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4話「素直な気持ちを言葉に」
しおりを挟む4話「素直な気持ちを言葉に」
別れもあり出会いもあった夜の次の日。
珍しく2連休だった吹雪は、疲れていたのか起きるとすでにお昼過ぎになっていた。3月になり少しずつ温かくなってきたけれど、まだ布団の温かさからは離れたく気温で、吹雪はまた瞳を閉じようとした。
けれど枕の横にあるスマホが点滅しているのに気づいた。
手だけを布団から出し、充電コードを外してスマホを見る。
すると、そこには1件のメッセージが届いたいた。宛名は『周』と書かれていた。
吹雪はその名前を見た瞬間に、ドキッとしてしまう。
慌ててそのメッセージを開くと、朝方に届いたもののようだった。
『昨日は無事に家に帰れた?次に会える日、決めようね』
そんなメッセージだった。
吹雪はその彼からのメッセージをジッと見つめた。昨日出会ったばかりの人とこうやってやり取りをしている。しかも、ただのナンパではなく、相手はホストだ。そして、恋愛目的でもなく、ホストの接客の練習相手。
「何やってるんだろう………私………」
ため息混じりにそう言いながらも、吹雪は彼に次の休みの日を送っていた。
周はホストなので夜から仕事が始まる。
そして、吹雪は図書館の司書だった。そのため、会える時間は合わない事がわかった。
お互いに休みの日を使って会うことになったのだった。
「本当に不思議というか、謎な人だったな………」
きっと彼だから、あの提案に乗ってしまったのだろう。吹雪はそう思った。
あまりにも怪しい話だ。普段なら声を掛けられただけでも、その場から言い訳をして立ち去ってしまっただろう。
確かに、その直前に傷つく出来事があったのは大きいかもしれない。誰かにすがりたくなってしまっていたのも自分でわかっていた。
けれど、それだけでは彼の誘いに乗って、ついていったりしなかったはずだ。
「………私って意外と面食いなのかな…………」
そう呟きながらも、彼とのメッセージ画面を見つめた。
これからどうなるかわからない。
不安とちょっとした怖さもある。けれど、それと同じぐらい刺激を求める気持ちとワクワクする感情があるのに、吹雪は気づいていた。
それから数日後。
彼の休みの日、吹雪の仕事終わりに会うことになった。待ち合わせは、この間のカフェになった。
「すみません。遅れてしまって……」
「吹雪さん、お疲れ様。いらっしゃい」
「あ、………はい………」
吹雪は仕事で遅くなったが、先に店に来ていた周は笑顔で吹雪を迎えてくれた。
彼の言葉を聞いて、すぐにもうホストごっこ始まっているのだとわかった。
「今日は寒かったでしょ?ホットコーヒーにする?それとも、疲れに効く甘いものにする?」
「じゃあ……ホットココアをお願いします」
「うん。わかった」
周はそう言うと自分のものと一緒に店員さんに注文してくれた。待ち合わせの時間に来ていたはずなのに、自分の物を頼まず待っていてくれたのだろうか。吹雪は、彼の横顔を見て、思わず微笑んでしまった。
「あ、そうだ。吹雪さん。練習始める前に、話しておきたいことがあるんだ」
「え………もう練習始まってるのかと思ってました………」
「え、なんで……?」
「だって、さっき「いらっしゃい」って言ったから」
「あぁ………俺の所に来てくれてありがとうの意味だった。紛らわしかったね。ごめん」
「いえ………」
まだ、ホストの練習が始まってないのに優しくしてくれているのだ。それを知って、吹雪は少しだけ嬉しくなるのを感じた。
「ん?どうしたの?」
「何でもないです。……それで、話しておきたい事って」
「吹雪さんって俺より年上だよね?」
「えぇ………28歳ですけど」
「俺は23歳。だからさ、俺に敬語使わないでいいよ。もし、俺が敬語の方がいいならそうするし」
「それは大丈夫ですけど……初めて会った人には敬語になっちゃって………」
「恋人みたいな関係になりたくてホストに行ったんでしょ?だったら、敬語より普通に話した方がいいと思うんだ」
周の話していることは理解出来る。
敬語よりも普通に話した方が打ち解けやすいだろう。だが、すぐに敬語を止められるだろうか、と思ってしまう。今でもまだ緊張しているのだ。更にハードルが上がった気がしてしまう。
