アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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2話「甘い誘惑」

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   2話「甘い誘惑」




 「ここって………ホストクラブだよね?」


 吹雪は、周りをキョロキョロしながらその店先を見上げた。ゴールドで装飾された看板に、フワフワな黒のカーペットがひかれた店先。そして、男の人の写真がずらりと並んでいるのがわかった。


 ホストクラブ。
 お金で愛を買う、高級な遊び。
 吹雪の中では、そんなイメージしかなかった。きっと、お金持ちのお姉さん達が男の子をはべらせて、上品にお酒を飲む。お金の代償に甘い接客と言葉と笑顔を貰うのだろう。
 そんな華やかで優美な世界。だけど、本当は辛くて切ない恋を売る店。


 そんな場所だと理解しているつもりでいたけれど、今の吹雪は何故かこの場所が気になってしまった。妙に惹かれるのだ。

 一時でもいいから、誰かの特別になりたい。甘い言葉を囁かれて、自分は本当に必要とされていると感じたい。愛して欲しい。
 漫画やドラマのような甘い恋愛をしてみたい。
 そんな風に強く渇望しているのに、吹雪は改めて気づいた。
 自分がそんなにも愛に飢えているのだと改めて知り、吹雪ひとり苦笑した。


 「何事も経験だよね………もしかして、いい思い出になるかもしれなし。ハマらなせればいいんだわ」


 やけくそな気持ちだったかもしれない。
 けれど、それでも今の荒んだ気持ちを晴らすためには新しい刺激が必要だ。そう、吹雪は自分自身に言い聞かせながら、ホストクラブの花の装飾がついたドアノブに触れた。


 「お姉さん、ホストクラブに興味があるの?」


 突然、後ろから男性の明るい声が聞こえたので、吹雪は体をビクッと震えさせてしまう。

 もしかして、ここのホストだろうか。
 そう思い、恐る恐る後ろを振り向くと、そこには背の高い男性がこちらを覗き込むようにして立っていた。小さな顔に整った鼻、唇も形が綺麗で、そして少し垂れ目な茶色の瞳が印象的だった。微笑んだ表情は少年のようなのに、どこか色気がある。そんな不思議な男性だった。


 「このお店入るの?」
 「え、あ………ちょっと迷っていて………」


 ここの店のホストなのだろうか。
 だとしたら、「はい」と言ってしまえば案内して貰えたのかもしれない。そんな事を思いつつも、まだ内心では入店を迷ってしまっていた。
 すると、戸惑っている吹雪の様子を察知したのか、その男は「もしかして、ホストクラブ初めて?」と、少し驚いたように聞いてきた。
 はじめて会った男性と話すような事ではないかもしれない。けれど、もう会わない人だからこそ、言ってしまおうとも思えた。


 「はい………。初めてなんですけど、1回だけ行ってみたくて……」
 「へぇー………気になる人がこの店にいるとか?」
 「違いますよ!!………その、甘い体験がしたくて………」


 自分で説明するうちに恥ずかしくなり、吹雪は顔を真っ赤にしながら俯いた。
 すると、目の前の彼は笑う事もなく「なるほど……」と納得した様子で呟いたのだ。
 吹雪は不思議に思い、思わず顔を上げて彼の顔をまじまじと見てしまう。


 「だったら、ちょうどいい!僕と少し飲みに行きませんか?」
 「え………!?」
 「話し聞いて欲しいんです」


 突然の誘いに吹雪は驚き、思わず後退りしてしまう。声を掛けてきたのは単なるナンパだったのだろう。ホストクラブの人だと思って話しを聞いてみたものの違うようだ。
 

 「あの、私……ホストクラブに行きたいので………」
 「甘い体験したいんでしょ?だったら俺に教えて欲しいんだ」
 「何を、ですか?」
 「甘いこと」


 目の前の彼の言葉とそして視線がとても色気を帯びていて、吹雪はついドキッと胸が高鳴ってしまった。それぐらい、その男の表情は甘い挑発のようだった。


 「…………」
 「返事がないって事は少しは迷っているんだよね」
 「それは………」
 「よし!じゃあ、行こうか」


 そう言って吹雪の手を取って、さっさと何処かに連れていこうとする男だったが、さすがの吹雪も抵抗せずに行けるわけもなかった。
 その手を強くひいて、それを拒否した。


 「離してくださいっ!私はまだ行くと言ってないですし………甘いことって何ですか?全くわからないんですけど……」
 「あ………ごめん。気軽に触ったりして。………話したいのは本当なんだ。お姉さんにもメリットはある事だよ」
 「そんな事言われても全くわからないです」
 「…………後で、詳しく話すつもりだったけどな」

 困った顔で微笑み、鼻の頭を指でさすりながら、吹雪を見た。その仕草が少し幼く見えてしまう。けれど、吹雪を無理矢理に連れていこうとしたのは事実なのだ。警戒心を持ち。強い視線のまま彼の言葉を待った。

 申し訳なさそうに吹雪の手を離した後、彼は恥ずかしそうに言葉を続けた。


 「実は、俺はホストなんだ」


 予想外の言葉に、吹雪は呆気にとられてしまった。ホストなのに甘いことを教えて欲しいとはどういう事なのだろうか?
 それに、どうして店に誘わないのか。
 全く理解出来なかった。


 「自分が働いてないホストクラブの前で話す事じゃないから………あそこに24時間やってるカフェバーがあるんだ。そこで話しを聞いてみない?お姉さんに損はないはずだから」
 「…………」


 お願いを事をするように、吹雪の顔を覗き込み、上目遣いでにっこりと微笑んだのだ。
 それでドキドキしない女性はいないだろうと思うほどの、物欲しそうな微笑を見て、これがホストの武器なのかと思ってしまう。

 吹雪はあっさりと頷いてしまっていたのだった。
 


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