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8話「いつもと違う」

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   8話「いつもと違う」




 「律紀くん。どんな事が恋人らしいと思う?」
 「………好きです。」
 「………え?」

 夢は彼が考える、恋人同士とはどんな事なのか。
それを知りたくて、夢はそんな質問をした。すると、突然そんな告白をされた。

 急な言葉に、夢は内心ドキッとしてしまう。
 けれど、律紀はいつものようにニコニコしているだけで、至って普通通りだった。
 それを見ていると、彼が告白したわけではないと、夢はわかった。


 「えっと……今のは?」
 「恋人同士は好きだと言い合うんだよね?」
 「………そうだね。」

 
 夢は唖然としながらも、彼の言葉を笑顔で受け止めて何とか返事をする事が出来た。
 彼が考えていた事が、告白し合う事が恋人のすることだと思っていたのには、驚いてしまったけれど、彼が恋人契約した後にした事を考えると納得してしまう。
 むしろ、夢のコップを準備してくれたのはすごい事だというのがわかった。


 「ダメでしたか?」
 「ううん。そういうのも大切なんだけど。………ねぇ、律紀くん。」
 「はい。」


 夢は、そんな彼を見て(これは、本当に教えなきゃいけないのかもしれない。)と思い、頭の中に思いついたことを少し頬を染めながら彼に伝えた。


 「…………今度、デートに行かない?」


 夢は思いきって、律紀にそう言った。

 偽りだとしても、恋人同士の初デートを女から誘うのはドキドキしてしまう。それに、彼とは研究室だけの関わりだと思っていたので、研究以外の目的で会うのは律紀が嫌ではないかと心配になってしまう。
 けれど、その不安は杞憂に終わる。


 「はい。わかりました。では、次の休みの日にデートしましょうか。」


 と、いつものニコニコとして笑顔で、賛成してくれたのだった。





 その日の律紀からのおやすみのメッセージは、「週末はどうぞご教示お願いします。おやすみなさい。」だった。

 夢はそのメッセージの内容を見て、「これは前途多難かもしれない。」と強く思った。








 律紀とのデートの日は、気温が下がりとても寒い日になるの予報されていた。

 冬の間は、腕の事を考えるとなるべくは暖かい服装をするようにしていた。けれど、やはりデートとなると夢はおしゃれをしたいと思ってしまうものだった。
 お気に入りのコートに膝より少し上のスカートにニット。そして、ショートブーツを選んだ。前日の夜に一人でファッションショーをして決めた、お気に入りのコーデ。

 気になる相手の律紀との初めてのデート。気合いが入らないはずはなかった。
 それにデートのスケジュールを考えるのも今回は夢の役割だった。
 律紀とデートをすると決めてかは、夢はいろいろと調べ、思考してデートに臨む事になった。



 待ち合わせは律紀の職場である大学の近くの駅だった。
 律紀が車を出してくれると言ってくれたので、お言葉に甘えた。最近買ったばかりの車と教えてくれたので、律紀も運転するのが楽しいのかもしれない、と思ったのだ。
 それに彼から提案してくれたのも夢には嬉しかった。
 
 待ち合わせの場所に向かい、律紀を待っている間屋外だったため、やはり冷えてしまった。
 腕の調子が悪いな、そう思って腕を少し動かしてみると、やはり違和感があった。
 仕事の日ではないので、支障はないがやはり少し動きずらさを感じていた。

 そんなことをしていると、スマホのバイブがなり律紀からの連絡だった。そのメッセージを見ると、「到着しました。目の前の紺色の車です。」と、書いてあった。時計を見ると、待ち合わせの時間ピッタリだった。
 その車を探そうと顔を上げると、少し離れたら場所に紺色の車が止まっており、律紀が運転席から下りて待っていてくれた。
 それに駆け寄ると、律紀は「待たせてしまいましたか?すみません。」と謝りながら、助手席のドアを開けてくれた。
 

 「はい、どうぞ。」
 「ありがとう……律紀くん。運転お願いいたします。」

 
 恋人らしい対応に、夢は少しだけ緊張しながら車に乗った。すると、新車の匂いがした。よくみると、内装をどこをみても汚れなどなく、綺麗だった。

 そして、律紀の車は、車の事をよく知らない夢でさえも知っている、高級な外車のブランドのものだった。夢は、自分より年下なのに、と驚いてしまった。
 

 「今日はどこに行くの?」
 「映画館に行きたいの。少し離れた場所にあるんだけど………。」
 「大丈夫。その場所ならわかるよ。」

 そういうと、後部座席から何かを取り出して夢に差し出した。


 「はい、ブランケット。外寒かったでしょ?使って。」
 「………ありがとう。これわざわざ持ってきてくれたの?」
 「今日寒かったから。じゃあ、行こうか。」


 そういうと、律紀はゆっくりと車を走らせた。
 律紀の運転はとても静がで、車酔いしやすい夢でも平気だった。
 それに膝にかけてある、律紀から借りたブランケットがとても暖かくて、夢は幸せな気持ちになっていた。それに、左腕も少し違和感がなくなったように感じられた。