吹雪が返事に止まっていると、周はまた話しを続けてしまう。
「あ、それと俺の事も名前で呼んで欲しいな。まだ、名前呼ばれたことないと思うし」
「名前………」
「そうそう。あ、周さんはダメだからね」
「う………」
自分が言おうとしていた呼び方を先にダメと言われてしまい、吹雪は言葉を詰まらせてしまう。「俺は吹雪さんって呼んでるけど年上だし、お客様だからねー」と言いながら、期待した顔で周は吹雪の言葉を待っていた。
そのキラキラとした瞳で見つめられて、吹雪は恐る恐る彼の名前を呼んだ。
「えっ……と………周……くん?」
自分でもわかる。
今、自分の顔が真っ赤になっていると。少し俯きながらそう言うと、吹雪の顔を覗き込みながら見ていた周が、とても満足そうに微笑んだ。
「うん。それがいいな」
と、弾んだ声と共に喜んだ表情を見せてくれたのだった。
「あのね、話し方は……もしかしたら敬語になっちゃうかもしれないから。慣れるまで許してくれると嬉しい………です」
「うん、それは大丈夫だよ」
「あ、ありがと……」
「でも、1週間過ぎたらペナルティーね」
「………え……」
「そうだなー……もし1週間経っても敬語使ったら、呼び捨てで周って呼んでね」
その条件を聞いて、今すぐにでも慣れないといけない、と吹雪は心に決めたのだった。
この日も、前回と同じソファ席ため、周とは同じソファに座っていた。
並んで座ると彼をまじまじと見なくてもすむので良い部分もある。けれど、距離が近すぎるのだ。話しが終わると、「じゃあ、そろそろ」と言って、さらに周が吹雪に近づいてきたので、思わず背を後ろに倒してしまいそうになるが、それも腕を掴まれて阻止されてしまう。
「じゃあ、そろそろ練習始めてもいい?」
「ど、どうぞ………」
「では、お言葉に甘えて……」
そう言うと、周は吹雪の顔をジッと見つめた後、甘く優しい言葉を紡いだ。
「吹雪さん、今日も綺麗だね。………瞳は夜空のようだし、唇も艶々で。誘惑されてるみみたいだ……」
「……………」
「じゃあ、乾杯しようか。君に会えた夜に」
そう言うとシャンパングラスの代わりにコーヒーカップを持って周は吹雪の方に向けた。
得意気に微笑み、吹雪の反応を伺う周を見て、吹雪は我慢していた感情が爆発してしまった。
「はははっ………周くん、それは………ふっ、はははは」
「えっ………え、何で笑うの!?」
「だって、その台詞………ふふふふ………」
突然笑い出した吹雪に、周は驚いた後戸惑った様子でおろおろとし始めた。
それを見て彼が本気であの歯の浮くような台詞を言ったのだと思うと、また笑いが込み上げてきてしまう。
周に悪いと思いつつも、これではホストとして先輩に怒られるのも仕方がないと思ってしまった。
「え、ダメでしたか?可笑しいな、こういう台詞がモテるんじゃないの?」
「はははっ!!面白い、それはちょっと可笑しいかも。と言うか、ダサい」
「ダ、ダサい………」
吹雪の言葉にショックを受けたように固まる周を見て、思わず微笑んでしまう。
「………ダメかー……いろいろ台詞考えてたんだけどなー」
「カッコつけない方がいいかもしれない………よ」
「え?」
「普通の言葉がいいって、周くんをさっき言ってたけど。敬語とか難しい言葉じゃなくて、周くんが思ったこと言葉にした方が相手は喜ぶんじゃないかなって思い………思うよ」
時々敬語になってしまいそうになりながらもそう伝える。
きっと大好きな人に言われて嬉しい言葉は、着飾ったものではなく、素直な気持ちが嬉しいはずだから。吹雪自身が言われて嬉しい言葉は何か。それを考えていたら、自然とそんな考えが浮かんだのだ。
それを彼に伝えると、ポカンとした表情をした後、眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
そして、何かを思いついたようで、顔を上げて吹雪を見つめた。
「今の吹雪さんの言葉、なんかかっこよかった!何かわかった気がする。ありがとう、吹雪さんっ」
と、満面の笑みでそう言ったのだ。
そんな純粋な周を見て、「それをお客さんの前ですればいいのに」と吹雪は思ってしまったのだった。
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