていた。



 「終わりましたー!」
 「ありがとう、周くん。あと、これ着替えね」
 「…………吹雪さん。昔の嫌な事って、今日会った幼馴染みさんが関係してるの?」
 「え………それは………」
 「まだ、話しにくい?俺、吹雪さんがどうして時々不安になったり、悲しそうにしたりするのか知りたいんだ。理由がわかれば、吹雪さんを癒してあげられるはずだから」
 「周くん………」


 周は話しを聞くまで帰らないと言わんばかりに、吹雪の差し出した洋服を受け取ってはくれなかった。
 吹雪は戸惑ってしまう。

 周に話してしまいたい気持ちもある。
 けれど、それは「可愛そうな私」と思われるのではないか。そんな思いまでしてしまう。
 けれど、自分の事を深く知りたいと思ってくれる彼の気持ちも嬉しかった。
 周が自分の事を考えてくれ、心配してくれる。ただの練習台なのに、どうしてそこまでしてくれるのだろう?と、彼の気持ちに期待してしまっている自分もいた。


 そんな複雑な気持ちが混ざり合い、吹雪はどうしていいのか迷っていると、周はゆっくりと近づいてきた。
 痺れをきらして、洋服を着替えて帰ってしまうのだろうか。けれど、それも仕方がない。まだ、話しをする踏ん切りがつかないのだ。


 「ご、ごめんね。なかなか話せなくて……帰り傘使って…………ぇ………」


 吹雪が服を差し出した洋服には触れず、周はそのまま吹雪を抱きしめていた。
 突然の事に、吹雪は小さな声が出ただけで、言葉も彼に包まれてしまった。


 「吹雪さん、ホストとしての俺に話しにくいなら、一人の男として話を聞かせてくれない?年下で頼りないかもしれない。けど、吹雪さんの役に立ちたいと思うのは、ホストの練習としてじゃないよ」
 「そう、なの?」
 「うん。吹雪さんは、ただ甘えさせてくれるだけの俺をこうやって風邪をひかないように温かい部屋に入れてくれた。とっても嬉しかった」
 「それは…………」
 「じゃあさ、こうやってお風呂貸してくれたり、ご飯作ってくれたお礼に、俺に吹雪さんの相談を聞いてあげよう!って、事でどう?」
 「…………ふふふ………何、それ」


 吹雪は周の香りに染まった自分の洋服を着た彼の胸に顔を埋めて微笑んだ。
 周が話しを聞きたかったはずなのに、何故か吹雪の相談事になっている。それが可笑しくて、吹雪は思わず笑ってしまった。

 けれど、その笑いで深く考えるのがバカらしくなってしまった。
 そんなに重たい話でもない。自分がずっと気にしている事にすぎないのだ。
 それにその悲しい思い出に気にする生活から抜け出したいと思っていたのだ。
 好きな人に話して、どう思われるか。
 また、同じ繰り返しかもしれない。それとも、「そんな事」と笑われるかもしれない。
 そんな不安もあるけれど、彼ならは大丈夫。そう思えるのだ。


 「………じゃあ、周くんに相談しちゃおうかな?」
 「うん。何でも聞くよ」
 「頼りしてします、周くん」


 そう言って、彼に抱きしめられながら、周を見上げると、何故か得意気な表情で「まかせて!」と言う周。そんな彼の笑顔を間近で見て、吹雪は微笑んだ。


 周の香り、体温に包まれているだけで安心する。「大丈夫だよ」と言われているようで、吹雪の心は次第に落ち着いてきたのだった。



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