 「律紀くん。この車、新しいよね?新車の匂い賀する。」
 「あぁ……そうなんだ。よくわかったね………。理央先輩に選んで貰ったんだ。」
 「理央さんと?」
 「そう。理央先輩は車に詳しくて。本当は小さい車とか軽自動車でもよかったんだけど、かっこつかないからってこれを勧められたんだ。」


 理央と律紀が、車を一緒に選ぶほど仲がいいとは、夢は知らなかった。
 理央は医者なので高級車を買えるのがわかるけれど、律紀はまだ大学を出たばかりだ。
 やはり学生の頃の研究とやらがすごいのだろうなーと夢は思った。


 
 夢が選んだ映画は、公開日から日が過ぎていたのと、休みの日の午前中だった事もあり、席はとても空いていた。そのため、後ろの方の見やすい中央席を2つ予約していた。
 先に夢がお金を払っておいたと知ると、「ありがとう。じゃあ、お昼は僕が払います。」と、お礼まで言ってくれる。
 研究室ではあんなにも慣れていない様子だったのに、今日の律紀はどこか違っていた。


 映画はハッピーエンドの恋愛ものだった。
 夢は原作の小説も読んでおり、主人公の彼氏がとても男らしくてかっこよく、頼りがいがある魅力的な男性だったのを覚えていた。彼女である主人公を優しくそして、ドキドキするような事をしてくれるけれど、ダメな事はしっかりと叱ってくれる。
 夢の憧れと言ってもいい性格だったので、律紀にも見せたいと思ったのだ。
 この映画を見れば、恋人らしさというのを少しはわかってくれるだろうと、夢は考えた。
 男の人が恋愛ものの物語をあまり観ないのを知っていたので、律紀も嫌がるかと心配していたけれど、彼は「わかりました。一緒にみましょう。」と言ってくれたのだ。


 映画はハッピーエンドでも切ない場面が多くあり、夢は中盤からうるうると涙を浮かべてばかりだった。隣の律紀に見られてしまうのではないか。そう思うと恥ずかしい気持ちもあり、夢は涙を流すのを必死に堪えていた。

 けれども、ラストに向かっていく中で、我慢できるはずもなく、ボロボロと泣いてしまっていた。

 夢は律紀にバレないようにこっそりと鞄からハンカチを取り出そうとした。
 すると、隣から律紀がグレーのハンカチを差し出してくれるのが見えた。

 きっと自分が泣いているのに気づいて、ハンカチを貸してくれるのだろう。そう思って、周りに人はいないけれど、小さな声で「ありがとう……。」と言って、ハンカチを受け取ろうとした。


 けれども、その手でハンカチを取ることは出来なかった。
 
 変わりに夢が感じたのは、目元にふわりとした感触と、彼の土のような香りだった。
 律紀は鉱石に毎日触れているからか、近寄った時に、フワッと大地の香りがする。
 その香りを感じるのが夢は好きだった。その好きな香りが、律紀のハンカチから香った。

 そして、そのハンカチで夢の目元の涙を、律紀はトントンと優しく拭ってくれた。
 律紀の行動に驚いて、スクリーンの光に照らされた彼の顔を見上げると、そこには少し心配し、困ったような顔で夢を見つめる彼がいた。


 「大丈夫?たくさん泣いてる……。」
 「ご、ごめんなさい。私、こういうのすぐに泣いちゃって。泣きすぎだよね。」
 「……謝らなくていいよ。このハンカチ、使って。」
 「………ありがとう。」


 泣き顔を見られてしまい、夢は恥ずかしそうにしながらも彼にお礼を言って、ハンカチを受け取った。
 律紀は、小さく微笑むとその後はスクリーンを見つめてしまう。


 夢は、彼の横顔をこっそりと盗み見してしまう。

 少し短くバラバラの黒髪に眼鏡。その眼鏡の中には綺麗な黒々とした瞳がある。鼻も高くてシュッとしており、全体的に整っている。そのせいなのか、やはり年上に見えるなと思ってしまう。


 そして、今日の彼はどう考えても女慣れしているように感じてしまう。
 研究室での彼と、目の前にいる彼は本当に同じなのだろうか、なんて考えてしまう。

 
 けれど、そんな律紀の優しくて甘い対応に、夢は惚れ惚れとしてしまい、本当の恋人同士のデートのように感じていた。




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